3.運命が歩いてやってきた
私は、この国の宰相をしている。
名前は、アレクシス・ヴァン・グラント。
30歳。
身長は185センチほど。
黒髪に青い目。
その瞳の色は、王家の青と呼ばれている。
公爵家に生まれ、現国王の甥という立場にある。
私は、様々なものに恵まれてきた。
身体、精神力、容姿、運動神経、知性、何なら運もいい。
なんでも揃っている。
周囲からは、完璧だと言われ、そして、若くして宰相にまで上り詰めた。
何もかも持っていると、そう思われている。
しかし。
なぜか、満たされない。
胸のどこかに、ぽっかりと穴が空いているような感覚。
欠けている何かを、埋めたくて仕方がない。
狂おしいほどに。
何をしても、満たされない。
仕事で成果を上げても、地位を得て周囲から評価されても、その空白だけは、決して埋まらなかった。
家族を持てば、多少は満たされるのかとも思ったが、私は結婚というものに、まったく興味がなかった。
家など、能力のある血縁者を据えて継がせればいい。
そう考えているうちに、気づけばこの年になっていた。三十歳を過ぎても独身というのは、この国では珍しい。
周囲には、私が「魂の番」を探しているのではないかと邪推する者もいる。
馬鹿馬鹿しい。
そんな、運命的な確率でしか出会えない相手を探すなど、時間の無駄だと私は思っていた。
今日は、文官を中心とした大規模な採用試験の日だ。
私は、この国の宰相であり、城で働く大臣、政務官、文官、補佐官をまとめる立場にあり、実質的な政治のトップでもある。
国の政治の中心である、城の事務仕事は多い。多すぎる。
そして、ある日ついに苦情が来た。
忙しすぎる、人手が足りない、このままでは無理だ。
そんな嘆願書が、山のように届いた。
ストライキ寸前だった。
……まあ、当然だろう。
人が足りないのだから。
そこで、文官を中心とした大規模な採用試験を行うことになった。
それが、本日である。
優秀な人材を集める。
どうせ辞めていく者も多いのだから、最初から多めに採用する。その中でも、できるだけ優秀で、身分のしっかりした者を雇いたい。
今回は、特に学園既卒者を中心に集めた。
学園での成績や人となりの評価は、判断材料としてわかりやすい。学園に入るまでに身分も確認されているため、身元の調査も容易だ。
今回は、私も面接官として参加した。
普段なら、この程度の採用試験に私が出ることはない。
今回参加した理由も、特になくただの気まぐれだ。
今にして思えば、何かの虫の知らせだったのかもしれないが。
そして。
私は、そこで出会った。
抗いがたいものに。
私のものだ。そう、思った。
ずっと胸の奥にあった、狂おしいほどの渇き。
それを埋めてくれるものに。
「28番。入れ」
そう声をかけた。
コンコン、と扉がノックされる。
「入れ」
もう一度声をかけると、扉が開いた。
そこから現れたのは、緊張した面持ちの小柄な青年だった。
茶色の髪。薄茶色の瞳。平凡な容姿。
細い身体で、お世辞にも健康そうには見えない。
けれど。
彼が、私の世界に現れた。
世界に色がつく、とはよく言ったものだ。
その瞬間、目に映るすべてが、鮮やかになった。
薔薇色だ。
彼がこちらへ歩いてくる。光が舞う。
いや。
正確には、面接者用の椅子へ向かっているだけなのだが。
そんなことは、どうでもよかった。
彼から目が離せない。
胸が騒ぐ。
私の心臓が存在を主張している。
今まで感じたことのないほど強く脈打っている。
なんだ、これは。こんな感覚、知らない。
なのに、なぜか、分かる。
ずっと探していた、私に足りなかったもの。私が埋めたかったもの。それを、目の前のこの青年が持っている。
そう、確信した。
ただ、その時の私は、この訳の分からない現象に、混乱し自分に何が起きているのか理解できなかった。
後に、私は魂の番に出会ったのだと知った。




