第107話 守られるだけじゃない
第107話 守られるだけじゃない
「……実咲!」
熊五郎が叫んだ。
――ズドォォォン!!
黒い根が。
食堂へ突き刺さる。
狙いは。
熊五郎ではない。
実咲だった。
「っ!」
実咲は。
とっさに両手を広げた。
――パァァァッ!
光の壁が。
目の前に展開する。
黒い根と。
光の壁が。
正面からぶつかった。
――バチィィィッ!!
「ぐっ……!」
実咲の身体が。
後ろへ押される。
「実咲!」
熊五郎が。
厨房から飛び出そうとする。
「来ないで!」
「!」
実咲が。
叫んだ。
「熊五郎は料理を作って!」
黒い根が。
光の壁を押し込む。
実咲の足が。
床を滑る。
「私が止める!」
「一人じゃ無理だ!」
「一人じゃない!」
実咲が。
叫ぶ。
その瞬間。
足元で。
何かが光った。
――ピカッ。
「……?」
実咲が。
一瞬だけ。
足元を見る。
そこには。
食堂の床に刻まれた。
四つの紋章。
王冠。
剣。
鍋。
そして。
麦。
第100話から。
何度も見ていた紋章だった。
だが。
今までと違う。
実咲の足元にある。
「麦」の紋章だけが。
淡く光っていた。
「……これ」
実咲が。
手を伸ばす。
触れた瞬間――
――ドクン。
胸の奥で。
何かが鳴った。
実咲の脳裏に。
一瞬だけ。
見知らぬ光景が浮かぶ。
誰かが。
小さな子供の手を握っている。
『守るっていうのは』
優しい声。
『前に立つことだけじゃない』
「……誰?」
映像は。
一瞬で消えた。
実咲は。
首を振る。
「今の……何?」
だが。
黒い根が。
再び迫る。
「考えるのは後!」
実咲が。
両手を広げる。
――パァァァッ!
光の壁が。
今までより強く輝いた。
「熊五郎!」
「何だ!」
「今、床の紋章が――」
「見えた」
熊五郎が。
答える。
実咲が。
驚く。
「見えたの?」
「いや」
熊五郎は。
鍋を持ったまま。
床を見る。
「感じた」
「……」
「お前の魔力が」
熊五郎の目が。
細くなる。
「食堂の魔力と繋がった」
実咲は。
自分の手を見る。
「私の力……?」
「まだ分からない」
熊五郎が。
言う。
「でも」
少しだけ。
笑う。
「第68話でお前が守ると決めた時から」
実咲が。
目を見開く。
「覚えてたの?」
「ああ」
熊五郎は。
鍋をかき混ぜながら。
答える。
「お前の結界だけ」
「……」
「少し形が違っていた」
実咲は。
思い出す。
あの時。
自分が誰かを守ろうとした瞬間。
光の壁が。
ほんの一瞬だけ。
自分の背後ではなく。
守る相手の周囲へ移動したこと。
「……あれも」
「たぶん伏線だ」
熊五郎が。
笑う。
「伏線?」
「何でもない」
実咲が。
少し怒る。
「今の絶対何か知ってるでしょ!」
「料理が冷める」
「ごまかした!」
二人のやり取りを。
ガルドが。
苦笑しながら見る。
「こんな状況でもいつも通りだな」
レオンも。
頷く。
「それでいいんだろ」
その瞬間。
黒い根が。
再び襲ってきた。
「来る!」
実咲が。
両手を広げる。
――パァァァッ!
だが。
今度は。
光の壁が違った。
ただの壁ではない。
光が。
細い線となって。
地面を走っていく。
食堂から。
ガルドへ。
レオンへ。
熊五郎へ。
そして。
町の避難所へ。
一本。
また一本。
光の線が。
繋がっていく。
「……何これ」
実咲自身が。
驚いている。
ガルドの足元に。
光の紋章が浮かぶ。
レオンの足元にも。
そして。
熊五郎の足元にも。
実咲の胸が。
ドクンと鳴る。
――守る。
その言葉が。
頭の中に響いた。
第68話で。
初めて口にした言葉。
第100話で。
食堂を守ろうとした時。
第106話で。
料理を守ろうとした時。
それらの記憶が。
一本の線のように。
繋がった。
「……そういうことなんだ」
実咲が。
呟く。
熊五郎が。
振り返る。
「何が?」
「私の力」
実咲は。
光の線を見る。
「守る場所を決めるんじゃない」
「……」
「守る人を」
光が。
さらに強くなる。
「決めるんだ」
――パァァァァァッ!!
光の柱が。
一気に立ち上がった。
黒い根が。
光へ触れる。
――バチィィィッ!!
根が。
弾き飛ばされる。
黒い男が。
初めて。
後退した。
「……何だ、その力は」
実咲は。
自分でも分からないまま。
答える。
「私の力」
そして。
熊五郎を見る。
「熊五郎が料理を作る時間を守る力」
熊五郎が。
少し笑った。
「それなら」
鍋を持ち上げる。
「頼りにする」
「うん!」
しかし。
熊五郎は。
床の紋章を見た。
実咲が。
まだ気づいていない。
四つの紋章。
王冠。
剣。
鍋。
麦。
そのうち。
「麦」の紋章の下に。
もう一つ。
小さな文字が浮かんでいた。
――守護者。
熊五郎の表情が。
一瞬だけ変わる。
「……まさか」
実咲が。
振り返る。
「どうしたの?」
「いや」
熊五郎は。
首を振る。
「まだ言わなくていい」
「何を?」
「お前が自分で気づくまでな」
実咲は。
不思議そうにする。
その背後で。
誰にも見えないように。
「麦」の紋章が。
もう一度。
小さく光った。
そして。
黒い男は。
その光を見ながら。
呟いた。
「守護者……」
その声には。
初めて。
明確な動揺があった。
「まさか」
黒い霧の奥で。
男の顔が。
青ざめる。
「この時代にも――」
言葉が。
途中で止まる。
熊五郎は。
まだ知らない。
実咲の力が。
かつて王国に存在した。
「守護者」そのものの力だということを。




