30.結婚式後の衝撃
婚約から半年。
長かったような、短かったような。
そして――明日は、ついに結婚式だ。
…………。
自分の部屋で、明日の予定表を眺める。
結婚式。僕が? アレクシス様と?
まだ少し、実感が湧かない。
婚約を発表した夜から、結婚式の準備は始まった。衣装を決めるだけでも大変だった。
「こちらはいかがでしょう?」
「……すごい」
「こちらのお色もお似合いになるかと」
「えっと……」
何着も試着して、宝石を選んで、式場を決めて、招待客を決めて。料理や花、音楽まで、僕には知らないことばかりだった。
そのたびに、アレクシス様が隣にいてくれた。
「ハルが気に入ったものを選べばいい」
そう言って、僕が納得するまで付き合ってくれた。……本当に、この人は僕を甘やかすのが好きらしい。
結婚前夜、僕たちは二人で向き合っていた。アレクシス様が僕の手を取り、優しく尋ねる。
「緊張しているか?」
「してます」
「私もだ」
意外だった。心臓に毛の生えたアレクシス様も緊張するなんて。
「アレクシス様も緊張するんですか?」
「ああ」
アレクシス様は僕の手を握ったまま、優しく笑った。
「明日、ハルと夫婦になれると思うと……さすがに平静ではいられない」
胸が熱くなる。
「ハル。私はハルを幸せにする」
「はい。僕もアレクシス様を幸せにします」
僕の手を握る力が強くなる。
「……もう十分、幸せだ」
「じゃあ、もっと幸せになりましょう」
アレクシス様の指が、僕の指に絡む。
「これから先も、ハルが笑っていられるようにする。つらいことがあれば、私が支える」
「……はい」
「何があっても、ハルの味方だ」
「はい」
「だから――」
アレクシス様が僕の手を持ち上げ、口元に寄せる。
「明日も、その先も、ずっと私の隣にいてほしい」
「……はい」
僕は笑った。
「僕も、アレクシス様の隣にいたいです」
その夜、僕はなかなか眠れなかった。
そして、結婚式当日。
鏡を見る。今日の僕は、いつもの僕ではない。
仕立てられた衣装に身を包み、髪もきれいに整えられている。胸元には、アレクシス様から贈られた青い宝石が輝く。
「……結婚するんだ」
そう呟いたとき、声がかかった。
「ハル様。ご準備が整いました」
「はい」
僕は深呼吸した。ついに、今日という日を迎えたのだ。
式場は、この国で一番大きな神殿。今日のために華やかに飾られている。
そして、参列者もそうそうたる顔ぶれだった。国王陛下に王族の方々、公爵家や侯爵家をはじめとした貴族たち。
宰相であるアレクシス様の結婚式なのだから、当然なのかもしれない。
……でも。
人が多い。ものすごく多い。
僕は神殿へ続く扉の前で固まっていた。
「緊張する……」
小さく呟いたそのとき、隣から声がした。
「ハル君」
「お義父様……」
そこに立っていたのは、アシュフォード侯爵。そして今日、僕と一緒にバージンロードを歩いてくれる人でもある。
「大丈夫だよ」
穏やかな声だった。
「アレクシス殿がハル君を待っている」
「……はい」
「それにね」
お義父様は少しだけ笑い、僕の手を取った。
「ハル君が幸せになることが、私たちの願いだよ」
「……ありがとうございます」
「あ、ちなみに、これからもお義父様って呼んでね。もちろんパパでもいいよ」
そう言って、お義父様は楽しそうに笑った。……ああ、何だか涙が出そうだ。
「さあ、行こう」
「はい」
神殿の扉が開いた。
大勢の人がいる。その正面には、アレクシス様が立っていた。
黒を基調とした正装に身を包み、まっすぐこちらを見つめている。いつものように堂々としていて、緊張しているようには見えない。
……すごいな。僕なんて、心臓が壊れそうなのに。
一方、アレクシスの胸の内。
やっとだ。やっと、この日が来た。
今日から私は、皆の前で堂々と言える。
ハルは私の伴侶だ。私のハルなのだ、と。
もう、誰にも遠慮する必要はない。婚約者ではない。恋人でもない。今日から、正式に私の家族になる。
嬉しい。嬉しくて仕方がない。
幸せに上限がないのだと、私は知らなかった。ハルといると、幸せがどんどん増えていく。
いつか幸せすぎて、自分でも何が何だか分からなくなるのではないだろうか。
そんなことを考えている間にも、ハルが少しずつこちらへ近づいてくる。
今すぐ迎えに行きたい。そんな衝動を、必死に抑えていた。
ハル、綺麗だ。
あの日、初めて会ったときから、ずっと、私にはこの人しかいなかった。
そして今、私の隣に。
ゆっくりと、バージンロードを進む。
一歩、また一歩。その先にいるアレクシス様との距離が、どんどん近くなっていく。
やがて、僕たちはアレクシス様の前にたどり着いた。お義父様が僕の手をアレクシス様へと託す。
「アレクシス殿、ハル君を大切に」
アレクシス様は、まっすぐにお義父様を見つめた。
「お約束します」
そして、力強く告げた。
「必ず、幸せにします」
お義父様は小さく頷いた。
「……頼みました」
お義父様が一歩下がり、僕はアレクシス様の隣に立った。
「……ハル。大丈夫だ」
「はい」
アレクシス様が、そっと僕の手を握る。
「私の方が緊張している」
その言葉に、僕は思わずふっと笑ってしまった。たったそれだけで、張り詰めていた気持ちが少しだけ和らいだ。
神殿に響く祝福の言葉。交わされる誓い。そして――僕たちは夫婦になった。
式が終わったあと、たくさんの人に祝福されながら、僕はアレクシス様の隣を歩いていた。
夢みたいだ。僕が、この人と結婚した。
そう思ったら、ふと神様に報告したくなった。
神様。僕、ちゃんと結婚しましたよ。
アレクシス様と。
僕、今すごく幸せです。
そう心の中で報告しながら、アレクシス様の手を握った。
「どうした?」
「……なんでもないです」
僕は笑った。
そして、その夜。
初夜という試練のせいで、僕は気絶という名の眠りについた。
真っ白な場所に見覚えのある人がいた。
神様だ。
神様は僕を見つけると、楽しそうに手を振った。
「結婚おめでとう!」
神様!
僕は嬉しくなって、思わず声を上げた。
「幸せそうだね」
はい!
僕は笑顔で頷いた。
アレクシス様と結婚しました!
「知ってるよ」
神様が笑う。
「幸せ?」
少しだけ照れながらも、僕は迷わず頷いた。
「そっか」
神様は満足そうに笑うと、いつもの軽い調子で言った。
「じゃあ、これからも仲良くね」
はい。
よかった。神様にも、ちゃんと報告できた。
そう思っていたら、神様がふと思い出したように付け加えた。
「あ、あと、もう妊娠できちゃうから、計画的にね!じゃあまたね!」
…………え?
今、何て?
えっ、ちょ、神様!今の話、詳しく!!
問い詰める間もなく、光に包まれた。
目が覚めたら、隣には眠っているアレクシス様がいた。
…………。
神様の最後の言葉に、動揺を隠せない。
……よし。二度寝しよう。
アレクシス様と僕は夫夫になった。そして、きっと、これからもっと幸せになる。――毎日、幸せを更新していこう。
いつか、もし家族が増えたら、もっともっとにぎやかになるだろう。そんな未来を思い描きながら、僕は再び目を閉じた。
そして、世界にも変化が訪れ始めた。
同性同士で結婚した人の間に、子どもが生まれたという報告が、各地から寄せられるようになったのだ。
神殿では、男性同士、女性同士の婚姻者間から生まれたとされる赤子の血縁関係について、詳しい調査が行われた。
その結果、間違いなく二人の血を引いていることが証明された。
男性の妊娠や出産についても研究が進められ、安全に子どもを産むための方法が模索され始めた。
それは神の奇跡として、神話の最後に新たに書き加えられた。
神話の最後に記された、最新の奇跡。
それは、愛し合う二人の間に新たな命が生まれるという奇跡だった。




