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刹那の思い

京都府警の捜査官との待ち合わせまで、あと五分。


桜山町と桜川町のあいだにある山道――そこに建つ超能力研究所の前で、刹那は立ち尽くしていた。

近未来的な半球体の吹き抜けが、不気味なほど静かに空を映している。


(思い出せない……あの日、私は何をしていたの?)


レディースバッグから黒い電子メモを取り出す。

同時に、ぐう、と小さく腹が鳴った。


(ああ……お腹すいた)


画面には、ただ一言。


『神』


「神?」


思わず声が漏れる。


「この世界に神なんて、いないのに」


脳裏に浮かぶのは、祈りにすがった両親の姿。

金を搾り取られ、最後には何も残らなかった。


そして――祈っても救われなかった、病気の妹。


「この世界に、神なんていない!」


刹那は電子メモを地面に投げ捨てた。


取調室。


マッシュヘアに細長い一重の男が、机越しに座っている。

どこか頼りない印象の韓国出身の捜査官――イアンだ。


「疑っているわけではありませんが……」

「事件当日のことを、いくつかお聞かせください」


書類に目を落としながら、淡々と続ける。


「あなたの痕跡が、隕石が衝突したハイエースから検出されています」

「当日、毒島と同乗していましたか?」


(毒島じゃなくて……毒川のこと?)


刹那は一瞬だけ考え、口を開いた。


「いえ……毒島ではなく、毒川さんとは当日、乗っていません」

「ただ、以前に何度か送迎してもらったことはあります」


「ああ、なるほど」


イアンはあっさり頷く。


「それで痕跡が残っていたわけですね」

「……てっきり、何かやましいことがあるのかと」

「いえ、冗談です」


その軽い笑いに、刹那は内心で吐き捨てた。


(キモ……)


「以上です。ご協力ありがとうございました」


書類を閉じたあと、イアンは少しだけ身を乗り出す。


「あの、もしよろしければ――このあと、食事でもどうですか?」


ぞわり、と寒気が走る。


刹那は腕で小さく×を作った。


「すみません。先約があって……」

「イアンさんとは、ご一緒できません」


「あー……ですよね」


ヤニの匂いを漂わせながら、イアンは苦笑した。


「では、本日はこれで」


入れ替わるように、長髪の男が取調室に入ってくる。


「すみません、あいつの匂い、ひどかったですか?」


低く落ち着いた声。


「いえ……そんなことは」


刹那はその男を見て、思わず息をのんだ。


整った顔立ち。大きめの唇が、どこか色気を帯びている。


(この人が私の神だ)


胸が高鳴る。


男は静かに出口を示した。


「取調べは終わりです。どうぞお帰りください」

「後のことはこちらで処理しますので、ご心配なく」


その背中に、刹那は思わず声をかけた。


「あの……もしよろしければ」

「このあと、食事でも――」


男は一瞬だけ視線を泳がせ、すぐに頭を下げる。


「申し訳ありません。職務規定で、そういったことは禁止されていまして」


「あ……そうですよね」


胸の奥が、わずかに冷える。


帰り道の商店街。


ふと、ポスターが目に入った。


赤と黒の鱗に覆われた飛竜。

その隣には、銀髪ボブの少女。


【マリー百式選手 モン○○ーハンター2ドスVR 全エリア大会優勝】


まだ中学生ほどに見えるその少女は、自信に満ちた目をしていた。


その瞬間、刹那の視界が滲む。


(私には何もない)


何かで一番になること。

それを、自分よりずっと若い子が持っている。


「この世界に、神なんていない……」


拳が震える。


「私だって、一番になりたかった!」


気づけば、VRソフト専門店に足を踏み入れていた。


小さな個人店。


「お、いらっしゃい」


明るい茶髪のポニーテールの店員が振り向く。


「おいおい、泣いてるのか?」


「いえ、そんなことは」


にやり、と笑った店員は、突然Tシャツを差し出した。


【THE SUN AND ROCKNROLL】と書かれた太陽のマークが特徴的なTシャツ。


「これ、あげるよ」


「はあ?」


呆然とする刹那に、店員は額に手を当て――


「いないいない……ばあ!」


そして大声で笑った。


「な、なんなんですか」


「笑えよ。固いぞ」


意味不明なのに、不思議と力が抜ける。


「笑ってれば、悲しいのもどっか行くって」


「……はあ」


「いないいない――太陽だ!」


さらに意味がわからない。


けれど、さっきまでの涙が、少しだけ遠のいた。


「モン○○シリーズ、やったことはあるか?」


店員は錆びた金属のような竜が描かれたパッケージを見せる。


「やったことはありません」


「じゃあ、やれよ」


軽い一言。


「中古で二千七百。買ってけ泥棒、いえーい」


その適当さに、刹那は思わず笑いそうになる。


「買うわ。それ」


店を出ようとした瞬間――


ドンッ。


覆面の少年とぶつかった。


「悪い!」


その少年も同じ太陽のTシャツを着ている。


「怪我はない?」


「ニシシ、大丈夫だって!」


少年は胸を張る。


「俺は無敵の竜騎士・陽楽様ようらくさまだからな――なんてな」

「すみませんでした、お姉さん」


子どもっぽさと大人びた態度が同居している。


(サイラちゃんに、少し似てる……)


帰宅。


高級マンションの一室。


VRヘッドギアを装着し、ベッドに倒れ込む。


眠りながらプレイできる新世代システム。


刹那の装備は、青い皮鎧――ホープシリーズ。

左手に鉄の盾、右手に片手剣。


「……あれを狩ればいいのね」


草が生い茂る森丘で草食モンスター、アプトノスを発見。


踏み込み、斬る。


ぎこちない動きで、それでも必死に。


やがてモンスターは崩れ落ちる。


「――っ」


とどめの一撃。


命を奪う感触が、妙にリアルだった。


(思ったより怖い)


その夜、刹那は一匹だけを狩り――

そのまま、深い眠りへと落ちていった。

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