16.新たな扉が開きそうです
翌日の昼近く。
目を覚ますと、僕はアレクシス様と向き合うようにして、すっぽりと包まれていた。背中と腰に回された腕に抱き込まれていて、身動きが取れない。
ぼんやりと目を開けて、すぐ近くにある顔を見上げ、しばらく見つめる。長い睫毛は伏せらている。
アレクシス様は、まだ眠っている。
いつもはきちんと三つ編みにしている黒髪が、今はほどかれて真っ白なシーツの上に広がっている。
いつもと違う姿に、なんだか少しだけ特別なものを見ているような気がした。
綺麗だな......
そう思いながら、指先でそっと長く真っ直ぐな黒髪に触れた。さらさらと黒髪が流れるのを眺める。
「……ん」
突然、僕を抱きしめる腕に力が入った。そのまま、ぎゅっと引き寄せられる。
以外に着痩せする、アレクシス様の逞しい胸に顔が埋まる。地味に息ができない。
何とか顔をずらし窒息を免れながら朝の挨拶をする。
「……おはようございます。起きてたんですか?」
「……今、起きた」
掠れた声でそう言ったアレクシス様は、まだ少し眠そうだった。あんまり寝られなかったのかな。
そして、僕の髪に顔を埋める。
「ハル、おはよう」
吸わないでください。
朝から耳元で囁かれると、どうしていいのか分からない。
恥ずかしくなって、僕は耳まで赤くなる。そんな僕を、アレクシス様はまた抱きしめる。
「夢のようだ。ハルが、私の腕の中にいる。昨日からずっと、これは夢ではないのか、と」
「……夢じゃないですよ」
アレクシス様は、嬉しそうに笑った。
「ハル。ありがとう。私を受け入れてくれて」
その言葉に、胸がきゅっとなる。僕だって、アレクシス様とこんなふうに触れ合えて嬉しい。僕が笑うと、アレクシス様も笑った。
ふいに、昨日のあれやこれやを思い出す。僕は、アレクシス様の胸に顔を埋めた。
顔がみれない。
……アレクシス様が昨夜言った、いろいろある「やり方」の具体的な内容を、先にに確認しておくべきだった。
いや、確認しなくてよかったのかもしれない。
知っていたら、たぶん昨日の夜、恥ずかしくなって僕は逃げ出していた。
思い出すだけで、顔が熱くなる。すごかった。予想の100倍すごかった。今日が休日でよかった。心の底からそう思う。
……でも、気持ちよかったな。
そう思った瞬間、さらに顔が熱くなる。アレクシス様が、不思議そうに僕を見る。
「ハル?」
絶対に、言えるわけがない。
昨日、僕は新しい扉を開いたのかもしれない。
……いや、開いたというより、扉の前まで行っただけだ。まだ、その先には進んでいない。
それなのに、
この先があるとか信じられない。
僕は、やばいかもしれない。ものすごく、やばいかもしれない。
本当に気持ちよかった。自分がこんなに快楽に弱いとは思わなかった。ものすごく恥ずかしい。
でも、アレクシス様の腕の中は、温かくてやっぱり安心する。
だから今日は、もう少しだけ。
二人でこうしていたい。
アレクシスは悩ましかった。
やはり、ハルはすごかった。
昨夜のことを思い返しながら、私は静かに息を吐いた。
まさか、あれほど我慢が必要だとは思わなかった。ハルはまだ気づいていないが、赤いあとがハルの身体の至る所に散っている。
私は自制ができなかった。ハルの肌は滑らかで甘い。胸の先端もピンク色だ。信じられない。
ハルに触れている。それだけでありえないほどの幸福を感じる。それなのに、ハルに触れていると、もっと触れたくなる。
薄く、細い体を抱きしめれば、今度は離したくなくなる。もっと、もっとと求めてしまい、際限がない。
……これは、危険だ。
沼だ。
危うく、細い腰を掴んで、そのまま最後まで致してしまうところだった。
私は待つと言った手前、死ぬ気で耐えるしかなかった。
それに、ハルは初心者で、私との体格差も大きい。だから、急いではいけない。ハルが怖がらないように、傷つかないように、気持ちいいことだけ与えてやりたい。
そして、いつか、ハルが自分から私を望んでくれるようになって欲しい。
ゆっくりと慣れていってもらおう。
……とはいえ。
恥ずかしがるハル、とろとろのハル、潤んだ瞳でお願いするハル、どんなハルも可愛すぎた。
夜が明けるまで、眠るハルを腕に抱きながら喜びを噛み締めていた。
何度も夢ではないことを確認しながら。
しかし、ハルは細すぎる。抱きしめると骨が折れてしまうのではないかと心配になった。そこも、たまらなかったが。
ハルの全てを自分のものにして、私なしでは生きられないようにしたい。
焦らず、少しずつだ。
昨夜、ハルは初めてだと言った。それを聞いて私は狂喜した。私が、ハルに触れるはじめての男。すべてを私が教えることができる。誰にも指一本ハルを触らせたくない。
そんなことを考えていると、腕の中のハルがもぞもぞと動いた。
「……アレクシス様」
「どうした?」
「今日は……このまま、もう少し一緒にいてもいいですか?」
一瞬、言葉を失った。
ハルは私の理性を試すつもりだろうか。
しかし、断るという選択肢は私にはない。
「もちろんだ」
私は、ハルを抱きしめ直す。ハルが私の腕の中で、小さく笑った。
それだけで、胸が満たされる。
……本当に、どうしようもないくらい好きだ。
もともと私たちはひとつだったはずだ。
それなら、このまま溶け合ってひとつになってしまいたい。
神話にある、割られる前の魂のように。
しかし、もう一つ、忘れてはいけないことがある。
ルシアン。
ハルに余計なことを吹き込んだ男。思い出すだけで、少し腹が立つ。私は静かに目を閉じた。接近禁止はどうした。
そうだ、ルシアンにはやっかいな急ぎの案件をいくつか回してやろう。ちょうど、本人も暇そうにしていたことだ。
ハルに余計なことを吹き込んだ分くらいは、働いてもらっても問題ないはずた。
私は、腕の中のハルを見下ろした。
ハルは、何も知らずに安心したように目を閉じている。
……可愛い。私は重ねて幸せを噛み締める。
今日は休日だ。
今は、やっと触れることができた大切な人を、もう少しだけ抱きしめていよう。
ああ、噛みつきたいほど可愛い。




