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「旦那様は正義感が強くおおらかな方ですの。そのようにかたくならなくても、大丈夫ですわよ」
「そのとおり! 何の証拠もなくお嬢様のご友人を誘拐犯などと責めることなど、絶対にありません、ご安心ください」
ルドヴィカの抗議も彼女らには通用しない。仮にルドヴィカの意思が正しく伝わったとしても、侍女の一人が主にルドヴィカの意向を進言したところで、彼が侍女ひいてはルドヴィカの要望に耳を傾ける理由もないのだろうが。
彼女らが言うにはルイス伯爵はいかにも気さくで陽気で、どんな下級の使用人にも優しく労をねぎらってくれるような、素晴らしい人柄の持ち主らしい。
しかし、彼女らにとってルイス伯爵がどれだけ立派な人格者でもその事実はルドヴィカには全く関係ない。
彼女にとっては人格者だとしても、赤の他人、それも重罪犯の疑いをかけられているルドヴィカに優しくする義理などは存在しない筈だ。それどころか、彼が公爵派だというのなら如何に娘が無実だなんだの訴えたところで無意味だろう。その公爵家の指示でルドヴィカは半ば強制的に誘拐犯としてルイス邸に来る羽目になっている。
なんなら、かの人物の顔すらルドヴィカは知らないのだ。当然あちらもそうだろう。彼女らだけの視点から安心しろと力説されても、それは無理な相談であった。
とはいえ顔を知らぬとはいえ、ルイス伯について何にも知らない、ということもない。
父の時計を求めやってくる客や、メリルの店の常連客などから様々な高貴な方々に関する噂話が、流れ流れルドヴィカの元まで流れてくることがある。そのような僅かな知識によると、ルイス伯爵がヴェルン領に居を構えている理由はどうやら、一人娘であるジェーンがファレスプラハに通う為というわけではないようだった。
ルイス伯爵家は元々は典型的な没落貴族で(典型的な没落貴族がどういったものかはルドヴィカにはわからないが、父親の顧客の一人が随分と口さがない人物だったようで忌々しそうにそんな言葉を吐いていた。どうやら、遠路はるばるやってきたどこぞのやんごとなき方の遣いらしい)自分の領地もなく、現当主以前は爪に火を灯すようなつましい生活を余儀なくされていたという。
状況は、現当主ベネティクス・ルイスが魔術の才覚を遺憾無く発揮し、かつてヴェルン領の一部で起きた危機を彼の魔術で救い、公爵から厚い信頼と今の好待遇を得て豪華な屋敷に住まうに至ったとかなんとか。
実に夢のある話である。
勿論爵位などない一市民のルドヴィカに、彼のような立身出世は夢のまた夢の向こう側なのだけれど、自身の才覚のみで家を持ち直したというルイス伯爵の身の上話は単純に、ルドヴィカの野望に力添えをしてくれたのだ。
だからといって個人の感情としてルイス家に好感を抱くかどうかだなんてのは、全く別の話だ。勿論、ルイス伯からしてもそれは同じことだろう。
「本当に無理ですって、わたしそのへんの庶民なんですよ。教養もなければ、言葉も身なりもみすぼらしくてお目にかかるわけにゃ」
「もう。何度もお伝えしたじゃありませんか。そのような、些末な箇所に目を留めて不快さを持て余すような、そんなちっぽけな主人に我々は仕えてないのです。なんなら、謙虚に見せた旦那様への侮辱とも受け取れてしまいますよ」
こころなしか先程よりも語気が強く感じられる言葉と、そう言った侍女の表情に闇雲に主人を慕う以上の潔癖さのこもる熱意を感じてしまい、ルドヴィカもそれ以上ご遠慮被る為の言い訳が出せず、黙り込んだ。
しかして自分が必死に主張した内容は全て本音である。公爵夫人と顔を合わせた時もそうだったが、貴族社会に当然のように存在する言葉遣いやご機嫌窺いの文句も知らない。公爵家に嫁ぐ覚悟をしていた頃ならいざ知らず、最早そんな気は一切ないのに何故偉い方々の方からやってくるのだ。
「ジェーンお嬢様のご友人なのですから、もっとのんびりと構えていらっしゃれば良いのですよ。さ、ドレス選びましょう。今夜の寝衣は既にお部屋に用意いたしておりますので、存分に時間をかけてお選びになって!」
渋々だがおとなしくなったルドヴィカが、伯爵との会食に前向きになったと勘違いしたのか、彼女らの表情に明るさが戻った。
連れて来られて数々のドレスをびらっと広げられた時点で、ルドヴィカ自身も心の内では、自分には拒否権がないのはわかっていた。ただ、悪あがきしてみたかっただけだ。
しかし、ただ諦めて偉い方々の好き勝手に動かされるのも面白くない。貴族の嫌なところだ。権力だの財力だので、下々の意向も意思も、なんなら命だって好きに動かせると思っている。
彼らもきっとカレルを救いたいのだろう。目的は同じ筈だが、同じ目的を持つルドヴィカを全ての元凶だと勘違いした時点で相容れるのは不可能だ。
そしてルドヴィカは、別に彼らの為にカレルを救いたいなどとは露ほども思っていない。カレルの為であり、自分の為だ。
(一泡ふかせてやれないか?)
性根の悪い考えが脳裏によぎる。
何も彼らの邪魔をするんじゃない。カレルを救うという共通の目的を持っているのだから、彼ら公爵家や公爵家に従う権力に歯向かう理由も力もない。だが、あくまでそれはルドヴィカ側の理由だ。彼らがルドヴィカに敵意があると認めた時点で自分の未来は敢えなく塵と消える。
ルドヴィカにしか出来ない、彼らを出し抜く方法なんてひとつしかない。自分の力で、颯爽とカレルの呪いを解いた上で犯人は自分ではないと、間違ってもルドヴィカの自作自演、狂言などではないと数多の人間に見せ付けて勝ち誇るのだ。それしか、自分が見返す方法などない。




