22.世界に光がさす
ハルと私は、正式に婚約者となる。
婚約式を行う場所は、ハルが幼い頃から暮らしていた孤児院の隣にある神殿に決めた。
もっと立派な場所で盛大に執り行うこともできたが、ハルは「そんなに派手にしたくない」と言った。
結婚式となれば、私の立場上、簡素に済ませることはできない。国王の甥であり、公爵であり、宰相でもある私の結婚ともなれば、王族に準じた格式で執り行われることになるだろう。
だからこそ、せめて婚約式くらいは、ハルの希望に沿ってやりたかった。
ハルが育った場所で、ハルの大切な人たちに見守られながら、二人のこれからを誓うことができる。それならば、私にとっても嬉しいことだった。
婚約式当日。小さな神殿には、私たちを祝うために多くの人が集まってくれた。
エドガーや院長のマリア、孤児院の子どもたちに、公爵邸からはジャクやアンナも参加してくれた。
どれもハルにとって大切な人たちだ。カシムも来てくれた。そして、なぜかルシアンまでいる。
「いやあ、親友と弟の晴れ舞台だからね! 父上と母上は置いてきたよ」
相変わらず騒がしい。
だが、ハルはそんなルシアンを見て笑っている。ハルが招待状を送ったのかもしれない。
その姿を見ているだけで、私も自然と口元が緩んだ。
そんな中、カシムがにこやかな笑顔を浮かべながら私のところへ歩いてきた。そして、挑戦的な目を向けながら口を開く。
「グラント公爵様。まだ婚約ですよね?」
「……そうだな」
「まあ、俺は気長に待っていますから」
笑顔で告げられたその言葉は、つまり「ハルを大切にしろよ」という、彼なりの祝いの言葉なのだろう。
……小姑だな。
そして、いよいよ婚約式が始まった。
神殿の静かな空気の中、私たちは神官の前に並んで立った。ハルが隣にいる。ただそれだけのことなのに、不思議なほど胸が満たされていく。
神官の言葉に続いて、私たちは婚約の誓いを口にした。
私に続いてハルの声が静かな神殿に響き、その言葉を聞いているだけで、これから共に歩んでいく未来が少しずつ現実のものになっていく気がした。
そして、婚約証書への署名を行う。私が名前を書き、その隣にハルが丁寧に自分の名前を記した。並んだ二つの名前を見つめると、胸の奥が熱くなった。
何があっても、ハルの手を離さない。そんな決意が、改めて胸に刻まれた。
「それでは、指輪の交換を」
神官の言葉に、ハルが少し緊張した様子でこちらを見た。私は用意していた箱を開く。中には、以前ハル自身が選んだ指輪が収められていた。
「手を」
「はい」
ハルが左手を差し出す。私はその指に、ゆっくりと指輪を通した。緊張と嬉しさが入り交じり、柄にもなく手が少し震えてしまう。
指輪をはめた自分の手を見つめたハルは、嬉しそうに微笑んだ。その笑顔に、また胸が熱くなる。
今度はハルが私の指に指輪をはめてくれる。少し緊張した手が私の指に触れ、やがて、ハルの手によって指輪がそっと収まった。
「おめでとう!」
「おめでとうございます!」
周囲から一斉に祝福の声が上がった。カシムも少し寂しそうではあるものの、笑顔で拍手を送っている。
日の光を受けたステンドグラスが、私たちを色鮮やかに照らしていた。
神殿には笑い声が広がり、温かな祝福に包まれる。私は自分の指にはめられた指輪を見つめた。今日から私たちは、正式な婚約者だ。
これから先、きっと大変なこともあるだろう。それでも、私の周りには大切な人たちがいる。ハルを育ててくれた人たち。そして、ハルを家族として迎えてくれた人たち。
そんな人々に見守られながら、今、私の隣にはハルがいる。私を支えてくれる人。そして、私自身を選んでくれた人。
ハルがそっと私の手を握った。
「アレクシス様。僕、幸せです」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が熱くなった。
「私もだ」
ハルが笑う。その笑顔を見つめながら、私は心に誓った。
半年後には、私の全力をもってして、必ずハルと結婚する。
そして、婚約式を終えたその夜。
僕はアレクシス様の部屋で、その人を待っていた。
結婚まではまだ半年ある。今日という日を迎えるまで、いろいろなことがあった。だからこそ、今夜はアレクシス様と、もっと深く結ばれたいと思った。
アンナさんにも相談し、できる限りの準備をしてきた。けれど、いざ一人で待っていると、急に緊張してくる。
なんて伝えればいいんだろう。僕をアレクシス様のものにしてください、とか?
……いや、恥ずかしすぎる。
そんなことを考えていると、扉が開いた。
「ハル?」
アレクシス様が部屋に入ってくる。僕を見つけると、照れたように微笑んだ。
「……あの」
心臓がどくどくと音を立てる。僕は自分の指にはめられた指輪にそっと触れた。アレクシス様は何も言わず、ただ優しい眼差しで僕の言葉を待ってくれている。
「今日は、最後まで……したいです」
一瞬、静寂が落ちた。けれど、アレクシス様はすぐに優しく微笑んだ。
「……私も、そうしたいと思っていた」
その言葉に、胸がいっぱいになる。アレクシス様が僕の手を取り、指に光る指輪をそっと撫でた。そして、優しく唇を重ねる。
「ハル、半年後には、すぐに結婚しよう」
僕は素直に頷き、アレクシス様の手を握った。
「僕は……一生、あなたの隣にいたいです」
アレクシス様が、花の咲くような笑顔を見せてくれた。
これから先の人生を共に生きていく。その約束を、僕たちは改めて交わした。
翌日、昼に近い時間になっていた。
アレクシスが目を覚ますと、隣ではハルがまだ眠っていた。
起こさないようにゆっくりと身体を起こし、薄いガウンを羽織る。それから、分厚いカーテンをそっと開いた。
窓から差し込んだ日の光が、暗い部屋の中へ広がっていく。
眩しい。
胸の奥が、これまでにないほど満たされていた。
ハルと、ひとつになれた。
それは、言葉では言い表せないほどの幸福だった。
しばらく窓辺に立って光を浴びていると、背後から小さな気配がした。
振り返ると、ハルがゆっくりと身体を起こしているところだった。
寝起きの弱いハルは、まだぼんやりとしている。やがて、ゆっくりとこちらを振り返った。
明るい光の中で、ハルがふわりと微笑む。
「……アレクシス様?」
その瞬間、胸に今まで感じたことのない感覚が広がった。
わからない。
ただ、気づけば、頬を涙が伝っていた。
私の世界に、光が満ちている。
君と出会って、私の世界は色を変えた。
そう思っていた。
けれど、今になってわかった。
世界が色を変えたのではない。
きっと、光をくれたのだ。
ずっと暗闇の中にあった私の世界に、君が光を与えてくれた。
ハル、君は私の光だ。
私にとって、かけがえのない幸福そのものだ。
これから先、君がそばにいてくれる限り、私の世界にはずっと光が満ちているのだろう。
ハルは不思議そうに首を傾げた。
その何気ない仕草さえ愛おしくて、私はただ、ハルの笑顔を見つめていた。
ハル、私は願う。
どうか、君にもたくさんの幸せが満ちていますように。
どうか、これから先も君が笑っていられますように。
君を幸せにしたい。
そして、私は、君と一緒に幸せになろう。




