33.邪魔です
日に日に、ハルのお腹が大きくなっていく。
そこには、ハルと私の子どもが育っている。つわりこそひどかったものの、それ以外は今のところ順調だ。
医師の診察でも特に問題はなく、ハルも以前よりずっと元気になった。
それが何より嬉しい。
私は、暇さえあればハルのお腹に触れていた。そっと手を当てて、話しかける。
「今日も元気か?」
返事の代わりに、お腹の中から蹴り返されることがある。そのたびに、私は感動してしまう。
今、動いた!
ハルと私の子どもが、ここにいる。
時には、ぴく、ぴく、と規則的に動くこともある。医師によれば、しゃっくりをしているのだろうとのことだった。
……なんということだ。
生まれる前から、こんなにも私を夢中にさせるとは。
恐ろしい子だ。
男の子なのか、女の子なのか。それは生まれてみなければわからないらしい。だが、どちらでも構わない。どんな子が生まれてきても、私はその子を愛するだろう。
ハルに似ていても、私に似ていても。
元気いっぱいでも、少し気弱でも。
どんな姿で生まれてきても、私たちの大切な子どもだ。そう思うと、ますます愛おしくなってしまう。
「父だぞ。早く会いたいな」
お腹に向かって話しかけると、また、ぽこん、と蹴られた。
「……っ!」
そうか、そうか。
お前も早く私に会いたいのだな!
「アレクシス様」
ハルが呆れたように笑う。
……それにしても。
ハルのお腹は、ずいぶんと大きくなった。
少し前までは、こうして隣に座っている姿もいつもと変わらなかったのに、今では立ち上がる時も、座る時も、ずいぶんと大変そうだ。
仰向けで寝るのも苦しくなってきたらしい。
ハルは歩くのも大変そうになった。
そうだ!
お腹が重いのなら、私が前から支えて歩けばいいのではないだろうか。
「アレクシス様。前に立たれると、歩くのに邪魔です」
私は、前からハルのお腹を支えようとした腕を止めた。
む。そうか。
私は、ハルの後ろ姿を見つめながら、そっとため息をついた。
私は無力だ。
最近、アレクシス様がますます過保護になっている。
以前から心配性ではあったけれど、妊娠してからというもの、その度合いが明らかに増した。
嬉しい。嬉しいのだけれど。
正直、お腹が重くて、それどころではない時もある。起き上がるのも一苦労だし、寝返りを打つのも大変だ。
どっこいしょ、よっこいしょが口癖だ。
ただ、最近はお腹の大きさについて、少し気になることがあった。
医師によれば、一般的な妊娠週数に比べて、お腹が大きいらしい。
赤ちゃんが大きいのだろうか。それとも、僕の体質なのだろうか。
少し気になっていたけれど、診察では特に問題があるとは言われていなかったので、あまり深く考えないようにしていた。
ところが。
ある日の診察で、思いがけないことがわかった。
「……双子、ですか?」
「はい。お腹が大きいのも、そのためでしょう」
医師の言葉に、僕は目を丸くした。
双子。ふたり。
僕のお腹の中に、赤ちゃんがふたりいる。
「えっ……」
思わず、自分のお腹を見下ろした。確かに、ずいぶん大きいとは思っていた。でも、まさかふたりだなんて。
「ハル!」
隣で話を聞いていたアレクシス様が、僕の肩を掴んだ。
「ふたり!? 私たちの子どもが、ふたり!?」
アレクシス様の顔が、ぱっと明るくなった。けれど、次の瞬間には、みるみる青ざめていく。
「……いや、待て。ふたりということは、ハルの体への負担も大きいのではないか?」
医師が説明を続けた。
双子の妊娠では、早産などのリスクが高くなること。母体への負担も大きいため、より慎重な経過観察が必要になること。
僕は真剣に耳を傾けた。
もちろん、不安はある。
でも、嬉しい気持ちも同じくらい大きかった。ふたりも、僕たちの子どもがいる。そう思うと、自然とお腹に手を当ててしまう。
一方のアレクシス様はというと。
説明を聞くたびに青くなり、赤くなり、また別のリスクを聞いて青くなっていた。
「アレクシス様、落ち着いてください」
思わず苦笑してしまった。
でも、アレクシス様が心配する気持ちもわかる。僕だって、少し怖い。それでも、ふたりに会いたい。だから、できることをしよう。
医師の話をよく聞いて、無理をせず、きちんと体を大切にする。
それが、今の僕にできることだ。
そして、アレクシス様はというと。
「産休を早めに取れるようにしよう」
「……はい?」
「ハルが安心して休めるように、制度を整える」
そう言って、本当に制度を整えてしまった。
産休だけではない。
育児休暇を含め、妊娠や出産、子育てに関する休暇制度を見直し、必要な手続きを超特急で進めたのだ。公爵家の権限と宰相としての権力と能力を見事に活用していた。
出産についても、医師と相談を重ねた。
診察の結果、ふたりとも頭を下にした姿勢になっているらしい。
そのため、今のところは自然分娩も可能だろうとのことだった。
帝王切開という選択肢もあるが、男性妊娠の帝王切開はまだ症例が少なく、慎重に判断する必要があるらしい。
僕は、医師から説明を受けたうえで、自然分娩を希望した。
もちろん、絶対に自然分娩でなければ嫌だというわけではない。安全が第一だ。
もし必要になれば、その時は医師の判断に従うつもりでいる。
……とはいえ。
出産を意識し始めると、やっぱり怖い。
今までは、お腹の中で動くふたりが可愛くて、早く会いたいという気持ちばかりだった。
でも、出産が近づいてくると、少しずつ現実味が増してくる。
陣痛はどれほど痛いのだろう。
ふたりを無事に産めるだろうか。
途中で何かあったら?
考え始めると、きりがない。夜、隣で眠るアレクシス様の顔を見つめながら、そっとお腹を撫でた。ふたりは、今も元気に動いている。
ぽこん。
「……わっ」
思わず声が出た。
すると、隣のアレクシス様が飛び起きた。
「ハル!? どうした!?」
「えっ、あ、いえ。赤ちゃんが動いただけです」
「……そうか」
アレクシス様は、ほっと胸を撫で下ろした。
そして、僕のお腹にそっと手を当てる。
「元気だな」
「はい」
「……早く会いたい」
その声が、いつもより少し優しく聞こえた。
「私たちの子どもだ。きっと、可愛いだろうな」
「ふふ。親馬鹿になりそうですね」
「何を言う。当然だろう」
あまりにも真顔で言うものだから、思わず笑ってしまった。
「ハルに似ていたら、どうしよう。可愛すぎて、私は仕事にならないかもしれない」
「アレクシス様に似ていても、そうなるんじゃないですか?」
「……確かに」
真剣に考え始めるアレクシス様の手に自分の手を重ねた。
怖くないと言えば、嘘になる。でも、こうして一緒にいてくれる人がいる。
それが、とても心強かった。
「アレクシス様。僕、少し怖いです」
そう伝えると、アレクシス様の表情が変わった。ふざけることも、慌てることもなく、ただ真剣に僕を見つめてくれる。
「……そうか」
「でも、ふたりに会えるのは楽しみです」
アレクシス様は、僕の手を握った。
「怖い時は、いつでも言ってくれ。私に代わってやることはできないが、ずっとそばにいる。何があっても、ひとりにはしない」
その言葉に、心が軽くなる。そうだ。僕は、ひとりじゃない。
早く会いたい。
僕たちの子どもたちに。
「……ふたりとも、元気に生まれてきてね」
お腹に向かって、そっと話しかけた。
すると、また小さく蹴られた。まるで、わかっているよ、と返事をしてくれたみたいだった。
少し心配だけれど。
僕はお腹を撫でながら、そっと目を閉じた。
ふたりに会える日が、待ち遠しい。




