桜川事件
桜川の上空には、無数の球体型ドローンが浮かんでいた。
まるで星空がそのまま地上に降りてきたかのような光景だ。
それらはすべて、京都府警の捜査官たちが遠隔操作している観測機器――
通称、《桜川事件》の真相を暴くための“目”である。
そんな異様な光景の下。
澄み切った水面を覗き込み、自分の顔を確認している男がいた。
マッシュヘアに、細長い一重。
整った顔立ちの青年――イアン。
「……やっぱ俺、イケてるよなあ」
「いつ見てもイケメンだし、エリートコースの捜査官だぜ」
「だよなあ、お前はイケてる男だ、イアン」
自分で自分を励まし、満足げにうなずく。
そのとき――
「そんなところで何をしている。また独り言か?」
低く冷たい声が、背後から突き刺さった。
振り返ると、そこには長い黒髪を揺らす男が立っていた。
アジア系離れした白い肌、鋭い目元、整いすぎた顔立ち。
イアンよりも、明らかに“上”の美形――
飛龍捜査官だった。
「カースド2のくせに、仕事をサボるな」
その大きな瞳が、まっすぐイアンを射抜く。
イアンはびくりと肩を震わせ、慌てて口を開いた。
「す、すみません!ちょっと水分補給をしていまして……」
「水ならいつでも飲めるだろ。川の水でも飲んでおけ」
暴言だった。
だがイアンは、ぐっとこらえる。
そして満面の笑みを浮かべ、目を細めた。
「今度からはそうさせてもらいますね」
「あたりまえだろ、馬鹿が」
吐き捨てるように言うと、飛龍は資料を突きつけ説明する。
「今回の事件の鍵はこれだ」
「旧型車――ハイエースに“リトルボーイ”、つまり隕石が落下した」
「車両は被害者発見地点から約50メートル先」
「そして被害者には、明確な火傷痕」
「普通に考えれば――隕石落下による事故死だ」
イアンは唇を歪め、大きくうなずいた。
「私も同意見です、飛龍さん」
「どう考えても隕石による事故死でしょう」
そして、にやりと笑う。
「なので今日は、適当にサボりませんか?」
「……お前は本当に救えんな」
飛龍は呆れたように額を押さえた。
「またサボるのか、カースド2」
「いえいえ、“英気を養う”と言っていただければ」
「もういい。いっそクビにしてやる」
そう言い残し、飛龍は背を向けた。
――ふう。
イアンは小さく息を吐くと、ポケットから電子タバコを取り出した。
一服。
その煙とともに――
「イアン、起きなさい。お祈りの時間ですよ」
ふと、懐かしい声がよみがえる。
「……ママ」
一瞬だけ、遠い過去。
「……そういえば、母さんも隕石に殺されたんだっけな」
「昔すぎて、忘れてた」
煙が、空に溶けていった。
午後。
白衣の女性――刹那と向かい合い、イアンは事情聴取を行っていた。
茶髪ロング、透き通るような肌。
理知的で、どこか儚い雰囲気をまとっている。
「疑っているわけではありませんが……」
「事件当日のことを、いくつかお聞かせください」
「あなたの痕跡が、隕石が衝突したハイエースから検出されています」
「当日、毒島と同乗していましたか?」
刹那はおどおどと視線を揺らし、口を開いた。
「いえ……毒島ではなく、毒川さんとは当日は乗っていません」
「ただ、以前に何度か送迎してもらったことはあります」
「ああ、なるほど」
イアンは納得したようにうなずく。
「それで痕跡が残っていたわけですね」
「……てっきり、何かやましいことがあるのかと」
「いえ、冗談です」
軽く笑い、手帳を閉じる。
「以上です。ご協力ありがとうございました」
――そして。
(……綺麗な人だな)
心の中でそう呟きつつ、イアンは口を開いた。
「あの、もしよろしければ――」
「このあと、食事でもどうですか?」
刹那は申し訳なさそうに、腕で×を作った。
「すみません。先約があって……」
「イアンさんとは、ご一緒できません」
「あー……ですよね」
即座に察し、あっさり引く。
「では、本日はこれで」
ナンパ失敗。
イアンはそのまま、旧時代の遺物――パチンコ店へと消えた。
「今日こそ勝つぞ……!」
結果――惨敗。
「この台、絶対おかしいだろ!!」
さらに30分後。
「……ATM行くか」
軍資金、全損。
とある銀行の前。
そこに、最悪の人物がいた。
飛龍である。
「……チッ」
イアンは建物の影に隠れる。
――が。
「おい、カースド2。何をしている」
即バレ。
「うあああああ!!」
「お前は本当にダメなやつだな」
「あ、はい……自覚あります」
心の中で泣いた。
「夕食は?」
「まだです」
飛龍はため息をつき、茶色い袋を差し出した。
「ほら。食え」
中身は、肉まんだった。
「ありがとうございます!!一生ついていきます!!」
「安い忠誠だな」
二人は近くのベンチに座る。
微妙に距離を空けて。
やがて、飛龍が口を開いた。
「……今回の事件、犯人はいると思うか?」
「いないでしょうね」
「犯人は隕石です」
即答。
「……例えばだ」
飛龍は静かに言う。
「隕石の衝突“後”に、誰かが殺した可能性は?」
「……!」
イアンの目がわずかに開く。
「さすがです、飛龍様。名推理」
「お前、本当にやる気ないな」
そのとき――
覆面の少年が、目の前に立っていた。
「そこの君。今は20時だぞ」
「子供が何してる」
「子供じゃねーよ!来年から中学生だぞ」
「そうか――補導だ」
飛龍が踏み込む。
だが次の瞬間。
少年は軽やかに後退し――
バシッ!
見事な裏拳が、飛龍の顔面に直撃した。
「――っ!?」
イアンは思わず笑う。
親指を立てる。
少年も「ニシシ」と笑い、そのまま闇に消えた。
静寂。
そして――
「……ふー」
イアンは空を見上げた。
「今日は、うまい酒が飲めそうだな」




