10.人の話は最後まで聞きましょう
僕は目を開けた。
至近距離に、お馴染みの神様の顔。
「やあ、ハル」
ちょっと慣れてきたな。
ほんとに。恨み言のひとつもいってやりたい。
しかし、神様はいつものように、にこにこと笑っている。
「元気そうで何よりだよ。それより、宰相閣下と、仲良くやってるみたいだね」
僕は少し考えた。まあ……仲良くしていると思う。
神様は満足そうに頷き、笑っている。
「君たちは、今までに何度も生まれ変わってる。何度か出会って、何度かすれ違って。だけど、こうやって一緒にいるのは、今世が初めてなんだ」
神様は少し悲しそうに話す。昔何かあったんだろうか。
「だから、彼は今、やっと満たされてる。君もそうでしょ。彼のそばにいることが、いつかの君の願いだったんだから」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥が、少しだけ痛んだ気がした。
神様の話を聞いていると、僕が思っていた以上に、アレクシス様と一緒にいられることは、奇跡なのかもしれない。
「あ、あとね。あの変態……違った、ルシアンも、魂が比較的大きいから、欠片の魂である君が、魅力的に見えるんだよ」
さらっと重大なことを言われた。
「半分くらいの大きさの魂を持つ人には、君はまったく魅力的に見えないんだ。番の魂とは似ても似つかない形だからね。でも、大きくて強い魂を持つ人には、君は好かれやすい」
神様が、にっこりと笑う。
「そういう人は、権力を持っていることも多いからね。偉い人にモテるってことだね!」
嫌な想像しかできない。
過去の人生でも何かとんでもないことに巻き込まれていたのではないだろうか。
「今世は大丈夫。君たちは選択できるんだから」
そして神様は、少しだけ優しい顔をしたあと、笑った。
「何がハルの幸せかな?自分でよく考えて選んでみるといい」
その瞬間、視界が白く滲んだ。
「じゃあ、ハル。またね!」
その声を最後に、神様は光にのまれていった。
ハルは目が覚めた。
神様に言われた言葉。僕はどうしたいんだろう。でも、わかったことがある。
ぼんやりと瞬きをして、ゆっくりと視線を巡らせる。身体がだるい。
豪華だけれど、どこか嫌味のない部屋。
ここは面接で気絶したときに、連れてこられた部屋だな。身体を起こそうとして、ふと横を見る。
いらっしゃいました。
「……アレクシス様」
ベッドのすぐそばに椅子を置き、足を組んで座り、じっとこちらを見ている。
いつからいたのだろう。
「ご心配をおかけして、すみません。ありがとうございました」
返事はない。ついでに、反応もない。相変わらず無表情だけど、瞳孔はまだ開いており、かなり怒っている様子だ。
「ちなみに、何もされてませんよ?」
ハルは少しだけ首を傾げたが、やっぱり無言。ハルは少し困りながら、もうひとつ思い出した。
昨日、ハルの家のポストに入っていた手紙。毎日の馬車の横付けに対する苦情だった。
うん。苦情も来たし、今回がいい機会かもしれない。
「アレクシス様。朝からお伝えしようと思ってたんですが、今後、僕は馬車での送迎はいりません。」
アレクシスの表情が、完全に凍りつく。
しばらく沈黙が流れた。
ハルが続きをどう伝えようか迷っていると、アレクシスが沈黙を破った。
「……私は。ハルに嫌われたのか?何がいけなかったか教えてくれ。なおすから。だから、嫌わないで欲しい。」
アレクシスの声が、震える。
すると突然、アレクシスの瞳からぽろぽろと涙が流れた。
「私、……私はハルが……好きなんだ。どうしていいのかわからないくらい、好きだ。ハルのそばにいたい。少しでいいから……私にハルの心をくれないか?」
ハルは、アレクシスの思いを受け取った。
アレクシスはハルを見つめたまま、涙をこぼし続けている。
今日僕は、アシュフォード閣下に触られた時、すごく嫌だった。でも、アレクシス様の腕の中は嫌じゃない。むしろ、安心した。
それで確信できた。
なんだかんだで僕もアレクシス様が好きなんだ。
ハルは苦笑した。
「アレクシス様。人の話は最後まで聞いてください」
ハルは少しだけ息を吸った。
「今後、送迎はいらないので、僕をアレクシス様のお家に、住まわせてください」
アレクシスの目が、大きく見開かれた。
ハルは、自分でも不思議なくらい落ち着いていた。
あのとき、神様に言われて、魂の番について考えた。
自分が思っていた以上に、今、自分が生きているこの時を、アレクシスと一緒にいられることは、奇跡なのだ。
ならば、近くにいてもいいのではないか。
僕はアレクシス様のそばにいたい。
飛び込んでみて、もし無理だったら、そのとき考えればいい。度胸が大事だ。
ハルの言葉を理解して、アレクシスが立ち上がった。
次の瞬間には、ハルはアレクシスの腕の中にいた。息が苦しくなる程に抱きしめられる。その腕が震えていた。そして、アレクシスの涙が服に染み込んでくる。ハルはアレクシスの背中へ手を回し、広い背を撫でてやる。
すると、抱きしめる腕がさらに強くなった。
しばらくして、唐突に。
「ハル、結婚式はいつにしよう?」
アレクシスの言葉に、ハルはぱちぱちと瞬きをする。
少し考えてから、きっぱりと言った。
「とりあえず、お部屋をお借りするだけですね」
アレクシスがハルを抱きしめたまま、固まった。
「……一緒に住む。だ」
言い換えてきた。
しかし、こんなアレクシス様をちょっと可愛いと思っているあたり、僕も大概だ。
「アレクシス様。好きです。あなたに僕の心を全部あげます。僕もあなたのそばにいたい。これから末永くよろしくお願いします。」
アレクシスが、僕の両肩を持って、がばっと身体を離した。
「結婚式とか、先のことは、ゆっくり二人で考えていきましょう」
そう伝えると、アレクシス様は僕を見つめた。
そして、顔をくしゃくしゃにして、嬉しそうに、しあわせそうに笑った。
ルシアンへの処罰は、ハルの嘆願もあって、ハルへの接近禁止命令のみとなった。アレクシスは最後まで渋っていた。
「……もっと重い処罰にしないか?」
ハルは少し考えてから答えた。
「でも、アシュフォード閣下って、外交に関しては一流なんですよね? だったら、働いてもらった方が、国のためにもいいと思います」
アレクシスは苦虫を噛み潰したような顔をした。納得しているような、納得していないような。けれど最終的には、ハルの願いを受け入れてくれた。
アレクシスは考えた。
あの、厄介な幼馴染。ルシアン。
ハルに薬を盛った事件に関しては一生許さん。
しかし、だ。
ハルが公爵邸に住むことになったこと、そして、ハルと思いを通わせるに至ったこと。これは結果的に、ルシアンのおかげでもある。
アレクシスは少しだけ、ルシアンに感謝してもいいのかもしれない、と思った。
ほんの少しだが。
そして、現在、宰相執務室。
ハルの目の前には、ルシアンがいる。
接近禁止命令があるため、正確には10m離れている。アレクシスが決めたギリギリ接近許容可能な距離だ。
今日は、ルシアンから面会を申し込まれた。
「ハル君。悪かったね。もうしません」
「そうしてください」
ハルがそう言うと、ルシアンはにこにこと笑った。
あれから、アシュフォード閣下は、アレクシス様から何かと面倒な仕事を回されているらしい。
アレクシス様、まだ怒ってるのかな?と思いながら、ハルは首を傾げた。
それを見たルシアンが頬を染めて笑う。
「ハル君、やっぱり可愛いなぁ」
ハルは無言で、ゆっくりと視線を逸らした。
この人、やっぱり、やばいやつだ。
その後、ルシアンは、その場に同席していたアレクシスに首根っこを掴まれ、部屋の外へ引きずられて行った。
遠くから、「また来るね~」という声が聞こえた。
やっぱり反省してないな。
そして、ついに明日は引っ越しだ。
ハルは自分の部屋を見回した。
いつもと変わらない、狭い部屋。
あの日。
アレクシスに「すぐに引っ越してこい」と言われたけれど、ハルは断った。荷物もまとめなければならないし、大家さんにも話をしなければならない。
何より、ハル自身の心の準備が必要だった。
アレクシスのそばで暮らすのはなんだか妙にくすぐったい。楽しみなような、少しだけ緊張するような。
ハルは荷物をまとめながら、小さく笑った。
その頃、公爵邸では。
アレクシスが明日の予定を執事に確認していた。
「万全の姿勢で臨む。部屋の準備は?」
「すべて整っております」
アレクシスは静かに頷いた。
ようやく。ようやくハルが、自分の屋敷に住む。
明日からは、ハルの帰る場所がここになる。
その事実に、アレクシスの口元がわずかに緩んだ。
ハルは、この先のことは2人で考えようと言ってくれた。アレクシスはその言葉が嬉しかった。
ハルの未来にアレクシスが存在しているのだ。
ハルと家族になっていくための第一歩。
失敗は許されない。
私は今夜、興奮して眠れそうにない。




