第12話 熊五郎、今日の営業を終える
第12話 熊五郎、今日の営業を終える
午後九時。
『まずは飯だ』の店内は、すっかり静かになっていた。
最後の客が店を出ていく。
「ありがとうございました!」
実咲が頭を下げる。
カラン……。
扉が閉まった。
「……誰もいなくなったね」
実咲が店内を見回す。
「今日も終わりだ」
熊五郎が厨房から出てくる。
「閉店だな」
「うん」
実咲は入口へ向かい、看板を裏返した。
表には、
『まずは飯だ』
そして裏には、
『準備中』
の文字。
「これで閉店」
「ああ」
二人は店内の片付けを始めた。
実咲はテーブルを拭き、椅子を整える。
熊五郎は厨房の鍋や調理器具を片付け、明日の食材を確認する。
「今日も忙しかったね」
「ああ」
「昨日よりお客さんが増えたんじゃない?」
「そうだな」
実咲は今日来た客たちを思い出す。
料理を食べて、疲れが取れた人。
悩みが軽くなった人。
笑顔になって帰っていった人。
そして、魔力まで回復したという人。
「……やっぱり熊五郎の料理って不思議だよね」
「何がだ?」
「食べた人がみんな元気になるじゃん」
「うまいからだ」
「それだけじゃないと思うんだけどなぁ」
「飯は大事だ」
「はいはい」
熊五郎は最後の鍋を片付けた。
「終わったぞ」
「じゃあ帰ろう」
二人は店を出た。
扉を閉め、鍵をかける。
実咲が看板を見る。
暗い通りの中で、
『まずは飯だ』
の文字が静かに浮かんでいる。
「明日も忙しくなるかな?」
「なるだろう」
「どうして?」
「飯を食うからだ」
「その理屈、便利すぎない?」
二人は並んで歩き出した。
向かう先は、魚屋の店主の家だ。
---
しばらく歩くと、魚屋の店主の家に着いた。
「ただいま」
熊五郎が扉を開ける。
「おかえり」
魚屋の店主が迎えてくれた。
「遅かったな。今日は大変だっただろう」
「ああ」
店主は実咲を見る。
「実咲ちゃんも疲れただろう」
「はい……」
「風呂に入って、今日はもう寝なさい」
「ありがとうございます」
実咲は頷いた。
「じゃあ、お風呂いただきます」
「ああ。ゆっくり温まってこい」
実咲は風呂場へ向かった。
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湯船に浸かると、全身の力が抜けていく。
「はぁ……」
実咲は目を閉じた。
今日一日のことを思い出す。
朝から食堂の準備をして。
昼は大勢のお客さんを相手にして。
夕方も忙しく働いた。
「……疲れた」
けれど、不思議と嫌な疲れではなかった。
食堂に来た人たちが笑顔になって帰っていく。
それを見ると、また明日も頑張ろうと思える。
「熊五郎が食堂やりたいって言ったときは、どうなることかと思ったけど……」
実咲は小さく笑った。
「本当に始めちゃったな」
ゆっくりと湯船に浸かり、疲れを癒やす。
しばらくして――。
「ふぅ……」
実咲は風呂から上がった。
「さっぱりした」
着替えて居間へ戻る。
すると――。
「……あれ?」
いい匂いがする。
台所を見ると、熊五郎が料理を作っていた。
「熊五郎、まだ料理してるの?」
「夜食だ」
「夜食?」
食卓には魚屋の店主が座っている。
「おう、実咲ちゃん。風呂上がったか」
「はい」
「ちょうどいい。こっちへ来な」
「でも、もう遅いですよ?」
熊五郎が料理を皿に盛る。
「食え」
「え?」
「腹が減っているだろう」
「……ちょっとだけ」
「なら食え」
「はいはい」
実咲も席についた。
三人で夜食を食べ始める。
「……おいしい」
「当然だ」
熊五郎が自慢げに胸を張る。
魚屋の店主も笑う。
「今日の店はどうだった?」
「大繁盛だった」
熊五郎が答える。
「ほう」
「昼も夕方も客が来た」
「そうか」
「しかも、料理を食べると疲れが取れる、悩みが軽くなる、魔力まで回復するって言われた」
熊五郎は、どこか誇らしげだった。
「俺の料理だからな」
「自慢するんだ」
実咲が笑う。
「ああ」
熊五郎は堂々としている。
「うまい料理を作ったんだから、自慢して何が悪い」
魚屋の店主も頷く。
「実際、町ではかなり噂になってるぞ」
「どんな噂?」
実咲が聞く。
「『まずは飯だ』という食堂に行けば、疲れが取れる」
店主は指を折りながら話す。
「悩みを抱えていた人が、食べたあとには笑って帰った」
「へえ……」
「体の調子が良くなったという話もある」
「やっぱり……」
実咲が熊五郎を見る。
熊五郎はニヤリと笑った。
「だから言っただろう」
「何を?」
「うまい料理は人を元気にする」
「……まあ、そうだけど」
「俺の料理はうまい」
「そこに戻るのね」
魚屋の店主が大笑いする。
「ははは! 熊五郎らしいな!」
三人は笑いながら夜食を食べた。
やがて――。
「ごちそうさま」
実咲が箸を置く。
「おいしかった」
「そうか」
熊五郎も満足そうに頷く。
魚屋の店主が立ち上がった。
「さて、今日はもう寝よう」
「そうですね」
「明日も朝から忙しくなるぞ」
「……明日もかぁ」
実咲が苦笑する。
熊五郎はすでに立ち上がっている。
「明日はもっと料理を作る」
「熊五郎は元気だね……」
「食堂の店主だからな」
「それ、最近お気に入り?」
「ああ」
「やっぱり……」
三人はそれぞれ寝る準備をした。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
「おやすみだ」
こうして――。
食堂『まずは飯だ』の、長い一日が終わった。
明日もまた、新しい一日が始まる。




