第14話 熊五郎、肉料理を振る舞う
第14話 熊五郎、肉料理を振る舞う
「熊五郎!」
実咲が入口から厨房へ駆け込んでくる。
「もうお客さんが待ってるよ!」
「まだ開店時間じゃないぞ」
「でも、昨日食べた人たちが来てるの!」
熊五郎は厨房から入口を見る。
食堂の前には、すでに何人もの人が立っていた。
「今日もあの料理が食べたい!」
「昨日食べたら、体が軽くなったんだ!」
「俺は魚料理を食べたい!」
そんな声が聞こえてくる。
実咲は驚いた。
「本当に評判になってる……」
熊五郎は落ち着いている。
「なら、準備する」
「うん!」
実咲は急いで店内を整えた。
テーブルを拭き、椅子を並べる。
熊五郎は厨房で仕込みを続ける。
今日は魚だけではない。
昨日、魚屋の店主が用意してくれた肉がある。
熊五郎は大きな肉の塊を取り出した。
「今日はこれを使う」
「何を作るの?」
「焼く」
「また焼くの?」
「焼くだけではない」
熊五郎は肉に塩を振り、香草をすり込んでいく。
さらに、細かく刻んだ香草と野菜を混ぜたソースを作る。
フライパンを熱する。
ジュウッ――!
肉を乗せた瞬間、厨房いっぱいに香ばしい音が響いた。
「うわ……」
実咲が思わず足を止める。
肉の表面がじゅわっと焼け、香ばしい匂いが広がる。
熊五郎は焦らず、じっくりと肉を焼いていく。
表面には、こんがりとした焼き色。
ナイフを入れると、中から肉汁がゆっくりと溢れ出す。
「……おいしそう」
「まだだ」
熊五郎は肉を少し休ませる。
「すぐ切ると肉汁が逃げる」
「そこはちゃんとしてるんだ」
「料理だからな」
「その言葉、今日は何回聞くんだろう……」
やがて熊五郎が肉を切る。
厚めに切られた肉から、湯気が立ち上る。
焼けた表面は香ばしく、中は柔らかい。
そこへ熊五郎が特製の香草ソースをかける。
肉汁とソースが混ざり合う。
甘み。
香草の爽やかな香り。
焼いた肉の香ばしさ。
すべてが重なった。
実咲は思わず唾を飲み込んだ。
「……それ、本当に食べていい?」
「味見ならいい」
「やった!」
実咲が一口食べる。
「……!」
言葉が出ない。
「どうだ?」
実咲はしばらく黙っていた。
そして――。
「おいしい……」
肉に歯を入れた瞬間、表面の香ばしさが広がる。
そのあと、柔らかな肉から熱い肉汁が口いっぱいに広がった。
ソースの香草の香りが鼻へ抜ける。
噛むほどに肉の旨味が出てくる。
「何これ……」
実咲はもう一口食べる。
「外は香ばしいのに、中は柔らかい……」
「そうか」
「肉汁がすごい!」
「そうか」
「ソースも合ってる!」
「そうか」
「熊五郎!」
「何だ?」
「もっと感想を聞いて!」
「うまいなら、それでいいだろう」
「もう……!」
そのとき、店の外から声が聞こえた。
「何だ、この匂い!」
「肉料理か?」
「早く食べたい!」
実咲が熊五郎を見る。
「匂いだけでお客さんが増えてるよ!」
「いいことだ」
そして――。
開店時間になった。
「いらっしゃいませ!」
実咲が扉を開ける。
待っていた客たちが次々と入ってくる。
「今日は肉料理があるのか?」
「ああ」
熊五郎が答える。
「おすすめだ」
「じゃあ、それを!」
「俺も!」
「俺は魚料理!」
「スープも頼む!」
次々と注文が入る。
実咲は大忙しだった。
「熊五郎! 肉料理三つ!」
「分かった」
「魚料理二つ!」
「今作る」
「スープも!」
「任せろ」
熊五郎は次々と料理を作っていく。
肉を焼く。
魚を焼く。
野菜を煮込む。
厨房から漂う香りに、客たちの期待も高まっていく。
やがて最初の客の前に、肉料理が置かれた。
「お待たせしました」
「……!」
男は目の前の料理をじっと見つめた。
焼き色のついた肉。
その上からかかった香草ソース。
皿の上には焼いた野菜も添えられている。
「いただきます」
ナイフを入れる。
スッ――。
驚くほど簡単に刃が入った。
「柔らかい……」
一口。
「……!」
男の目が大きくなる。
外側の香ばしさ。
噛んだ瞬間に広がる肉汁。
濃厚な旨味。
そこへ香草ソースの爽やかな香りが重なる。
「……うまい」
もう一口。
今度はゆっくり噛みしめる。
「肉って……こんなにうまかったのか」
隣の客も肉料理を口にする。
「……!」
「どうだ?」
「ちょっと待て……」
客は目を閉じる。
「この肉、噛むほど旨味が出てくる」
「本当だ」
「しかも、重くない」
「ソースがいいんだろうな」
「いや、肉そのものがうまい」
次々と客が肉料理を口にする。
「これは酒にも合いそうだ」
「いや、飯だろ!」
「ご飯が止まらない!」
店内から笑い声が起こる。
実咲は料理を運びながら、その様子を見ていた。
「すごい……」
熊五郎が厨房から顔を出す。
「何がだ?」
「みんな、すごく幸せそう」
熊五郎は客を見る。
確かに、誰もが笑っている。
「うまい飯を食えば、そうなる」
「またそれ?」
しかし――。
一人の男が、料理を食べながらぽつりと呟いた。
「……最近、仕事で失敗続きだったんだ」
実咲が振り返る。
「家に帰っても、ずっとそのことばかり考えてた」
男は肉をもう一口食べる。
「でも……」
ふっと笑う。
「今は、なんとかなる気がしてきた」
「……」
「明日、もう一回やってみるか」
実咲は熊五郎を見る。
熊五郎は肉を焼きながら、いつものように答えた。
「腹が減っていたんだろう」
「絶対それだけじゃないって……」
実咲は小さく呟いた。
それでも熊五郎は気にしない。
今日もただ――。
目の前の客に、うまい飯を食べてもらう。
そのことだけを考えて、次の肉を焼いていた。




