新所長
研究員たちが中央広場に集まっていた。
理由は単純――鼠機関から送り込まれてきた新所長の挨拶があるからだ。
ざわざわと、あちこちで雑談が飛び交う。
「新しい所長、IQ180の天才らしいぜ」
「それだけじゃない。天候操作の超能力持ちだとか」
その噂を耳にした刹那は、興味を抑えきれず人混みをかき分けて前へ出た。
――数分後。
広場の中央に現れたのは、一人の女性。
地面につきそうなほど長い黒髪。くせ毛が目立つその姿は、少女のようでもあり、どこか異質だった。
「静かにするなーう」
……気の抜けた第一声。
だが、その隈のある鋭い目を見た瞬間、場は一瞬で静まり返る。
ここは超能力研究所――通称「超人機関」。
一定以上のIQを持つ者しか存在しない場所だ。無駄に騒ぐ者などいない。
「おりこうさんだーねー。さすが選ばれた研究員だぬー」
「褒めてあげる。タコぱちぱち」
白衣の長い袖をぱたぱたと振るその姿に、空気が微妙に揺らぐ。
耐えきれなくなった男性職員が口を開いた。
「失礼ですが……あなたが新所長、ということでよろしいですか?」
「正解なーう」
少女のような新所長はにやりと笑う。
「私こそ、超人機関、新任の所長――天津香美だよーん」
(……やばい人来た)
刹那は内心ドン引きした。
その瞬間。
「そこの君、今ドン引きしたねーん」
「っ!?」
完全に指された。
「……いえ、そんなことは」
「その反応、75.98%の確率でドン引きしてるよねーん」
「……ちょっと変だなとは思いました」
一歩引く刹那。だが天津は二歩近づいてくる。
「正しい判断だよーん。私は変だ。なぜなら天才だからねーん」
そこへ女性職員が割って入る。
「所長、お飲み物いかがですか?」
「気が利くねーん」
――次の瞬間。
お茶が一瞬で消えた。
まるで掃除機のような吸引力。
「……おお!」
なぜか拍手が起こる。
「さすが所長!」
「いい飲みっぷりです!」
こうして場の空気は不思議と和み――
天津香美は、超人機関の“マスコット的存在”として受け入れられていった。
その後、刹那は自室で新たな研究対象と面談することになる。
「コードナンバー777、大和です。よろしくお願いします」
現れたのは、ダークブラウンの短髪の少年。
柔らかい雰囲気だが、どこか只者ではない。
「担当研究員の刹那です。よろしくね」
二人は向かい合って椅子に座る。
「さっそくだけど、質問。自分の能力、どう思う?」
「まだ確定ではありませんが――」
大和は迷いなく答えた。
「1〜2秒先を読む能力だと思います」
「VR格闘ゲームでその力を使って、エリア大会にも出場しました」
「優勝は逃しましたけど、同世代ではトップクラスだと思っています」
(……思ったより普通の子かも)
刹那は少し安心する。
「すごいねえ。お姉さんゲーム苦手でさ」
「最近、モン○○ーハンターVRやってるんだけど全然ダメ」
「え、僕もやってますよ」
「そうなの!じゃあこんどお姉さんにコツとか教えてくれない?」
大和は少し笑った。
「リオレウスは倒しましたけど―――」
「―――え、なにそれ?」
「赤い飛竜です」
「あー、それ知ってるかも!」
一気に距離が縮まる。
その後、身体測定へ。
100メートル走――12秒。
「速いねえ!お姉さんの倍くらい早いじゃない?」
「まあ、早いでしょうけど、コツをつかめばお姉さんでも早く走れますよ」
「コツ?」
「最初から全力を出さないこと。あと腕振りですね」
妙に大人びた口調。
(……君、小学生だよね?)
思わず心の中でツッコむ刹那。
さらに測定は続く。
握力40kg、シャトルラン128回、水泳もトップレベル。
「……完全に超人じゃない」
「平均と比べれば、ですが」
控えめに笑う大和。
(こんな弟いたら最高だな……)
危険な感情が芽生えかけた、そのとき。
「このあとですけど、食事でもどうですか?」
「いいわね。おごってあげる」
食堂でピザと野菜ジュース。
その光景は、まるで姉弟のようだった。
帰り道。
サイラへのプレゼントを買うため、二人はショッピングモールへ。
「来年、小学一年生の子なんだけど……何がいいかな?」
「その年なら、食べ物かぬいぐるみですね」
「なるほど......ならぬいぐるみを買おうかな」
ぬいぐるみ売り場へ向かう。
そこで目に入ったのは――チンチラのぬいぐるみ。
「これ、どう?」
「いいと思います。女の子はそういう動物、好きですし」
少し考えて、刹那は頷いた。
「じゃあ、これにする」
――こうして、彼女はチンチラのぬいぐるみを手に取った。
サイラの家に向かった。
そこは和風の巨大屋敷。
敷地内には温泉宿やトレーニング用の道場まで備えられている。
桜山町・和風部門ランキング第1位――まさに規格外の豪邸だった。
門の前では、忍者のような装束の警備員に止められる。
軽く挨拶を済ませると、すんなりと通された。
(ほんとに忍者みたい……)
案内された客室は、外観とは対照的な洋風仕様。
木の温もりを感じる落ち着いた空間で、中央には柔らかな緑のソファーが置かれている。
刹那はそこに腰を下ろした。
――その瞬間。
「どどどどどっ!」
「刹那ぁーっ!」
勢いよく飛び込んできたのは、明るい茶髪ボブの少女――サイラ。
そのまま、ぎゅっと抱きつかれる。
(あはは……大胆ねえ)
ちらりと視線を向けると、部屋の隅には強面の男。
山口系列の組員らしき人物が、無言でこちらを監視していた。
(あの人、いつ見ても怒ってる顔してる……)
そんな視線を気にしつつも、刹那はサイラの頭を優しく撫でる。
「ねえサイラちゃん、実はプレゼントがあるんだあ」
取り出したのは、チンチラのぬいぐるみ。
「わあ……!」
サイラの目がぱっと輝く。
「ありがとう、刹那!」
今度はサイラが、刹那の頭をなでなでした。
「いいこ、いいこ」
(……この子、天使だ)
(今日から君は、私の妹ね)
刹那の中で、またしても危険な感情が芽生えかけていた。




