5.責任取らせてください
ハルが気絶し、運び込まれた部屋の中。
ハルは天蓋がついた大きなベッドに横たわっていた。
後頭部には立派なタンコブができている。一応、医者に診て貰い、問題ないと判断された。
そんなハルの横で添い寝しながら、アレクシスは隣に控えていた補佐官へ視線を向けた。
長年、アレクシス•ヴァン•グラントの側で宰相補佐官を務めている男だ。名はエドガー•アーデル。
彼ならば、アレクシスに起きた、この不可解な現象について何か知っているかもしれない。
「なあ」
「はい」
「先ほどから、世界が薔薇色に見える」
エドガーとしては、先程からアレクシスが青年に添い寝している方が気になる。
「彼が現れてから、何もかもが色鮮やかに見える」
アレクシスは、ベッドの上のハルを至近距離で眺め、淡々と話す。
「彼から目が離せない。近くに置いておきたい。できることなら、誰にも触れさせたくない。これは、何という現象だ?」
長年の補佐官は、しばらく黙っていた。
そして、慎重に口を開く。
「閣下。それはおそらく……恋、というものではないかと。または、彼が魂の番なのでは?」
「恋?…魂の番?」
アレクシスは、その言葉を繰り返した。
これまで、自分には関係ないと思っていたもの。
「なるほど。では、これは私の初恋だ。それに、魂の番であるなら、彼と私は離れられないということだな。」
アレクシスは、納得したように頷いた。
「彼の了承は得た方が良いかと」
エドガーは、そっと伝えた。
アレクシスは、目の前の青年を見つめる。そばにいるだけで、何かが満たされる。
ようやく見つけた、自分に足りなかったもの。狂おしいほどに求めていたもの。それは魂の番だったのだ。
ならば、絶対に逃すつもりはない。
ハルが目を覚ますと、知らない部屋にいた。
まず目に入ったのは、高い天井だ。壁も、床も、家具も、何もかもが上質なもので揃えられている。
けれど、派手すぎるわけではなく、色合いは落ち着いていて、全体的にシックな雰囲気だった。豪華なのに、嫌味がない。
ここは、どこだ?
身体を起こそうとすると、後頭部が痛んだ。
そういえば、僕は椅子の足に引っかかって、面接室で転んだはずだ。それから、神様に会う夢を見て、魂の番が宰相閣下だと言われた様な?
いや、採用試験!
「……試験は?」
思わず呟いた。
僕にとっては、将来がかかっていた。奨学金をもらって、勉強して、ようやくたどり着いた採用試験だ。
まさか、転んで気を失ったせいで不採用になるなんてことになったら、人生が終わる。
不安になって周囲を見回したその時だった。
ベッドの横の椅子に、誰かが座っていることに気づいた。長い脚を組み、背筋を伸ばしている。黒髪の三つ編みに、青い瞳。アレクシス・ヴァン・グラント宰相閣下。
閣下は、こちらをじっと見ていた。
目が合う。閣下は、無言のまま僕を見ている。怖い。いや、面接の時からずっと怖かったけれど、今は状況が状況だ。知らない豪華な部屋、目の前には、冷徹で有名な宰相閣下。
しかも、僕はベッドに寝かされている。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。
僕は慌てて身体を起こしたが、沈黙が流れる。
「採用だ」
閣下は、唐突に口を開いた。
「明日から仕事だ。今からでもいい。配属は宰相執務補佐室。勤務地は私の執務室だ。私には君が必要だ」
閣下は、淡々と続けた。
「それから、寮を準備する」
話が早くて、ついていけていない。というか、僕はまだ何も聞かされていない。
「君は現在、街で部屋を借りていると書いてあったな」
採用試験の書類に、住居について記入した覚えがある。
「安全性が心配だ。私の家に住むといい」
??? 今、何と言った?
「責任を取ろう」
閣下は眉ひとつ動かさず、真顔だ。
「君は私の補佐官になるのだから、何も問題はないはずだ」
問題しかないと思う。
採用は嬉しい。でも、いきなり宰相閣下の執務補佐官?
さらに、閣下の家に住めと言われている。
「いえ、あの……責任?」
「何か不満があるのか?」
閣下は、少しだけ目を細めた。
「いえ。不満とか、あった様な気がしただけです」
その視線に耐えられず、僕は目を逸らす。
すごい、ぐいぐいくる。僕はどうなるんだろう。
もしかして、本当にグラント宰相閣下が僕の魂の番なのか?
神様の夢はやっぱり夢じゃなかったのかな。




