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第23話 記憶の中の城

第23話 記憶の中の城


翌朝。


魚屋の店主は、いつもより早く目を覚ました。


「……夢か」


額に手を当てる。


昨夜から、頭の中に何度も同じ光景が浮かんでいた。


燃える町。


逃げ惑う人々。


武器を手にした兵士たち。


そして――。


巨大な城。


白い壁に囲まれた、美しい城。


その城の前に、たくさんの兵士が並んでいる。


「……何なんだ、あの場所は」


店主はベッドから起き上がった。


胸の奥が妙にざわついている。


夢のはずなのに、妙に現実感があった。


兵士たちの顔まで覚えている。


握っていた剣の重さまで感じる。


そして何より――。


あの城に、自分は何度も出入りしていた。


そんな感覚がある。


「俺は……あそこにいた?」


頭痛が走る。


「うっ……」


店主は頭を押さえた。


すると、また一つ記憶が浮かんだ。


誰かの声。


――「陛下がお呼びだ」


自分が返事をしている。


――「ただちに参ります」


「……陛下?」


店主は目を見開いた。


自分は誰かに仕えていた。


しかも、ただの商人ではない。


軍服を着ていた。


腰には剣。


胸には見覚えのない紋章。


「……俺は軍人だったのか?」


その言葉が口から出た。


だが、何の国だったのかまでは思い出せない。


---


朝。


『まずは飯だ』では、熊五郎が朝食を作っていた。


「できたぞ」


「朝から豪華……」


実咲がテーブルを見る。


焼き魚。


卵料理。


野菜のスープ。


焼きたてのパン。


「熊五郎、朝からこんなに作ったの?」


「腹が減る」


「朝からそんなに食べるの?」


「一日の始まりだからな」


「理由になってないよ」


魚屋の店主が席につく。


「いただこう」


料理を一口食べる。


「……うまい」


「当然だ」


熊五郎は満足そうに頷く。


実咲が呆れる。


「ほんと、自信だけはすごいよね」


「料理に自信がなくてどうする」


三人で朝食を食べる。


いつもの光景。


だが――。


魚屋の店主だけは、熊五郎をじっと見ていた。


「……」


「どうした?」


熊五郎が尋ねる。


「いや……」


店主は首を振った。


「何でもない」


だが、心の中では昨日からずっと気になっていた。


熊五郎を見ると、なぜか胸の奥が騒ぐ。


まるで――。


ずっと昔から知っている人を見ているような感覚。


「……」


店主は熊五郎の手を見る。


料理を作る手。


包丁を握る手。


魚を捌く手。


普通の料理人の手に見える。


それなのに。


なぜか、その手に剣が重なって見えた。


「……」


「店主さん?」


実咲が顔を覗き込む。


「どうしたの?」


「いや……」


店主は慌てて笑った。


「少し考え事をしていただけだ」


「昨日も頭を押さえてたよね」


「大丈夫だ」


「本当に?」


「ああ」


実咲は心配そうに店主を見る。


「無理しないでくださいね」


「ああ。ありがとう」


---


食堂へ向かう時間になった。


三人で町を歩く。


しかし、町の雰囲気は昨日までとは少し違っていた。


人々が小声で話している。


「北の町の話、聞いたか?」


「魔物が出たらしいぞ」


「こっちにも来るのか?」


「兵士が調べているらしい」


実咲は周囲の会話を聞きながら、自然と熊五郎の近くを歩いていた。


昨日よりも、人との距離が近い。


熊五郎の横から離れない。


「実咲」


「何?」


「近い」


「いいの」


「歩きにくい」


「怖いんだから仕方ないでしょ」


「そうか」


熊五郎はそれ以上何も言わなかった。


実咲は熊五郎の袖を少しだけ掴んだ。


「……離れないでよ」


「分かった」


その会話を聞いた魚屋の店主が、少し笑った。


だが――。


町の門を通り過ぎたとき。


店主の足が止まった。


「……?」


目の前の兵士。


腰に剣。


胸当て。


そして胸元に刻まれた紋章。


その紋章を見た瞬間。


頭の中で何かが弾けた。


「……っ!」


「店主さん?」


実咲が振り返る。


店主は兵士を見つめていた。


「その紋章……」


「どうしました?」


兵士が尋ねる。


店主は何も答えられない。


なぜ知っている?


なぜ、その紋章を見ただけで胸が苦しくなる?


そして――。


なぜ、自分の胸にも同じ紋章があるような感覚がする?


「……知らない」


店主は頭を振った。


「俺は……知らないはずだ」


兵士が去っていく。


店主はその背中を見送った。


そして突然――。


また記憶が戻った。


――城の中。


――兵士たちが整列している。


――自分も、その列に立っている。


前方には一人の男。


黒い髪。


堂々とした姿。


そして――。


圧倒的な魔力。


男が手を上げる。


巨大な魔法陣が空に浮かぶ。


兵士たちが一斉に頭を下げる。


「我らが国王陛下に――!」


そこで記憶が途切れた。


「……はぁっ……!」


店主はその場に膝をついた。


「店主さん!」


実咲が慌てて駆け寄る。


熊五郎も振り返った。


「大丈夫か?」


「……ああ」


店主は息を整える。


「少し……昔のことを思い出した」


「昔?」


「ああ」


店主は熊五郎を見る。


まただ。


熊五郎を見た瞬間、さっきの男の姿が重なった。


だが――。


まだ顔がはっきりしない。


「……」


熊五郎は何も言わない。


ただ、静かに店主を見ている。


「行くぞ」


「え?」


「店が待っている」


熊五郎は歩き始めた。


「……ああ」


店主も立ち上がる。


実咲は二人を交互に見た。


「なんか二人とも変じゃない?」


「そうか?」


「うん」


熊五郎はいつも通りだった。


「気のせいだ」


「絶対なんかあると思うんだけど……」


実咲は首を傾げながら二人についていく。


---


その日の営業が始まった。


料理を作る熊五郎。


注文を取る実咲。


魚を届ける魚屋の店主。


いつもの食堂。


しかし――。


魚屋の店主の中では、少しずつ過去がつながり始めていた。


自分は軍人だった。


城に仕えていた。


国王と呼ばれる人物がいた。


そして、その国王は――。


強大な魔法を使っていた。


だが、まだ思い出せない。


国王の顔だけが、どうしても思い出せない。


「……」


店主は厨房にいる熊五郎を見る。


熊五郎は何事もなかったように料理を作っている。


その姿を見ながら、店主は胸の奥で呟いた。


「俺は……あなたを知っているのか?」


その答えは、まだ記憶の奥に眠っていた。


そして――。


遠く離れた場所では。


魔物たちが、少しずつ南へ進み始めていた。

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