第21話 旅立ちを支える店
第21話 旅立ちを支える店
昼の営業が始まる少し前。
『まずは飯だ』の店内では、実咲が掃除をしていた。
「よし……これでいいかな」
テーブルを拭き、椅子を並べる。
厨房では、熊五郎が今日の仕込みをしている。
魚を捌き、野菜を切り、肉に下味をつける。
「熊五郎」
「何だ?」
「最近、お客さんの種類が増えたよね」
「そうだな」
「商人さん、職人さん、魔法を使う人……」
実咲は少し考える。
「本当にいろんな人が来るようになった」
「腹が減っている人だ」
「またそれ?」
実咲が呆れる。
そのときだった。
カラン――。
店の扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
入ってきたのは、若い男だった。
服装は旅人のようだった。
背中には大きな荷物を背負い、腰には短いナイフを下げている。
男は店内を見回し、空いている席に座った。
「一人です」
「はい。こちらへどうぞ」
実咲がメニューを渡す。
男はしばらくメニューを眺めていた。
「……おすすめはあるか?」
「熊五郎の料理なら、どれもおすすめですよ」
「じゃあ、お任せで」
「熊五郎、お任せ一つ!」
「分かった」
熊五郎は肉を取り出した。
「また肉?」
「今日は肉だ」
「最近、肉料理多くない?」
「力がつく」
「はいはい」
熊五郎は肉を焼き始めた。
ジュウッ――。
香ばしい匂いが店内に広がる。
男はその匂いを嗅ぎながら、少し表情を緩めた。
やがて料理が完成する。
焼き上げた肉。
香草のソース。
焼いた野菜。
温かいスープ。
「食え」
「いただきます」
男は肉を一口食べた。
「……うまい」
もう一口。
そのまま夢中になって食べていく。
料理を食べ終える頃には、男の表情は入ってきたときより明るくなっていた。
「ごちそうさま」
「ありがとうございます」
実咲が皿を下げる。
すると男がぽつりと話し始めた。
「俺、明日から店を始めるんだ」
「お店を?」
「ああ」
男は頷いた。
「旅人や冒険者が使う道具を売る店だ」
「へえ!」
実咲が興味を持つ。
「どんなものを売るんですか?」
「革袋、水筒、旅用の靴、毛布、それに保存袋や野営道具だ」
「旅をする人には必要なものばかりですね」
「ああ」
男は少し笑った。
「俺自身、昔は旅をしていたからな」
「じゃあ、経験を生かしたお店なんですね」
「そうしたかった」
男は少し黙る。
「でも、怖いんだ」
「何がですか?」
「店を開いても客が来なかったらどうする」
「……」
「仕入れた道具が売れなかったら?」
男は拳を握った。
「今まで誰かの店で働いてきた。自分の店を持つのは初めてなんだ」
実咲は男を見つめた。
「でも……ずっとやりたかったんですよね?」
「ああ」
「だったら、やってみたらいいんじゃないですか?」
男は苦笑する。
「簡単に言うなよ」
そのとき、熊五郎が口を開いた。
「店をやりたいんだろ?」
「……ああ」
「なら、やればいい」
「またそれ?」
実咲が熊五郎を見る。
「熊五郎、簡単すぎない?」
「簡単だ」
熊五郎は淡々と言う。
「料理だって、作らなければ始まらない」
「……」
「店も同じだ」
男は黙って熊五郎を見る。
「失敗したら?」
「直せばいい」
「売れなかったら?」
「売れるものを探せばいい」
男はしばらく黙っていた。
そして――。
「……そうだな」
ゆっくりと顔を上げる。
「俺は、自分の店をやりたかったんだ」
拳を握る。
「だったら、やってみる」
実咲が笑う。
「頑張ってください!」
「ああ。ありがとう」
男は料金を支払い、店を出ていった。
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翌日。
町の一角に、小さな店が開いた。
店の看板には――。
『旅立ち屋』
と書かれている。
店の中には、旅人が必要とする道具が並んでいた。
革の水筒。
丈夫な革袋。
旅用の靴。
毛布。
保存袋。
野営用の道具。
男は一つ一つの商品を丁寧に並べていった。
最初は客が来なかった。
それでも男は店を開け続けた。
すると――。
「すみません、水筒を探しているんですが」
「はい!」
初めて客が入った。
男は嬉しそうに商品を手に取る。
「こちらがおすすめです。丈夫で、長旅にも使えます」
「じゃあ、これを」
「ありがとうございます!」
一人。
また一人。
少しずつ客が増えていった。
旅に出る者。
冒険者。
商人。
遠くの町へ向かう者。
『旅立ち屋』は、少しずつ町の人たちに知られるようになっていった。
---
数日後。
『まずは飯だ』。
カラン――。
扉が開いた。
「いらっしゃいませ!」
実咲が顔を上げる。
「あっ!」
入ってきたのは、この前の男だった。
「旅立ち屋の人!」
「そうだ」
男は笑っていた。
「店、なんとか始められたよ」
「よかった!」
「最初は客が来なくて不安だったけどな」
男は笑う。
「でも、一人目の客が水筒を買ってくれたとき、本当に嬉しかった」
「それなら大成功ですね」
「まだまだこれからさ」
男は椅子に座った。
「今日は飯を食いに来た」
熊五郎が厨房から顔を出す。
「腹が減ったか?」
「ああ」
「なら、食え」
男は笑った。
「今日は肉を頼むよ」
「分かった」
熊五郎が厨房へ戻る。
「やっぱり肉なんだ……」
実咲が苦笑する。
ジュウッ――。
肉の焼ける音が店内に響く。
男はその音を聞きながら、嬉しそうに笑った。
「俺、ここに来てよかったよ」
「どうして?」
「店を始める前に、ここで飯を食べたからだ」
「……」
「不安だったけど、あの料理を食べたら、やってみようって思えた」
実咲は熊五郎を見る。
熊五郎は何も言わず、料理を作っている。
『まずは飯だ』。
この小さな食堂で飯を食べた人たちは、少しずつ自分の道を歩き始めていた。
商人。
職人。
魔法士。
そして、旅人を支える商人。
町の中で、熊五郎の料理が人々の背中を押していく。
だが――。
熊五郎本人は、そんなことなど気にしていなかった。
「実咲」
「何?」
「皿を取ってくれ」
「はいはい」
今日もまた、『まずは飯だ』の厨房から、温かな料理の香りが町へ広がっていった。




