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35.幸せのたね

 



 怒涛の出産から数年。


 双子が生まれてからというもの、我が家は賑やかになった。

 泣いて、笑って、走り回って、気がつけばあっという間に月日が過ぎていた。

 そんな双子も今年で四歳になる。皆に可愛がられ、すくすくと育ってくれた。


 女の子のリアは私によく似ているらしい。髪の色も、瞳も、少し生意気なところも。

 男の子のルイは瞳の色は私の色だが、柔らかな表情も笑った時の顔もハルによく似ていて、何とも愛らしい。

 もちろん、ふたりとも可愛くて仕方がない。


 そして、私は決めている。ふたりとも嫁にはやらん。婿にもやらん。と。

 私を倒して奪ってみるがいい。



 ある休日の午後。


「「ちちうえ」」


 ふたつの声が重なり、私は顔を上げた。そこには、揃って不満そうな顔をした双子が立っていた。


「ははうえをひとりじめしないでください」

「そうです。ははうえをだっこしないでください」


 ……何だと?


 ハルは今、私の膝に座ってお茶を飲んでいる。休日なのだから、夫婦水入らずの時間を過ごしたいではないか。それなのに、子どもたちから抗議されるとは。


 ハルはそんな私たちを見て、楽しそうに笑っている。


「ふたりとも、少しは父上に優しくしてあげなさい」


 ハルが苦笑しながらたしなめてくれたが、双子はまったく怯まなかった。


「だって、ははうえはぼくたちのです」

「そうです。ははうえはわたしたちのははうえです」


 最近、ハルを巡って双子と私の間には、明確なライバル関係が成立している。そして、その勝負において大概負けるのは私である。


「ふたりもおやつにする?」


 ハルが笑顔で尋ねると、ふたりはたちまち機嫌を直した。


「する!」

「します!」


 ハルが用意していたお菓子を差し出すと、ふたりは嬉しそうに受け取った。まったく……現金な子たちだ。


「アレクシス様も、どうぞ」


 ハルが私にもお菓子を差し出してくれたので、私は笑顔であーんしてもらった。嬉しい。


「ありがとう、ハル」


 やはり、ハルは優しい。子どもたちに囲まれている時のハルも好きだ。母親として微笑む姿は、見ているだけで胸が温かくなる。

 けれど、同時に思う。私にも、もう少し構ってくれていいのではないだろうか。


 年々、ハルへの愛情は増していく。結婚して何年経とうと、まったく落ち着く気配がない。

 ……ハルは最終的に、私をどうしたいのだろう。

 私は、ただずっとそばにいてほしい。笑っていてほしい。私の夫でいてほしい。それだけだ。

 そんな事を思い、ハルを見つめていた。


「うっ……」


 突然、ハルが口元を押さえた。


「ハル?」


 ハルの顔色が悪いのを見て、私は焦る。


「どうした? 気分が悪いのか?」


「……ちょっと、気持ち悪い」




 ……気持ち悪い?


 その言葉を聞いた瞬間、私の脳裏に遠い昔の出来事が蘇った。

 食事の匂いが駄目だと言ってハルがうずくまった、あの日。

 エドガーがつわりではないかと指摘し、私が父親になるのかと大混乱した、あの日。


 まさか。いや、しかし。


 私はハルの顔を見つめた。ハルは苦笑しながら「大丈夫ですから」と言ったが、落ち着けるわけがない。


 これは、まさか。まさか、また……。


「……ハル?」


 恐る恐る名前を呼ぶと、ハルは少し困ったように笑った。


「そうだと思います。赤ちゃん」


 …………。


 頭が真っ白になった。

 また。私たちの家族が増えるのか。


 これ以上の幸せが増えたら、私はどうなってしまうのだろう。

 すでにハルがいて、ルイがいて、リアがいる。毎日が幸せで、これ以上望むものなどないと思っていた。それなのに、神様はまだ私に幸せをくださるというのか。


「アレクシス様?」


 ハルがそっと私の手を握った。

 胸がいっぱいだ。


「……ハル、これは夢か?」


 声が震えた。嬉しい。ただ、嬉しい。


「「きょうだいができるの?」」


 双子の声が重なった。ふたりは目を丸くして、ハルのお腹を見つめている。


「そうかもしれないね。まだ、お医者様に診てもらわないとわからないけれど」


 ハルが優しく答えると、ルイが「ぼく、おにいちゃんになるの?」と尋ね、リアも「わたしも、おねえちゃん?」と続いた。


「そうだね。もし赤ちゃんが来てくれたら、ふたりはお兄ちゃんとお姉ちゃんだね」


 ハルが笑うと、双子は顔を見合わせ、ぱっと笑顔になった。


「ぼく、おにいちゃんになる!」

「わたし、おねえちゃんになる!」


 ……ああ。なんということだ。


 私の家族が増える。ハルと、子どもたちと、そして新しい命。胸がいっぱいで何も言えず、ただハルの手を握りしめた。ハルも優しく握り返してくれる。


「アレクシス様」


「……何だ?」


「また、みんなで頑張りましょうね」


 私は深く頷いた。


「ああ。もちろんだ」


 そうだ。また、覚悟を決めないと。

 今回も私はハルの周りをぐるぐるする事になるだろう。


 ふと窓の外を見ると、午後の光が部屋いっぱいに差し込んでいた。隣には愛する夫がいて、そのそばには可愛い子どもたちがいる。

 そして、もしかしたら、もうひとり。


 ……いや、もしかすると、またふたりかもしれない。私は、いったいどこまで幸せになってしまうのだろう。


 そんなことを考えながら、私はハルと子どもたちを見つめた。

 ふたりの子どもたちが競うようにハルへ駆け寄ってきて、小さなお腹にそっと手を重ねる。


「こんにちは、あかちゃん」

「おにいちゃんとおねえちゃんですよ」


 その声を聞きながら、私はハルとリアとルイをまとめて抱きしめた。嬉しそうに双子がはしゃぐ。

 これからまた、喜びも不安も、家族みんなで分け合っていくのだろう。

 窓から差し込む光の中で、ハルと双子の笑顔が輝いている。


 私はその光景を胸に刻みながら、まだ見ぬ命にも、心の中でそっと語りかけた。


 ――お前が生まれてくる日もきっと、私の世界は光に満ちているんだろうな。





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