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33/36

33.邪魔です

 


 日に日に、ハルのお腹が大きくなっていく。


 そこには、ハルと私の子どもが育っている。つわりこそひどかったものの、それ以外は今のところ順調だ。

 医師の診察でも特に問題はなく、ハルも以前よりずっと元気になった。


 それが何より嬉しい。


 私は、暇さえあればハルのお腹に触れていた。そっと手を当てて、話しかける。


「今日も元気か?」


 返事の代わりに、お腹の中から蹴り返されることがある。そのたびに、私は感動してしまう。

 今、動いた!

 ハルと私の子どもが、ここにいる。


 時には、ぴく、ぴく、と規則的に動くこともある。医師によれば、しゃっくりをしているのだろうとのことだった。


 ……なんということだ。


 生まれる前から、こんなにも私を夢中にさせるとは。

 恐ろしい子だ。

 男の子なのか、女の子なのか。それは生まれてみなければわからないらしい。だが、どちらでも構わない。どんな子が生まれてきても、私はその子を愛するだろう。


 ハルに似ていても、私に似ていても。

 元気いっぱいでも、少し気弱でも。

 どんな姿で生まれてきても、私たちの大切な子どもだ。そう思うと、ますます愛おしくなってしまう。


「父だぞ。早く会いたいな」


 お腹に向かって話しかけると、また、ぽこん、と蹴られた。


「……っ!」


 そうか、そうか。

 お前も早く私に会いたいのだな!


「アレクシス様」


 ハルが呆れたように笑う。


 ……それにしても。


 ハルのお腹は、ずいぶんと大きくなった。

 少し前までは、こうして隣に座っている姿もいつもと変わらなかったのに、今では立ち上がる時も、座る時も、ずいぶんと大変そうだ。

 仰向けで寝るのも苦しくなってきたらしい。


 ハルは歩くのも大変そうになった。



 そうだ!


 お腹が重いのなら、私が前から支えて歩けばいいのではないだろうか。


「アレクシス様。前に立たれると、歩くのに邪魔です」


 私は、前からハルのお腹を支えようとした腕を止めた。


 む。そうか。


 私は、ハルの後ろ姿を見つめながら、そっとため息をついた。

 私は無力だ。




 最近、アレクシス様がますます過保護になっている。


 以前から心配性ではあったけれど、妊娠してからというもの、その度合いが明らかに増した。

 嬉しい。嬉しいのだけれど。

 正直、お腹が重くて、それどころではない時もある。起き上がるのも一苦労だし、寝返りを打つのも大変だ。

 どっこいしょ、よっこいしょが口癖だ。



 ただ、最近はお腹の大きさについて、少し気になることがあった。


 医師によれば、一般的な妊娠週数に比べて、お腹が大きいらしい。

 赤ちゃんが大きいのだろうか。それとも、僕の体質なのだろうか。

 少し気になっていたけれど、診察では特に問題があるとは言われていなかったので、あまり深く考えないようにしていた。


 ところが。

 ある日の診察で、思いがけないことがわかった。


「……双子、ですか?」


「はい。お腹が大きいのも、そのためでしょう」


 医師の言葉に、僕は目を丸くした。


 双子。ふたり。

 僕のお腹の中に、赤ちゃんがふたりいる。


「えっ……」


 思わず、自分のお腹を見下ろした。確かに、ずいぶん大きいとは思っていた。でも、まさかふたりだなんて。


「ハル!」


 隣で話を聞いていたアレクシス様が、僕の肩を掴んだ。


「ふたり!? 私たちの子どもが、ふたり!?」


 アレクシス様の顔が、ぱっと明るくなった。けれど、次の瞬間には、みるみる青ざめていく。


「……いや、待て。ふたりということは、ハルの体への負担も大きいのではないか?」


 医師が説明を続けた。

 双子の妊娠では、早産などのリスクが高くなること。母体への負担も大きいため、より慎重な経過観察が必要になること。


 僕は真剣に耳を傾けた。

 もちろん、不安はある。

 でも、嬉しい気持ちも同じくらい大きかった。ふたりも、僕たちの子どもがいる。そう思うと、自然とお腹に手を当ててしまう。


 一方のアレクシス様はというと。


 説明を聞くたびに青くなり、赤くなり、また別のリスクを聞いて青くなっていた。


「アレクシス様、落ち着いてください」


 思わず苦笑してしまった。


 でも、アレクシス様が心配する気持ちもわかる。僕だって、少し怖い。それでも、ふたりに会いたい。だから、できることをしよう。

 医師の話をよく聞いて、無理をせず、きちんと体を大切にする。


 それが、今の僕にできることだ。




 そして、アレクシス様はというと。


「産休を早めに取れるようにしよう」


「……はい?」


「ハルが安心して休めるように、制度を整える」


 そう言って、本当に制度を整えてしまった。


 産休だけではない。

 育児休暇を含め、妊娠や出産、子育てに関する休暇制度を見直し、必要な手続きを超特急で進めたのだ。公爵家の権限と宰相としての権力と能力を見事に活用していた。



 出産についても、医師と相談を重ねた。

 診察の結果、ふたりとも頭を下にした姿勢になっているらしい。

 そのため、今のところは自然分娩も可能だろうとのことだった。


 帝王切開という選択肢もあるが、男性妊娠の帝王切開はまだ症例が少なく、慎重に判断する必要があるらしい。

 僕は、医師から説明を受けたうえで、自然分娩を希望した。

 もちろん、絶対に自然分娩でなければ嫌だというわけではない。安全が第一だ。

 もし必要になれば、その時は医師の判断に従うつもりでいる。


 ……とはいえ。

 出産を意識し始めると、やっぱり怖い。


 今までは、お腹の中で動くふたりが可愛くて、早く会いたいという気持ちばかりだった。

 でも、出産が近づいてくると、少しずつ現実味が増してくる。


 陣痛はどれほど痛いのだろう。

 ふたりを無事に産めるだろうか。

 途中で何かあったら?


 考え始めると、きりがない。夜、隣で眠るアレクシス様の顔を見つめながら、そっとお腹を撫でた。ふたりは、今も元気に動いている。


 ぽこん。


「……わっ」


 思わず声が出た。

 すると、隣のアレクシス様が飛び起きた。


「ハル!? どうした!?」


「えっ、あ、いえ。赤ちゃんが動いただけです」


「……そうか」


 アレクシス様は、ほっと胸を撫で下ろした。

 そして、僕のお腹にそっと手を当てる。


「元気だな」


「はい」


「……早く会いたい」


 その声が、いつもより少し優しく聞こえた。


「私たちの子どもだ。きっと、可愛いだろうな」


「ふふ。親馬鹿になりそうですね」


「何を言う。当然だろう」


 あまりにも真顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。


「ハルに似ていたら、どうしよう。可愛すぎて、私は仕事にならないかもしれない」


「アレクシス様に似ていても、そうなるんじゃないですか?」


「……確かに」


 真剣に考え始めるアレクシス様の手に自分の手を重ねた。

 怖くないと言えば、嘘になる。でも、こうして一緒にいてくれる人がいる。

 それが、とても心強かった。


「アレクシス様。僕、少し怖いです」


 そう伝えると、アレクシス様の表情が変わった。ふざけることも、慌てることもなく、ただ真剣に僕を見つめてくれる。


「……そうか」


「でも、ふたりに会えるのは楽しみです」


 アレクシス様は、僕の手を握った。


「怖い時は、いつでも言ってくれ。私に代わってやることはできないが、ずっとそばにいる。何があっても、ひとりにはしない」


 その言葉に、心が軽くなる。そうだ。僕は、ひとりじゃない。


 早く会いたい。

 僕たちの子どもたちに。


「……ふたりとも、元気に生まれてきてね」


 お腹に向かって、そっと話しかけた。

 すると、また小さく蹴られた。まるで、わかっているよ、と返事をしてくれたみたいだった。


 少し心配だけれど。

 僕はお腹を撫でながら、そっと目を閉じた。


 ふたりに会える日が、待ち遠しい。



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