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第109話 守るものを選ぶ

第109話 守るものを選ぶ


「守るものを……選ぶ?」


実咲は。


自分の左手を見つめた。


黒い線。


指先から。


手首へ。


細く伸びている。


さっきより。


ほんの少しだけ。


長くなっていた。


「これ以上、力を使えば」


熊五郎が。


実咲を見る。


「お前の記憶が消える」


「……うん」


「だから」


熊五郎は。


町を見る。


「全部を守ろうとするな」


実咲は。


驚いた。


「でも……」


「全部守ろうとして」


熊五郎が。


実咲の左手を指す。


「お前が倒れたら意味がない」


実咲は。


黙った。


町には。


黒い霧が広がっている。


避難所。


兵士。


食堂。


外壁。


すべてを守るには。


今の実咲では。


力が足りない。


「じゃあ」


実咲は。


目を閉じる。


「一番守らなきゃいけない場所を」


光が。


少しずつ。


消えていく。


町全体を覆っていた光が。


一本。


また一本。


消えていく。


ガルドが。


驚く。


「実咲!」


「大丈夫!」


光が。


食堂へ戻ってくる。


避難所から。


外壁から。


兵士たちから。


そして。


最後に。


熊五郎の周囲へ。


光が集まった。


「今は」


実咲が。


息を整える。


「ここを守る」


食堂。


熊五郎。


料理。


その三つを。


光が包む。


黒い霧が。


食堂へ押し寄せる。


――ズズズズズ……。


しかし。


光の壁に触れた瞬間。


黒い霧が。


止まった。


実咲が。


驚く。


「……力が軽い」


熊五郎が。


頷く。


「守る対象を絞ったからな」


「これなら……」


実咲は。


左手を見る。


黒い線は。


伸びていない。


「代償も少ない」


「そういうことだ」


黒い男が。


遠くから。


二人を見ていた。


「……学習したか」


熊五郎が。


男を見る。


「お前は」


「……」


「守護者の力を知っている」


男は。


笑った。


「知っているとも」


「なら答えろ」


熊五郎の声が。


低くなる。


「守護者とは何だ?」


男は。


少し黙った。


「昔」


黒い霧が。


男の周囲を包む。


「お前の王国には」


古い城の幻影が。


再び浮かぶ。


「王を守るための者がいた」


実咲が。


聞く。


「王を守る?」


「それだけじゃない」


男が。


首を振る。


「守護者は」


実咲を見る。


「王が守るべきものを」


一つに絞る役割を持っていた。


熊五郎が。


目を細める。


「……」


「王は」


男が。


続ける。


「国のすべてを守ろうとする」


「だから」


「守護者が必要だった」


実咲が。


自分の左手を見る。


「王が全部を守ろうとして壊れないように?」


「そうだ」


熊五郎が。


静かに笑う。


「なるほど」


「何がおかしい?」


「昔の俺は」


熊五郎が。


自分の右腕を見る。


「それを聞かなかった」


黒い男が。


黙る。


「全部守れると思っていた」


熊五郎が。


過去を見るように。


遠くを見る。


「だから」


右腕の黒い線が。


少しだけ疼く。


「全部を失った」


実咲は。


熊五郎を見る。


「だから今度は」


実咲が。


光を強める。


「一緒に選ぶ」


熊五郎が。


頷く。


「そうだな」


その瞬間。


――ドォォォン!!


食堂の壁が。


大きく揺れた。


黒い男が。


手を上げている。


「話は終わりだ」


巨大な黒い槍が。


空中に現れる。


「守るものを絞ったなら」


槍が。


食堂へ向く。


「そこだけ壊せばいい」


――シュゥゥゥッ!


黒い槍が。


一直線に飛んでくる。


実咲が。


光の壁を張る。


――パァン!


激突。


――ドォォォン!!


光の壁が。


大きく揺れる。


「くっ……!」


実咲の腕が。


震える。


熊五郎が。


鍋を持つ。


「実咲!」


「大丈夫!」


「無理するな!」


「まだ大丈夫!」


黒い槍が。


光の壁を。


少しずつ押し込む。


床に。


亀裂が入る。


実咲の左手を見る。


黒い線が。


ほんの少し。


伸びている。


「……」


実咲は。


力を弱める。


「実咲?」


「違う」


実咲は。


目を閉じる。


「力を増やすんじゃない」


熊五郎が。


聞く。


「何をする?」


「向きを変える」


実咲が。


光を。


壁ではなく。


一本の線へ変える。


黒い槍の先端を。


横へ押す。


――ギィィィン!


槍の軌道が。


変わった。


食堂を狙っていた槍が。


空へ向かう。


――ズガァァァン!!


空中で。


爆発した。


実咲が。


息を吐く。


「……できた」


熊五郎が。


笑う。


「力を使い切るんじゃない」


「うん」


「使い方を変えた」


「そう」


実咲は。


少し嬉しそうに。


自分の手を見る。


「これなら」


黒い線を見る。


「まだ戦える」


その時。


黒い男が。


突然。


剣を捨てた。


「……?」


ガルドが。


構える。


「何をする気だ?」


男は。


両手を広げる。


「戦う必要はない」


熊五郎が。


警戒する。


「どういう意味だ?」


「守護者が目覚めた」


男が。


実咲を見る。


「ならば」


黒い霧が。


男の身体から抜け始める。


「俺の役目は終わった」


「待て!」


熊五郎が。


叫ぶ。


だが。


男の姿が。


霧の中へ消えていく。


その瞬間。


実咲の左手が。


突然。


強く痛んだ。


「っ!」


実咲が。


手を押さえる。


「実咲?」


「痛い……」


黒い線が。


手首から。


肘へ。


一気に伸びる。


――ズズッ。


「何これ……!」


熊五郎が。


実咲の腕を見る。


「待て……」


黒い線の中に。


小さな映像が浮かんだ。


幼い実咲。


見知らぬ場所。


そして。


その隣に。


一人の女性。


女性が。


幼い実咲の手を握っている。


『守るということは』


優しい声。


『全部を抱えることじゃない』


実咲が。


息を呑む。


「この人……」


熊五郎も。


映像を見る。


「誰だ?」


女性が。


振り返る。


その顔は。


熊五郎にも。


見覚えがあった。


「……!」


熊五郎の表情が。


変わる。


「そんなはずは……」


実咲が。


熊五郎を見る。


「知ってるの?」


熊五郎は。


答えない。


映像の中の女性が。


最後に。


こう言った。


『いつか王が帰ってきたら』


『あなたが――』


映像が。


そこで途切れる。


実咲が。


目を開ける。


「王が……帰ってきたら?」


熊五郎は。


拳を握った。


「……俺は」


その声が。


震える。


「この人を知っている」


そして。


遠くへ消えた黒い男の方向を見る。


「だが」


熊五郎の顔が。


険しくなる。


「なぜ実咲の記憶の中にいる?」


食堂の床で。


「麦」の紋章が。


静かに光った。


そして。


実咲の左手の黒い線が。


初めて。


一本の文字を形作った。


――母。


実咲は。


その文字を見つめた。


「……私の母?」


熊五郎は。


何も答えられなかった。


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