↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
104/120

第104話 王を捨てた一皿

第104話 王を捨てた一皿


『お前が王を捨てた理由だ』


鍋の中から。


その言葉が響いた。


熊五郎は。


動かなかった。


実咲も。


ガルドも。


レオンも。


誰も口を開かない。


ただ。


鍋の底に映った過去だけが。


静かに揺れていた。


若い熊五郎が。


一人で座っている。


目の前には。


小さな器。


中に入っているのは。


わずかな料理。


熊五郎は。


震える手で。


それを口へ運んだ。


――パクッ。


その瞬間。


映像が変わった。


王城。


町。


兵士。


そして。


食堂。


すべてが。


熊五郎の頭の中へ流れ込んでくる。


「……!」


現在の熊五郎が。


頭を押さえる。


「熊五郎!」


実咲が。


駆け寄ろうとする。


「来るな!」


熊五郎が。


叫ぶ。


「これは……俺が見る」


黒い右腕が。


大きく脈打つ。


――ドクン。


――ドクン。


そして。


熊五郎の目の前に。


一人の男が現れた。


王冠をかぶった。


若い熊五郎。


だが。


その顔には。


今まで見たことのない疲労があった。


『なぜ戦う?』


若い熊五郎が。


自分自身に問いかける。


『国を守るためだ』


別の声が。


答える。


『では、何から守る?』


『魔王からだ』


『本当に?』


熊五郎が。


黙る。


そこへ。


料理人が現れる。


『陛下』


『……何だ』


『兵士たちが疲れています』


『分かっている』


『町の人々もです』


『分かっている』


『では』


料理人が。


鍋を差し出す。


『戦うのをやめさせる料理を作りませんか?』


若い熊五郎が。


顔を上げる。


『そんな料理があるのか?』


『分かりません』


料理人は。


笑う。


『ですが、食事をしている間だけは』


『……』


『人は剣を置けます』


熊五郎は。


その言葉を聞いて。


初めて。


少しだけ笑った。


『なら、作ろう』


映像が変わる。


王城の厨房。


熊五郎と料理人が。


二人で料理を作っている。


米。


肉。


魚。


野菜。


香辛料。


今と同じ食材。


だが。


その料理には。


一つだけ。


違うものが入っていた。


熊五郎の魔力。


大量の魔力だった。


料理人が。


驚く。


『陛下』


『何だ?』


『魔力を入れすぎです』


『これくらい必要だ』


『ですが……』


熊五郎は。


鍋を見つめる。


『この料理で』


静かに言う。


『戦場にいる全員を止める』


実咲が。


現在の熊五郎を見ながら。


呟く。


「……戦争を止めようとしたの?」


熊五郎は。


答えない。


映像の中で。


完成した料理が。


兵士たちへ配られる。


一人。


また一人。


料理を食べる。


すると。


兵士たちの身体から。


黒い魔力が抜けていく。


剣を握る手が。


止まる。


怒りが。


消えていく。


敵も。


味方も。


同じように。


武器を下ろしていく。


「……すごい」


実咲が。


呟く。


しかし。


次の瞬間。


異変が起きた。


兵士たちから抜けた黒い魔力が。


すべて。


熊五郎へ集まり始めた。


――ズズズズズ……。


「……!」


ガルドが。


息を呑む。


「吸収してるのか?」


熊五郎が。


答える。


「違う」


映像の中の若い熊五郎が。


苦しみながら。


魔力を受け止めている。


『俺が全部引き受ける』


料理人が。


叫ぶ。


『陛下! やめてください!』


『これしかない』


『そんなことをしたら――』


『分かっている』


熊五郎の身体に。


黒い線が走る。


現在の右腕と。


同じだ。


『俺一人が背負えば』


若い熊五郎が。


歯を食いしばる。


『誰も戦わなくていい』


料理人が。


熊五郎の腕を掴む。


『それでは陛下が死にます!』


『構わない』


『私は構います!』


料理人の声が。


震える。


『国王だから死んでいいなんて――』


熊五郎が。


初めて。


言葉を失う。


料理人は。


泣きながら続ける。


『陛下がいなくなれば』


『……』


『この国は誰を信じればいいんですか』


熊五郎は。


答えられない。


そして。


料理人が。


鍋を持ち上げる。


『ならば』


『……?』


『私にも分けてください』


『何を言っている』


『陛下が背負うものを』


料理人が。


料理を口へ運ぶ。


――パクッ。


黒い魔力が。


料理人へ流れ込む。


『やめろ!』


熊五郎が。


叫ぶ。


だが。


遅かった。


料理人の身体が。


黒い光に包まれる。


熊五郎が。


必死に手を伸ばす。


『やめろぉぉぉっ!』


映像が。


真っ白になる。


そして。


現在へ戻った。


熊五郎が。


その場に膝をついた。


「……俺は」


右腕を見る。


「全部忘れていた」


実咲が。


熊五郎の肩へ手を置く。


「忘れたんじゃないよ」


熊五郎が。


顔を上げる。


「自分で閉じ込めたんだと思う」


実咲の言葉に。


熊五郎は。


黙った。


その時。


鍋の底から。


また声がした。


『だから王を捨てた』


熊五郎が。


顔を上げる。


『自分一人で背負えなかったから』


黒い紋章が。


脈打つ。


『王冠を捨て』


『国を捨て』


『名前さえ捨てた』


熊五郎は。


ゆっくり立ち上がった。


「……違う」


『何が違う?』


「国を捨てたんじゃない」


熊五郎は。


鍋を見る。


「俺が捨てたのは」


一度。


目を閉じる。


「王として生きることだ」


そして。


厨房を見る。


そこには。


いつもの食堂がある。


「俺は料理人として生きることを選んだ」


実咲が。


笑う。


「だから今ここにいる」


熊五郎も。


少しだけ笑った。


しかし。


黒い紋章が。


突然。


大きく開いた。


『ならば証明しろ』


「何を?」


『王を捨てたお前に』


黒い霧が。


熊五郎の右腕へ絡みつく。


『もう一度、王の力を使わずに――』


黒い霧が。


食堂の外へ広がる。


『この国を守れるか』


熊五郎が。


静かに。


包丁を握った。


「……いいだろう」


実咲が。


驚く。


「熊五郎?」


「俺は王には戻らない」


熊五郎は。


厨房へ立つ。


「なら」


火をつける。


――ボッ。


「食堂の店主として守る」


その瞬間。


遠くから。


巨大な爆発音が響いた。


――ドォォォォン!!


ガルドが。


窓の外を見る。


「町の外壁が!」


黒い霧が。


町へ押し寄せている。


熊五郎は。


鍋を持ち上げた。


「実咲」


「うん!」


「守れるか?」


実咲が。


両手を広げる。


「もちろん」


「ガルド」


「任せろ!」


「レオン」


「戦える」


熊五郎が。


頷く。


「じゃあ――」


厨房の火が。


大きく燃え上がる。


「飯を作るぞ」


そして。


食堂の看板に。


黒い影が落ちる。


その影の向こうから。


かつて熊五郎が王だった時代を知る――


新たな敵が姿を現した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。