28.神様って本当にいるんだ
夜会の翌昼、僕は、目を覚ました。
「……ん」
ぼんやりと目を開けると、最初に見えたのは見慣れた天井。
そして。
「……アレクシス様」
「起きたか?」
すぐ近くに、アレクシス様の顔があった。というか、僕はアレクシス様の腕の中にいた。
「……今、何時ですか?」
「もうすぐ昼だ」
朝が終わっていた。
まあ、いいかな、今日は休日だし。
……ただ。
起き上がろうとしたものの、頭がものすごく重い。
「……んっ」
なんだか頭がズキズキする。
「無理に起きなくていい」
僕がもう一度身体を起こそうとすると、アレクシス様はそのまま僕を抱き上げた。
「洗面所に行くのだろう?」
「はい……」
……最近、僕は歩くことを忘れそうだ。
僕はシーツにくるまれ、完全に簀巻き状態で、そのまま洗面所まで運ばれる。
洗面所に着き、床に降ろしてもらう。
僕はちらりとアレクシス様を見た。
「……アレクシス様?出ててください」
ようやくアレクシス様が出ていく。
……どこまで世話を焼くつもりなんだろう。
洗面を済ませ、扉を開けた瞬間、また抱き上げられた。
「……歩けますよ」
僕は大人しく運ばれた。
そして、そのままアレクシス様の部屋の窓際のソファに運ばれた。
正しくは、そこに座ったアレクシス様膝の上に横抱きにされた。
「水を」
「ありがとうございます」
差し出されたグラスを両手で受け取り、ごくごくと飲む。
「もう少し」
「はい」
言われるままに水を飲む。
……なんだろう。
至れり尽くせりで、そのうち僕は何もできなくなるんじゃないだろうか。
「休日だから、こちらで食べよう」
テーブルには、いつの間にか昼食が並べられていた。アレクシス様が料理を一口分、取り分ける。
「口を開けて」
「……自分で食べられます」
僕は手を伸ばした。
……届かない。アレクシス様を見る。
「あーん」
料理を差し出される。
「……いただきます。……美味しいです」
「それはよかった」
また一口。
……完璧なる介護。
どうやら、ハルは軽い二日酔いのようだった。
私の出番だ!
ハルの世話をすることは、もはや私の生きがいと言ってもいいだろう。
そして、食事を終えて一息ついたところで、昨夜のことをハルに尋ねた。
「ハル。昨日のこと覚えているか? 夢の中で神と話したと言っていた事」
「……そんな事言ってました?」
ハルは昨夜のことを覚えていないようだった。
「酔っていたからな。夢の中で神と話していることや、妊娠が可能かもしれないと話していた。本当なのか?」
ハルはどう答えるべきか、悩んでいるようだった。
「アレクシス様は、本当だと言ったら信じてくれますか?」
「私は、ハルのことを信じているからな。信じる一択だ」
ハルは嬉しそうに笑った。
「ありがとうございます」
そして、確認しておかねば。
「ハル、妊娠はいいのか?」
ハルは少し恥ずかしそうに頷いた。
「僕、アレクシス様との子ども、欲しいなって……思います」
昨夜も聞いた言葉だ。
酔っていたから口にしたのかと思ったが、ハルは今も同じことを言っている。
私は大きな喜びと下心を噛み締めた。
これ以上は何も聞くまい。
しかし、神か……。
ハルを信じている。
ただ、神が存在するという話を、どう受け止めればいいのか分からない。
魂の番というものが存在する以上、神話に語られている神の存在を否定するつもりはない。
だから、神がいること自体は不思議ではない。
ただ、私にとって神というのは、もっと遠い存在だった。
いるかいないかもよく分からず、人間が簡単に話せるような相手ではない。
それなのに、ハルの話を聞く限り、なんだか、ずいぶんと気軽な存在らしい。
……神とは、そんな感じでいいのか?
それに、子どものことも。
もし本当にハルが妊娠できるようになるのなら、嬉しい。私だって、ハルとの子どもを見てみたい。
ハルとの子どもなら、きっと可愛いだろう。
物理的に、目に入れても痛くない自信がある。
……いや、それとこれとは話が違う。
ハルの身体への負担はどうなのか。妊娠できるとしても、本当に安全なのか。そもそも、男であるハルが妊娠するなど、前例がない。
嬉しい。楽しみでもある。だが、ハルの身体を危険にさらしてまで望むことではない。
私は一人で、ぐるぐると考え続けていた。
信じていないわけではない。
いや、でも。
……うーん。
その日の夜。
私はいつも通り、ハルを抱きしめて眠りについた。
「どうもー」
……?
声が聞こえたので、意識を向ける。
そこは見覚えのない場所だった。目の前には、誰かいる。
「いるかいないか分からない感じの神だよ!」
…………???
私はしばらく、その人物を見つめた。
……夢か。
「夢だよ」
やはり。
「でも、現実でもある」
…………
「君が疑うから出てきたんだよ。しっかりして!」
神がそう言った。
……しっかりしたいのはこちらとしても山々だ。
だが、これはしっかりすれば解決する問題なのだろうか。
ハルが言っていたことは、本当なのか?
「本当だよ」
…………本当にいた。神。
しかも、思っていたよりずっと軽い。
「軽くないし」
私は少し迷ってから尋ねた。
子どものことも、本当なのだろうか?
「それも本当」
……!
思わず身を固くした。
ハルは、本当に子どもを産めるようになるのか?
「今、その方法を考えてるところだから、もうちょっと待ってね」
……そうか。
嬉しい。確かに嬉しい。
だが、ハルの身体は大丈夫なのか?
「そうだよね」
神は少し考えるような仕草をした。
「僕もそれは考えたんだけど、君と一緒にいると、ハルの運とかも上がるんだよね。君がいろいろお世話して、健康にも気を遣ってるし。証拠に、ハルは今、元気いっぱいでしょ?」
そう言えば、ハルは今のところ病気にもかかっていない。多少、体力の限界を迎えることはあるが。
「ふふ。だから、意外と何とかなるんじゃないかな」
……そんな簡単でいいのか?
「まあまあ」
神は軽く笑った。
「とにかく、君たちは離れずに、ずっと一緒にいるといいよ」
……分かった。
それなら、私はハルのそばにいる。
今までも、そのつもりだった。これからも変わらない。
「ところで」
神が私を見た。
「これで信じてくれた?」
ああ。
「よかった」
神は満足そうに頷いた。
「ハルを大事にね。君の魂の番なんだから」
言われなくても、分かっている。
「安心したよ」
神は手を振った。
「それじゃあね」
あ、もう少し聞きたいことが――。
「また今度ね」
そう言って、神の姿は光にのまれて溶けていった。
おい。
声をかけたところで、視界が白く染まった。
そして、目を覚ました。
翌朝。
…………天井が見える。
自分の寝室だ。
私はしばらく、何も言わずに天井を見つめていた。
夢……だったのか?
だが、あまりにも鮮明だった。声も、会話も、神の妙に軽い態度まで、はっきりと覚えている。
「……神は、もっとこう……神々しいものだと思っていたんだが」
まさか、あんなに気軽な存在だとは。
いや、神話に出てくる神も、よく考えれば人間臭い話が多い。そういうものなのかもしれない。
それにしても。
「ハルの言っていたことは、本当だったな」
神はいる。本当にいた。
そして。
「子どもも、可能なのか」
そう考えると、自然と胸が温かくなる。
ハルとの子ども。私とハルの間に生まれる子ども。ハルに似るだろうか。私に似るだろうか。
……どちらに似ても、きっと可愛い。
だが、それ以上に。
「ハルを守らなければな」
神が大丈夫だと言っていたとしても、そこだけは慎重に考えたい。ハルを危険にさらすつもりはない。
それでも、いつか本当にハルとの子どもをこの腕に抱ける日が来るのなら――。
思わず、笑みがこぼれた。
そのとき、隣がもぞもぞと動いた。ハルが起きたらしい。
さて。今日もハルの世話をさせてもらおう。




