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21.お兄ちゃんって呼んで



 僕、ハル・ベルは平民だ。


 今回、公爵であるアレクシス様と婚約し、結婚するにあたり、アシュフォード侯爵家の養子になることになった。

 ルシアン様が僕の養子先に立候補してくれたこともあり、話はとんとん拍子に進んだ。


 ハル・アシュフォード。

 名前負けしそうだ。


 アレクシス様は身分のことなど気にしないと言ってくれた。でも、二人で話し合い、使えるものは使おうという結論になった。


 ルシアン様のお父様は侯爵家の当主だ。

 宰相閣下に恩を売れるなら、と、この話を快く引き受けてくださったらしい。


 そして、ルシアン様はというと。

 この前助けていただいたお礼を伝えると、お返しとして、ルシアン呼びを要求され、今はルシアン様と呼ばせていただいている。


 そして、今。

 アシュフォード家への養子入りが決まった翌日のこと。


「ハル君。お、お兄ちゃんって呼んで」


 なぜかルシアン様が宰相執務室にやってきた。

 そして、僕の両手を握りしめ、期待に満ちた目で見つめてくる。


「ね? お兄ちゃんって。ほら、言ってみて?」


 僕は静かに距離を取った。


 ……手、離してくれませんかね。

 僕が「お兄ちゃん」と呼んだところで、何がどう変わるのだろう。

 そんなことを考えている間にも、ルシアン様はじりじりと距離を詰めてくる。


「ハル君……お願い。僕のこと、お、お兄ちゃんって呼んで?」


 なぜかまた、はぁはぁしている。

 これは放っておくと長くなりそうだ。一度だけなら、まあいいか。


「……お兄ちゃん?」


「うぅ……! 上目遣いか! 鼻血が出そうだよ!」


 ルシアン様は両手で顔を覆いながら天を仰ぎ、そのまま膝から崩れ落ちた。

 大丈夫なのかな、主に頭部あたり。


 その直後だった。

 すっと横からアレクシス様の手が伸びてきた。

 無言のまま、ルシアン様の顔を片手でがしっと鷲掴みにする。

 そのまま、ぎりぎりとルシアン様の顔を握りつぶしながら、ずるずると部屋の扉へ引きずっていく。


「ア、アレクシス! い、痛い! 本気はやめて! もう一度! もう一度だけ、お兄ちゃんって――呼んでぇ! ハル君! またね!」


 ルシアン様が視界から消え、声が遠ざかっていく。

 僕は静かに、その光景を見送った。


 ……お二人は、仲がいいな。



 そんなわけで、今度はルシアン様のお父様であるアシュフォード侯爵様にも、お会いすることになった。


 アレクシス様も一緒に、ご挨拶に伺う。

 アシュフォード侯爵家も貴族街にタウンハウスを構えており、僕たちの住む屋敷から案外近い場所にあった。


 やはり門から玄関まではかなり距離があり、僕たちは馬車で玄関前まで向かった。

 アレクシス様にエスコートされて馬車を降りると、アシュフォードご夫妻とルシアン様が出迎えてくださった。


 ルシアン様は、お母様似なのだろう。

 金髪碧眼の、とても美しい女性だった。

 一方、ルシアン様のお父様である侯爵様は、最初に見たとき、少し怖い人なのかなと思った。


 金髪に琥珀色の瞳。

 色合いはルシアン様と同じなのに、顔立ちはずっと男らしく、いかにも貴族といった雰囲気をまとっている。


 その後、僕たちは豪華な応接室へ案内された。

 アシュフォード家は金色を基調としているようだが、色彩がきれいにまとめられていて、全体的に上品な雰囲気だった。


 アシュフォード家の方々と、アレクシス様と僕が向かい合う形でソファに座る。

 侯爵様は、ほとんどお話しにならなかった。

 ずっと難しい顔をされている。


 ふと視線を感じて顔を上げると、侯爵様と目が合った。

 けれど、侯爵様はすっと目を逸らされた。

 ……やっぱり、庶民とは話したくないのかな。

 もしかして、嫌われた?

 そう思い、少し落ち込んだ。


 ご挨拶を終え、僕は改めて侯爵様へ頭を下げた。


「アシュフォード侯爵様。養子の件、この度はありがとうございます。お名前に恥じぬよう、精進いたします」


 そうお礼を伝えていると、侯爵様が、頬をほんのりと染めた。

 そして、そっと僕から視線を逸らせながら、


「ハル君。ぱ、パパって呼んでもいいんだよ」


 そう言いながら、こてんと首を傾げる。


 ……あ。

 嫌われてはいないみたい。


 帰り際には、お菓子をたくさん持たせてくださった。

 そのうえ、最後には直接、僕の手に飴まで握らせてくださった。

 侯爵夫人はというと、にこにこと笑いながら僕の顔を見つめ、


「飼っていたリスに似てるわぁ。可愛い」


 なんて呟いていた。

 最後には、


「ここはあなたの実家になったのだから、またいつでもいらっしゃい」


 と、優しく言ってくださった。

 ……アレクシス様同伴なら、またお邪魔させていただきます。


 ちなみに、アレクシス様はずっと僕のそばにいたはずなのに、終始、空気のようだった。

 たぶん、あの場では僕とアシュフォード家の方々の交流を邪魔しないようにしてくださっていたのだと思う。……たぶん。


 そんなわけで、これからは一応、アシュフォード家の方々とも家族ということになる。

 僕は本当に、人には恵まれているなぁと思った。


 ……しかし、親子って似るものなんだな。



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