15.みんなどうやってるの?
ハルとエドガーがこっそりアレクシスの話をしてから、数日後のこと。
ハルは悩んでいた。
僕の存在が、アレクシス様にとって良い影響を与えられているのなら、嬉しい。
アレクシス様が笑っている顔が、僕は好きだ。
だから、この先もずっと笑っていてほしい。僕もその隣で一緒に笑いたい。それに僕は、アレクシス様に大事にされていると思う。体調が悪ければすぐに気づいてくれるし、仕事だって無理をさせないようにしてくれる。
だから、思う。
僕もアレクシス様に何かしてあげたい。
そう思うのに、何をすればいいのか分からない。なんだか、もどかしい。
「ありがとう」とか、「大好き」とか、口に出して伝えるだけでは足りないような気もする。
みんなは、どうしているんだろう。
そこで、ふと思い出した。
アレクシス様の願い。
僕には、ひとつだけ、僕が叶えてあげられる願いに心当たりがある。
『ハルに触れたい』
アレクシス様は、そう言っていた。僕は、自分の気持ちだけではなく、アレクシス様の気持ちにも向き合わなければいけない。
でも、僕はアレクシス様が好きなのに、どうして一歩踏み出せないんだろう。
思い返すと、僕にはそういった経験がまったくない。誰だって、未知のものは怖い。もしかしたら、これが踏み出せない原因なのかもしれない。
ならば、まずは知るところからだ。
こうして僕は、密かに調査を始めることにした。
僕はそういったあれこれのやり方を、なんとなく知っている、という程度の知識しか持っていない。だから、具体的な方法が分からない。
男の人同士って、どうすればいいんだろう。
誰か相談できる人はいるかな。公爵邸のジャックさんやアンナさんたちには聞きにくい。
自慢じゃないが、学園では庶民は少なく、周りは貴族ばかりで僕は相手にされず、友達も少ない。
孤児院で構ってもらっていた兄ちゃんは忙しいから無理。
僕は職場での知り合いも少ない。そんな僕の頭に浮かんだのは、二人だった。
アーデル補佐官かアシュフォード閣下。
うーん。難しい選択だ。
……まずは、安全第一。
アーデル補佐官に相談してみよう。
そう決めて、アレクシス様がいないときを見計らい、僕はアーデル補佐官に声をかけた。
「あの、アーデル補佐官……」
「はい。どうしました?」
「その……今、悩んでいることがあって。相談できる人がいなくて。それで、突然なんですけど……男の人同士って、どうすればいいんですか?」
アーデル補佐官が、ぴたりと動きを止めた。
数秒の沈黙。
それから、悟りを開いたような顔で僕を見る。
「ハル君。……アレクシス様に、まず相談したほうがいいと思いますよ。方法については……ご存知かと思います。おそらく」
ということは、アレクシス様は経験豊富なのかな。そう思って尋ねようとしたけれど、アーデル補佐官は先回りするように口を開いた。
「私からは、何も申し上げられません」
ガードが硬い。
仕方がない。
次だ。
次に僕が相談相手として選んだのは、アシュフォード閣下だった。僕はまた、アレクシス様の不在を狙って行動に出た。
そして、なぜか廊下をうろうろしていたアシュフォード閣下を発見した。面会の申し入れをしに行こうと思っていたのだが、手間が省けた。
……しかし、この人、何してたのかな?
「こんにちは、アシュフォード閣下。少しお時間よろしいですか?」
「こんにちは。どうしたの、ハル君」
アシュフォード閣下が満面の笑みですすすっと近寄ってくる。今回は内容が内容なので、接近禁止命令のことはいったん横に置いた。
それでも念のため、少し距離を取る。
まずは、アーデル補佐官と話をして、気になったことを聞いてみた。
「あの……アレクシス様って、昔からモテたんですか?」
「アレクシス?」
ルシアンは一瞬きょとんとしたあと、すぐに笑った。
「ああ。男女関係なくモテモテだったよ! ふふ。ハル君、今日も可愛いね。今から僕の部屋でお茶でもどう? いいの入ってるよ」
アシュフォード閣下が楽しそうに笑う。
……なんか、あやしさに磨きをかけてきたな。
これ以上は相談しないほうがいいような気がする。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございました。それでは……」
僕は早々に退避することにした。
しかし、モテモテか。
何だか、急にもやもやして不安になってきた。しかし、ここで諦めてはいけない。
僕は、誰かに聞くのを諦め、本の返却ついでに、城の図書室で調べてみた。さすがに城の図書室に、その手の詳しい書物は置いてなかった。
僕は少し途方に暮れた。
その頃。
アレクシスは、ここ数日、ハルの様子がおかしいことに気づいていた。
一緒にいても、たびたび何かを考えているような顔をする。そして、アレクシスが声をかけると、どこか慌てたような反応をする。
何かある。
そう思った。
だが、ハルは何も話してくれない。
ハルが書類を届けに行っている隙に、エドガーに尋ねても、
「私からは、何も申し上げられません」
そう言われるだけだった。
ハルはエドガーには相談したのか。そんなことも気になって、仕事にも集中できない。だが、それ以上聞くこともできなかった。
胸の奥に、嫌な予感が広がっていく。
ハルは、何を悩んでいる? 私には言えないことなのか。
どうして、私に相談してくれない。
いや、相談できないのでは?
もし、ハルが私から離れようとしているのだとしたら。
ハルが私から離れる?
そんなことを考えるだけで、胸の奥が冷たくなる。
もし、ハルが私から離れようとするなら、逃げられないように、閉じ込めてしまおう。嫌がっても、私のものにしてしまえばいい。
そんな考えが、頭をよぎった。
ハルを失うことを考えるだけで、気がおかしくなりそうだった。
その夜。
ハルの部屋を訪れたアレクシスは、窓際のソファに腰を下ろした。今日は温かいハーブティーを準備した。
隣に座ったハルを、じっと見つめる。
ハルはゆっくりカップに口を付けている。しかし、何も話してはくれない。アレクシスは自分から切り出した。
「ハル。何に悩んでいる? 私は、相談するに値しない男だろうか」
ハルが、目を泳がせる。
しばらく黙っていたが、ハルはやがて観念したように小さく息を吐いた。
「笑わないでくださいね。……あの。僕、そういうことをしたことがないんです」
「……そういうこと?」
「……恋人同士の、そういうことです。だから、どうしたらいいのか分からなくて」
アレクシスは、きょとんとしたまま、しばらく黙り込んだ。
「……そうか。それで、悩んでいたのか」
アレクシスは心から安堵した。ハルは悲しそうに俯いた。
「アレクシス様、モテモテだと聞いて……余計に不安になってしまって」
その瞬間、アレクシスの表情が変わった。
「誰と話した?」
「……アシュフォード閣下です」
アレクシスは、ゆっくりと息を吐いた。それから、ハルを見る。
「……ハル」
その表情は、今度はどこか嬉しそうにも見えた。
「ハルが、私たち二人のことを考えてくれるのは嬉しい。だが、一人で悩まないでほしい」
アレクシスは、静かに続けた。ハルの手を取る。
「これは、二人のことだ。ハルが分からないことは、私に聞いてくれ。一緒に少しずつやっていこう」
アレクシスの手は温かかった。ハルは少しだけ安心したように頷いた。
しかし、次の言葉で固まった。
「今日から。」
アレクシスは、真剣な顔で続けた。
「悩んでくれたということは、少しは私に触れられてもよいと思ってくれているんだろう? しかし、ハルに無理はさせられない。だが、明日から休日だ。次の日は、ゆっくりできる」
アレクシスは繋いだハルの手を持ち上げ、そっと自分の口元に持っていく。
ハルは、アレクシスの勢いに押され、焦った。
「確か、準備が必要だと、思ったんですが……」
「必要だ。だが、やり方はいろいろある。今日は最後まではしない」
アレクシスは、ハルを見つめる。その瞳の青が、深みを増していく。
「できれば……今夜は、このまま一緒に寝たい。ハルに触れたい。もう、いろいろと限界なんだ」
そう言って、アレクシスは少し赤くなった顔を片手で隠した。
……何だか、可愛い。
僕は、この人を幸せにしたいんだった。
ハルは、そんなアレクシスの顔を見つめて、観念することにした。
そして、
薄暗く照明を落とした部屋。
アレクシスのベッドの上で、二人は向き合っていた。
ハルは緊張で心臓が大きく脈打ち、すっかり固まっている。そんなハルを見て、アレクシスは少しだけ笑った。
そして、両腕をハルの背中に回し、ゆっくりと優しく抱き寄せる。薄い夜着越しに二人の体温が触れ、胸が重なる。
あ。アレクシス様の鼓動もすごく速い。
「……一緒だ」
アレクシス様が僕の耳元で囁く。
ああ、アレクシス様も僕と同じなんだ。
触れないと分からないこともあるんだ。
そうか。だから、みんな抱き合うのかな。
言葉だけでは伝えきれない気持ちを、こうやって伝えているのかもしれない。
アレクシス様の腕の中は、あたたかい。
そして、こうしているだけで、アレクシス様は僕のことが大好きなんだって分かる。
嬉しい。
――と、そのときは思っていた。
しかし、翌朝。
僕は、特大の恥ずかしさと共に、少し後悔することになる。
いろいろある「やり方」の具体的な内容を、事前に確認しておくべきだった。
まだ、この先があるなんて。
信じられない。




