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第24話 迫る魔物の気配

。第24話 迫る魔物の気配


『まずは飯だ』の昼営業。


いつものように、店内には客の笑い声が響いていた。


「肉料理、一つ!」


「はい!」


「焼き魚も!」


「少々お待ちください!」


実咲は注文を聞き、料理を運ぶ。


熊五郎は厨房で黙々と料理を作っている。


一見すると、いつもと変わらない昼だった。


――だが。


町の外では、少しずつ異変が起きていた。


最初に聞こえたのは、遠くから響く馬の蹄の音だった。


ドドドドドッ――!


実咲が顔を上げる。


「……?」


また聞こえた。


今度は近い。


ドドドドドッ――!


「何だ?」


客たちも振り返る。


店の外を、一人の兵士が馬で駆け抜けていった。


その顔は険しい。


「……兵士?」


実咲は窓へ近づく。


続いて二人。


三人。


次々と兵士が町の門へ向かって走っていく。


「何かあったのか?」


客の一人が立ち上がる。


その直後だった。


町の中央から、鐘の音が鳴り響いた。


――ゴォォン!


一度。


二度。


三度。


大きな鐘の音が町中に響き渡る。


店内が静まり返った。


「……警戒鐘だ」


誰かが呟いた。


「警戒鐘?」


実咲が振り返る。


「魔物が近くにいるときに鳴らすんだ」


客が答えた。


「……」


実咲の顔から血の気が引いた。


魔物。


昨日聞いたばかりの言葉。


それが、今度はただの噂ではない。


町が警戒を始めている。


「店を閉めるぞ!」


隣の店から声が聞こえた。


外を見る。


商人たちが慌てて商品を片付けている。


店の扉を閉める者。


荷物を抱えて走る者。


子供の手を引いて家へ戻る者。


さっきまで賑やかだった通りが、急速に変わっていく。


「お母さん!」


「早く家に戻るよ!」


「走って!」


町の人々の声が飛び交う。


実咲は窓の前で固まっていた。


「……本当に来るの?」


その声は震えていた。


熊五郎は厨房から外を見る。


「まだ分からない」


「でも……」


実咲は自分の腕を抱く。


手が震えている。


さっきまで笑っていた客たちも、料理を食べ終えると急いで店を出ていく。


「すまない、今日は帰る」


「俺もだ」


「家族が心配だ」


次々と客が席を立つ。


店内から人がいなくなっていく。


実咲は扉の前に立ち、最後の客を見送った。


カラン……。


扉が閉まる。


静かになった店内。


さっきまでの賑わいが嘘のようだった。


「……怖い」


実咲は小さく呟いた。


熊五郎が振り向く。


「実咲」


「何?」


「こっちへ来い」


実咲は素直に熊五郎のそばまで歩いた。


そして――。


無意識に熊五郎の服の袖を掴んだ。


「……離れないで」


「分かった」


「本当に?」


「ああ」


熊五郎はそれだけ答えた。


---


その頃。


魚屋の店主は町の門へ向かっていた。


門の前には、すでに兵士たちが集まっている。


「何があった!」


店主が尋ねる。


「北の街道で魔物を確認!」


兵士が答える。


「数は?」


「分からない!」


「こちらへ向かっているのか?」


「まだ確認できていない!」


その瞬間。


遠くの森から――。


ドォォン!


大きな音が響いた。


兵士たちが一斉に森を見る。


鳥の群れが、木々の間から一斉に飛び立っていく。


「……来るぞ」


誰かが呟いた。


兵士たちが武器を抜く。


ガチャッ。


ガチャガチャッ。


剣を抜く音が重なる。


弓兵が一斉に弓を構える。


「門を閉めろ!」


「まだ早い!」


「命令だ! 閉めろ!」


ギギギギギ――。


巨大な門がゆっくり閉じ始める。


魚屋の店主は、その光景を見つめていた。


胸がざわつく。


この光景を知っている。


兵士の配置。


弓兵の位置。


門を閉めるタイミング。


まるで――。


昔、自分が指示していたかのように。


「……」


頭の奥が痛む。


そして。


森の奥から――。


低い唸り声が響いた。


グルルルル……。


兵士たちの顔が強張る。


「来るぞ!」


「構えろ!」


「絶対に門を越えさせるな!」


魚屋の店主の手が震えた。


だが、それは恐怖だけではなかった。


体が勝手に動く。


「弓兵は二列!」


突然、店主が叫んだ。


兵士たちが振り向く。


「え?」


「前列は盾を構えろ! 後列は弓を!」


「な、何でそんなことを……」


店主自身も驚いていた。


なぜ自分はそんな命令を出した?


なぜ知っている?


兵士たちが戸惑いながらも配置につく。


店主は森を見る。


そして――。


頭の中に、一つの言葉が浮かんだ。


『陛下をお守りしろ』


「……陛下?」


店主は頭を押さえた。


その瞬間。


炎に包まれた城。


無数の兵士。


巨大な魔物。


そして、その前に立つ一人の男。


「……誰だ」


男の顔だけが、どうしても見えない。


---


『まずは飯だ』。


実咲は窓の外を見ていた。


町の通りには、もうほとんど人がいない。


店も閉まっている。


窓から顔を出していた人たちも、次々と家の中へ戻っていく。


遠くから、また鐘が鳴る。


――ゴォォン!


実咲の肩が跳ねた。


「……っ」


自分の胸に手を当てる。


心臓が早い。


ドクン。


ドクン。


ドクン。


「熊五郎……」


「何だ?」


「魔物って……本当に怖いんだね」


「ああ」


熊五郎は否定しなかった。


「でも、俺がいる」


「……」


実咲は熊五郎を見る。


そして、もう一度袖を握った。


「絶対だからね」


「何が?」


「私を置いていかないでよ」


熊五郎は少しだけ目を細めた。


「置いていかない」


その言葉を聞いて、実咲は小さく頷いた。


だが――。


その直後。


町の外から、遠く響く咆哮が聞こえた。


「――――グオオオオオッ!」


ビリビリと空気が震える。


実咲の顔が凍りついた。


「……今の」


店内の食器が、カタカタと揺れている。


実咲は熊五郎の腕にしがみついた。


「熊五郎……」


「大丈夫だ」


「でも……」


「大丈夫だ」


熊五郎は静かに繰り返した。


その目だけが――。


今まで見たことがないほど鋭くなっていた。


町の外。


森の向こう。


何かが、確実に近づいている。


そして魚屋の店主の中でも――。


失われた記憶が、少しずつつながり始めていた。

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