第103話 王が最後に作った料理
第103話 王が最後に作った料理
『思い出せ』
鍋の中から。
低い声が響いた。
熊五郎は。
動かなかった。
ただ。
鍋の中に映る過去を見つめている。
そこには――
若い熊五郎。
そして。
一人の料理人。
二人は。
燃え落ちる城の中にいた。
『陛下』
料理人が。
静かに頭を下げる。
『最後に一つだけ』
若い熊五郎が。
顔を上げる。
『料理を作ってください』
「……」
現在の熊五郎は。
目を細める。
「ここからだ」
実咲が。
隣へ立つ。
「何があったの?」
「分からない」
「覚えてない?」
「違う」
熊五郎は。
首を振る。
「覚えていたくなかったんだ」
その言葉に。
実咲は。
何も言えなくなった。
鍋の映像が。
動き始める。
若い熊五郎が。
厨房へ向かう。
食材を探す。
だが。
棚はほとんど空だった。
米が少し。
干した肉。
魚。
玉ねぎ。
そして。
わずかな香辛料。
熊五郎が。
現在の鍋を見る。
「……同じだ」
実咲が。
驚く。
「同じ?」
「第99話で使った食材と」
鍋の中の映像を見る。
「ほとんど同じだ」
ガルドが。
眉をひそめる。
「偶然か?」
「違う」
熊五郎は。
ゆっくり答えた。
「料理は」
包丁を握る。
「作った人間の記憶まで残すことがある」
レオンが。
驚く。
「そんなことが……」
「普通はない」
熊五郎は。
鍋を見る。
「俺の料理だからだ」
若い熊五郎が。
魚を捌く。
――トン。
玉ねぎを切る。
――トン。
肉を刻む。
――トン。
現在の熊五郎と。
まったく同じ動きだった。
実咲が。
それを見つめる。
「……熊五郎」
「何だ?」
「昔から」
実咲は。
少し笑う。
「料理してる時だけは、今と同じ顔なんだね」
熊五郎が。
一瞬だけ。
目を伏せた。
「そうかもな」
映像の中で。
料理が完成する。
若い熊五郎が。
器へ盛る。
料理人が。
それを受け取る。
『ありがとうございます』
若い熊五郎が。
聞く。
『食べないのか?』
料理人は。
笑った。
『陛下が先に』
『俺が?』
『はい』
熊五郎は。
少し不思議そうに。
料理を口へ運ぶ。
――パクッ。
その瞬間。
映像が。
真っ白になった。
「……!」
実咲が。
目を細める。
「何?」
白い光の中から。
大量の魔力が。
溢れ出してくる。
兵士たち。
町の人々。
城。
大地。
全部が。
一つの光に繋がっていく。
熊五郎が。
息を呑む。
「これは……」
ガルドが。
見る。
「今の料理と同じだ」
「違う」
熊五郎が。
首を振る。
「もっと強い」
映像の中で。
若い熊五郎の身体から。
光が溢れ出す。
その光が。
城全体へ広がる。
そして。
黒い魔力が。
一気に消えていく。
レオンが。
驚く。
「魔王軍を……消したのか?」
「違う」
熊五郎が。
答える。
「料理が吸い取ったんだ」
「何を?」
「人々の恐怖を」
実咲が。
息を呑む。
「恐怖を?」
「恐怖や怒り」
熊五郎は。
映像を見る。
「そういう感情を料理が受け取って」
「……」
「代わりに、生きる力を返した」
しかし。
映像の中で。
異変が起こる。
若い熊五郎の右腕に。
黒い線が浮かんだ。
――ドクン。
「……!」
現在の熊五郎の右腕にも。
同じ黒い線が走る。
実咲が。
叫ぶ。
「同じ!」
熊五郎は。
右腕を見る。
「そういうことか……」
黒い紋章が。
鍋の底で脈打つ。
『思い出したか?』
熊五郎は。
答えない。
映像の中の若い熊五郎が。
苦しそうに膝をつく。
料理人が。
駆け寄る。
『陛下!』
『来るな!』
『ですが!』
『俺から離れろ!』
黒い魔力が。
若い熊五郎の身体を包む。
料理人は。
それでも離れない。
『私が作った料理です』
『……』
『ならば』
料理人が。
笑う。
『最後まで一緒に食べましょう』
熊五郎の目が。
大きく開く。
「……そうだった」
実咲が。
見る。
「何?」
熊五郎の声が。
小さく震える。
「あいつは」
一歩。
鍋へ近づく。
「俺を助けるために」
黒い右腕を。
見る。
「俺の中の魔力を」
「……」
「全部、自分へ移した」
ガルドが。
息を呑む。
「だから死んだのか」
熊五郎は。
頷く。
「俺の代わりになった」
鍋の中から。
料理人の声が聞こえる。
『陛下』
熊五郎が。
顔を上げる。
『料理は』
声が。
優しく響く。
『誰かを強くするためだけにあるんじゃありません』
熊五郎の目に。
初めて。
涙が浮かんだ。
『一緒に食べるためにあるんです』
映像が。
そこで途切れる。
食堂へ。
静寂が戻る。
実咲は。
何も言わなかった。
熊五郎も。
何も言わない。
ただ。
鍋の中を見ている。
しばらくして。
熊五郎が。
口を開いた。
「だから俺は」
右腕を見る。
「料理を作ることだけは」
少し笑う。
「やめられなかったんだな」
実咲が。
静かに答える。
「うん」
「……」
「だって熊五郎は」
実咲は。
鍋を見る。
「今も誰かと一緒に食べるために作ってるから」
熊五郎は。
少しだけ笑った。
だが。
その瞬間。
鍋の底の黒い紋章が。
突然。
大きく開いた。
――ドクン!!
黒い霧が。
一気に吹き出す。
『違う』
熊五郎が。
顔を上げる。
『まだ思い出していない』
「何を?」
『最後の一皿を』
黒い霧の中に。
新しい映像が浮かぶ。
燃え落ちる城。
倒れた料理人。
そして。
その前に立つ熊五郎。
若い熊五郎が。
泣きながら。
一人で料理を食べている。
その手には。
小さな器。
そして。
器の底には――
黒い紋章が刻まれていた。
熊五郎の顔から。
血の気が引いた。
「……俺は」
包丁を握る手が。
震える。
「最後に」
映像を見つめる。
「何を食べた?」
鍋の中から。
答えが返ってきた。
『お前が王を捨てた理由だ』




