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第106話 料理の材料にされた王

第106話 料理の材料にされた王


「俺を食べる前に――」


熊五郎が。


左手を前へ出す。


「お前を料理してやる」


――ゴォォォォォッ!!


風が。


食堂の前を駆け抜けた。


黒い霧が。


一気に吹き飛ばされる。


「うおっ!」


黒い男の身体が。


数メートル後ろへ飛ぶ。


しかし。


男は。


地面へ剣を突き立てて止まった。


「……その風」


男が。


ゆっくり顔を上げる。


「やはり変わらないな」


熊五郎は。


答えない。


右腕を見る。


黒い線は。


手首から肘。


肩。


そして胸へ。


少しずつ伸びている。


実咲が。


その腕を見る。


「熊五郎」


「何だ」


「さっきの言葉……」


「材料になるって話か?」


「うん」


熊五郎は。


右腕を握る。


「たぶん本当だ」


ガルドが。


眉をひそめる。


「どういう意味だ?」


熊五郎は。


黒い霧を見る。


「こいつは俺の身体を食べてるんじゃない」


「じゃあ何を?」


「魔力だ」


レオンが。


息を呑む。


「魔力……」


「俺の魔力を吸って」


熊五郎が。


右腕を見る。


「黒い霧を作ってる」


黒い男が。


笑う。


「正解だ」


熊五郎が。


男を見る。


「やっぱりな」


「王だった頃から」


男が。


黒い剣を構える。


「お前は魔力が多すぎた」


「……」


「だから国を守るために使った魔法も」


男の周囲に。


黒い霧が集まる。


「お前自身を少しずつ削った」


熊五郎の目が。


細くなる。


「そして今も同じだ」


「違う」


熊五郎が。


即答する。


「今は一人じゃない」


実咲が。


一歩前へ出る。


「そういうこと」


ガルドも。


槍を構える。


「俺たちがいる」


レオンも。


頷く。


「俺もいる」


黒い男が。


三人を見る。


「ならば――」


黒い霧が。


一気に膨らんだ。


「先にそいつらを削ればいい」


――ズドォォォン!!


黒い根が。


地面から噴き出した。


「来る!」


実咲が。


両手を広げる。


――パァァァッ!


光の壁が。


食堂の前に展開する。


黒い根が。


壁へ激突した。


――バチィッ!


一本。


二本。


三本。


しかし。


根は止まらない。


光の壁を。


横へ回り込もうとする。


「実咲!」


「分かってる!」


実咲が。


光の線を地面へ走らせる。


――シュッ!


光の線が。


黒い根を囲む。


根の動きが。


一瞬止まった。


「今!」


ガルドが。


走る。


だが。


槍を振り下ろす直前。


熊五郎が。


叫んだ。


「切るな!」


「分かってる!」


ガルドは。


槍を横へ倒す。


根を。


地面へ押さえつける。


「こいつは切ると――」


「代償が来る!」


ガルドが。


歯を食いしばる。


「なら!」


槍の柄で。


根を押し返す。


「切らずに止める!」


レオンも。


走る。


右足には。


黒い線。


だが。


剣は使わない。


落ちていた木箱を。


持ち上げる。


「こっちだ!」


黒い根が。


木箱へ絡みつく。


レオンが。


そのまま走る。


――ズルズルズルッ!


根を。


食堂から引き離していく。


「今なら!」


実咲が。


光を集中させる。


――パァン!


根が。


地面へ押し戻された。


黒い男が。


舌打ちする。


「……面倒な」


熊五郎が。


その隙に。


厨房へ戻った。


実咲が。


振り返る。


「また料理!?」


「そうだ」


「食材ないよ!」


「分かってる」


熊五郎は。


鍋を見る。


第105話で作った。


魚の骨。


肉の脂。


玉ねぎの皮。


香辛料。


それらから取った出汁。


まだ。


ほんの少しだけ残っている。


熊五郎は。


鍋の底を確認する。


「これなら」


「何を作るの?」


「スープだ」


「また?」


「同じ料理じゃない」


熊五郎は。


水を加える。


そして。


塩を少し。


香辛料を一つ。


「薄くする」


実咲が。


首を傾げる。


「薄くしたら弱くならない?」


「逆だ」


熊五郎が。


火をつける。


――ボッ。


「今必要なのは」


鍋をかき混ぜる。


「一人を強くする料理じゃない」


湯気が。


立ち上がる。


「全員を少しずつ戻す料理だ」


実咲が。


気づく。


「……戦える人を増やす」


「そういうことだ」


――グツ。


――グツ。


熊五郎は。


スープを小さな器へ分けていく。


ガルドが。


最初の一杯を受け取った。


「飲むぞ」


――ゴクッ。


身体が。


温かくなる。


ガルドが。


目を閉じる。


呼吸が。


ゆっくりになる。


さっきまでの疲労が。


完全に消えるわけではない。


傷も。


治らない。


黒い線も。


残っている。


だが。


震えていた腕が。


安定した。


「……これなら」


ガルドが。


槍を握る。


「あと一度だけ」


「何が?」


「全力で動ける」


熊五郎が。


頷く。


「それで十分だ」


レオンも。


スープを受け取る。


――ゴクッ。


「……」


右足の黒い線が。


消えるわけではない。


しかし。


足の感覚が。


少しだけ戻った。


「動く」


レオンが。


足を踏み込む。


「自分の意思で」


一歩。


二歩。


三歩。


動ける。


「今なら!」


レオンが。


走る。


黒い根の間を。


すり抜ける。


敵の背後へ回る。


黒い男が。


振り返る。


「……!」


レオンは。


剣を抜かなかった。


代わりに。


木箱を投げる。


――ガンッ!


男の視界が。


一瞬塞がる。


その瞬間。


ガルドが。


槍で地面を叩いた。


――ドン!


男の足元が。


崩れる。


「今だ!」


熊五郎の風が。


横から吹き抜ける。


――ゴォォォッ!!


男の身体が。


吹き飛ぶ。


実咲が。


その先へ。


光の壁を作る。


――パァン!


男が。


壁へ叩きつけられた。


「ぐっ……!」


ガルドが。


叫ぶ。


「今の連携は!」


レオンが。


笑う。


「料理のおかげだ!」


熊五郎は。


厨房から。


叫び返す。


「違う!」


三人が。


熊五郎を見る。


「料理は」


熊五郎が。


鍋をかき混ぜながら。


言う。


「動けるようにしただけだ」


そして。


外を見る。


「戦ったのは――お前らだ」


ガルドが。


笑った。


「そういうところだな」


しかし。


黒い男が。


立ち上がった。


身体から。


黒い霧が噴き出す。


「……なるほど」


男が。


熊五郎を見る。


「料理で兵士を整える」


黒い霧が。


町へ広がる。


「ならば――」


黒い霧が。


兵士たちへ絡みつく。


「料理を食べる暇をなくせばいい」


――ズズズズズ……。


町の各所から。


黒い根が。


一斉に伸びた。


「まずい!」


実咲が。


叫ぶ。


根が。


避難している人々の近くへ向かう。


「熊五郎!」


熊五郎は。


鍋を見る。


残りは。


ほんの少し。


「……一人分にもならない」


実咲が。


叫ぶ。


「どうするの!?」


熊五郎は。


少し考えた。


そして。


鍋を持ち上げる。


「なら」


「?」


熊五郎は。


スープを。


地面へ少しだけ垂らした。


――ポタッ。


一滴。


二滴。


三滴。


その瞬間。


食堂の床にある。


四つの紋章が。


光った。


王冠。


剣。


鍋。


麦。


――パァァァッ!


光の線が。


町へ伸びていく。


実咲が。


目を見開く。


「食堂から……町へ?」


熊五郎が。


鍋を見る。


「料理を」


光が。


避難所へ。


兵士たちへ。


厨房へ。


そして。


町の各所へ。


繋がっていく。


「運ぶんじゃない」


熊五郎が。


呟く。


「料理の力を」


黒い霧が。


光へ触れる。


――バチィッ!


霧が。


弾かれた。


「広げるんだ」


町中から。


疲れた人々の声が。


少しずつ戻ってくる。


「……立てる」


「息が……楽だ」


「まだ動ける」


「子供たちを運べる!」


料理を直接食べていない。


それでも。


食堂から広がった料理の魔力が。


わずかに。


人々の疲労を和らげていく。


ただし。


それは。


ほんの少しだけ。


長くは続かない。


熊五郎の右腕の黒い線が。


また伸びる。


「……っ」


実咲が。


気づく。


「熊五郎!」


熊五郎は。


右腕を隠す。


「大丈夫だ」


「嘘!」


「まだ動く」


黒い線が。


胸へ近づく。


それでも。


熊五郎は。


鍋を離さない。


黒い男が。


その姿を見て。


初めて。


表情を変えた。


「……それだ」


「?」


「昔のお前も」


黒い霧が。


男の身体を包む。


「そうやって自分を削った」


熊五郎が。


睨む。


「昔とは違う」


「何が?」


熊五郎は。


後ろを見る。


実咲。


ガルド。


レオン。


そして。


食堂へ避難してきた人々。


「今は」


熊五郎が。


静かに言う。


「俺一人で料理してない」


実咲が。


笑う。


「そういうこと」


ガルドが。


槍を構える。


「厨房は守る」


レオンが。


頷く。


「俺もだ」


熊五郎が。


鍋を置く。


そして。


左手を。


黒い男へ向けた。


「だから」


風が。


集まり始める。


「お前が料理の材料にするのは――」


――ゴォォォォォッ!!


黒い霧が。


吹き飛ぶ。


「俺一人じゃない」


黒い男の背後で。


巨大な黒い根が。


一本。


地面から突き出した。


そして。


その先端が。


熊五郎ではなく――


食堂にいる実咲へ向いた。


「……実咲!」


熊五郎が。


初めて。


叫んだ。

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