第六話 傘の女
入れない人がいる。
払うものを持たない人は、ここに入れない。
いちばん何もしていない人が、いちばん外にいる。
十月に入って、雨の降りかたが変わった。
夏の雨は上から落ちてくる。秋の雨は横から来る。気温が下がって、川から上がる白いものが濃くなって、街灯の輪が地面まで届かなくなった。
十月三日、その夜も店にいた。
添島さんは乗務明けで来ていた。
Tシャツの人は、季節が変わってもTシャツのままだった。寒くないのかと聞いたら、寒いという感覚を最近あまり使っていない、と答えた。
答えたあとで、自分の言ったことに気づいた顔をして、笑った。音はなかった。
「先輩、明け番でしょ。寝ないんですか」
「寝る前に寄ってるんだ」
「それ、寝ないってことですよ」
「うるさい」
添島さんは隔日勤務で、朝四時半に上がって、日報を書いて、家に帰る。帰る前にここへ寄れるのは、雨と霧が揃った夜の、上がる前の休憩のときだけだ。
「深夜の休憩を、ここで取ってるんですか」
「そうだ。決まりでな、途中で必ず取らにゃならん」
「無線が入ったら」
「切ってある。休憩中は切っていい」
「じゃあ、この四か月」わたしは言った。「雨の夜はずっと、休憩をここで」
「そうだよ」
「弁当は」
「食ってない」
添島さんは、そう言って、空のカップを回した。
十年間、この人は休憩時間に何も食べていない。何も飲んでいない。空のカップの前に座って、時計が逆にまわるのを見て、それから車に戻って、朝まで走っている。
わたしは、背後の窓を見た。
見る癖がついていた。窓の向こうは白くて、その中を人の背丈のものが横切る。右から左へ、歩く速さで。しばらくして、左から右へ。数えたことはない。数えないほうがいいと、体が判断していた。
その夜は、横切らなかった。
止まっていた。
窓の中央から少し右寄りの位置に、輪郭が一つ立っている。動かない。人の背丈で、肩の幅があって、その上に丸いものが乗っている。
丸いものが、赤かった。
霧は白い。この店にある色は、珈琲の黒と、霧の白と、そこに火の色が乗るだけだ。四か月通って、それ以外の色を窓の外に見たことがなかった。
赤い、傘だった。
わたしは、その色を確かめるのに時間をかけた。
暗い赤ではない。朱に近い。子どもの長靴に使われる、明るい赤だ。霧の白の中でその色が沈まないのは、霧が薄いからではなく、その傘だけが霧の向こう側にないからだと感じた。感じただけで、根拠はない。
傘の下に、人が立っている。輪郭だけで、顔は見えない。
水の底から見上げた人影に似ていた。形はある。輪郭の縁が、いつまでも定まらない。
こちらを、見ていた。
見ている、と分かる理由はなかった。顔がないのだから、視線もないはずだった。それでも、向きが分かる。人間は、自分に向けられた注意を、目より先に皮膚で受け取る。
「添島さん」
「うん」
「窓の外に、人がいます」
「いつもいるよ」
「立ってます。動かないで、こっちを見てます」
添島さんが、体をひねって窓を見た。
三秒くらい見て、正面に戻った。
「白いな」
「え」
「霧だ。何もない」
「いますよ。赤い傘の」
「見えん」
わたしはTシャツの人を見た。
その人は、窓のほうを見ていなかった。カップを両手で包んで、中身を覗きこんでいる。
「あの」
「見ませんよ、俺は」
顔を上げずに、その人は言った。
「見ないんですか。見えないんじゃなくて」
「見ないんです」
声の高さが、いつもと違っていた。跳ねる語尾が、平らになっていた。
「葉山さんも、見ないほうがいいですよ」
「見ないほうがいいって、どういう意味ですか」
その人は、カップの底を覗いたままだった。
「見ると、こっちに来るんですよ」
「来る」
「見た人のところに来る。見ない人のところには来ない。それだけです」
「見た人はどうなるんですか」
「知らないです」
「知らないのに、見ないんですか」
「知らないから見ないんですよ」
その言い方は、正しかった。
正しくて、わたしには使えなかった。記者は、知らないものを見る仕事だ。見ないという選択肢を四年で何百回も使ってきたくせに、それを作法だと言って自分を許してきた。
「葉山さん」
「はい」
「今日、なんか違いますね」
「そうですか」
「なんか、目が」
その人は、そこで言葉を探した。探して、見つからなかったらしい。
「うまく言えないな。取材のときの目、みたいな」
わたしは窓に向き直った。
赤い傘は、そこにあった。
「あれは、何ですか」
わたしは、店主に聞いた。
店主は布巾を畳んでいた。畳み終えるまで答えなかった。
「入れない方です」
「入れない」
「条件を満たしていません」
「雨も霧も、夜も揃ってます。あの人は、外にいるのに」
「揃っているのは、店が出るための条件です。入るための条件は、別です」
わたしは戸口の貼り紙を見た。五行には、入店の条件は書いていない。
「五つ目です」店主が言った。「代金は金では払えない。店主が請求するものを差し出すこと」
「はい」
「請求できるものがない方は、入れません」
その一文の意味を、わたしは三秒で理解して、理解したことに耐えられなくなった。
「持ってない人が、入れないんですか」
「はい」
「逆じゃないんですか」
「逆とは」
「持ってない人こそ、入れてあげるべきでしょう」
「私もそう思います」
店主は、そう言った。
言ったあとで、器を洗いはじめた。
「思ってるのに、入れないんですか」
「私が決めたものではありません」
また、それだった。この人はいつもそこに戻る。戻る場所があるということは、そこから先に行けないということだ。
「時々いるんだよ」
添島さんが言った。
「ああいうのが、時々いる。支払うものを持たん人だ。痛みの借金がないと、あの店は入れてくれない」
「痛みの借金」
「後悔とか、未練とか、嘘とか。俺らが抱えてるやつだ。あれがないと、代金にならん」
「じゃあ、何も悪いことをしてない人は」
「入れん」
添島さんは、空のカップの縁を指でなぞった。
「持ってる人間ってのはな」添島さんが続けた。「誰かを傷つけた人間だ。裏切ったか、見捨てたか、間に合わなかったか。そういうのが痛みになる。痛みは代金になる」
「傷つけられた側は」
「代金にならん」
「なぜですか」
「持ってないからだ。悪いことをしてないから、悔いがない。悔いがないと、差し出すものがない」
わたしは、その理屈を頭の中で組み立て直した。
組み立て直しても、同じ形になった。
この店は、加害の記憶で回っている。誰かを損なった人間だけが、ここに入って、その記憶で温かいものを買う。何もしていない人間は、外で立っている。
「それ、地獄じゃないですか」
「地獄じゃないよ」
添島さんが言った。
「地獄なら、悪いやつが外に立ってる」
わたしは、そこで黙った。
「俺が知ってる範囲で、二人いた。一人は、七年前の冬だ。ずっと窓の外に立ってた。小さかったよ。子どもだった」
「子ども」
「膝くらいの背丈だ。傘は持ってなかった。半年くらい見てて、ある夜からいなくなった」
「どこへ」
「知らん」
わたしは膝の上で指を組んだ。組んで、力を入れた。
「おかしいでしょう」
「おかしいな」
「子どもが、なんで外にいるんですか。あの子は、何を後悔するんですか。何を嘘つくんですか。何も持ってないから入れないって、そんな」
「あんたの言うとおりだ」
「じゃあ、なんで」
「俺に言うな」
添島さんの声が、少しだけ強くなった。強くしたことを、この人はすぐに悔いた顔をした。
「すまん。……俺も七年前に、同じことを言った。マスターに」
「なんて言われました」
「同じだよ。私が決めたものではありません、だ」
「もう一人は」
「もう一人は、去年だ。婆さんだった。杖をついてた」
「その人も、いなくなったんですか」
「いなくなった。三か月くらいで」
「三か月」
「子どもは半年、婆さんは三か月。長さは、たぶん、その人が持ってた何かで決まる」
「持ってないから入れないんでしょう」
「持ってないから入れん。けど、外に立ってられる時間はある。ゼロじゃない」
添島さんは、カップから指を離した。
「俺はな、あれが何を待ってるのか、ずっと考えてた」
「答えは出ましたか」
「一つだけ思いついた」
「なんですか」
「誰かが、外に出てきてくれるのを待ってる」
わたしは窓を見た。
赤い傘は動かない。八本の骨の、その下の輪郭が、こちらを向いている。
「出ていったこと、ありますか」
「ない」
「なぜ」
「怖いからだ」
添島さんは、はっきりそう言った。この人が自分の弱さを言葉にするのを、わたしは初めて聞いた。
「あれが女房だったら、どうする」
「……」
「違ったら、どうする。違ったときのほうが、俺には怖い」
店主は、洗い終わった器を伏せた。
わたしは窓に向き直った。
赤い傘は、まだそこにあった。
さっきより、近い気がした。
その夜、部屋に戻ってから、わたしは眠れなかった。
赤い傘の輪郭が、目を閉じると出てくる。出てくるのは輪郭だけで、顔はない。顔がないのに、既視感がある。
既視感というのは、記者の言葉では、要注意の感覚だ。取材で「見たことがある気がする」と思ったものは、たいてい本当に見たことがある。人間の記憶は、思い出せないものを既視感という形で通知してくる。
わたしは電気をつけて、机に向かった。
紙を一枚出して、書き出した。
十年前の六月十七日。雫が死んだ日。
わたしが書けることを、上から順に書いた。
雫は十六歳、高校一年生。その夜、わたしと玄関で喧嘩をした。
雫は青いパーカーを着て、白いスニーカーを履いて、家を出た。紐が片方ほどけていた。廊下の照明が切れかけていた。
夜十時ごろ、市の南の県道で事故。
翌日の午前二時ごろ、病院で母から電話を受けた。
そこまで書いて、ペンが止まった。
事故。
どういう事故だったのか、わたしはそこに書けなかった。
車だ。それは知っている。雫は車に乗っていた。十六歳が車に乗るには、運転する誰かが必要だ。
運転していたのは、誰か。
その質問を、わたしは十年、一度も自分にしていない。
していないことに、いま、気づいた。
これは忘却ではない。忘れたなら、思い出そうとしたときに空白が出る。空白は出ない。出るのは、そこを見ないための別の考えだ。葬儀の段取り。母の泣き声。祖父の病室。大学の休学届。
十年間、わたしはその一点だけを、きれいに迂回して生きてきた。
わたしはペンを置いて、両手を膝に置いた。
わたしは、紙の余白に、覚えていることを片端から書き出した。
雫の高校の制服の色。カバンにつけていたキーホルダーの形。その年の三月に切った前髪の長さ。
書けた。全部書けた。
十六年ぶんの妹のことは、驚くほど残っている。払ったのは喧嘩の言葉と、名前を呼んだ声と、笑顔の一部だ。それ以外は、まだある。
では、あの夜の車のことは。
書けない。
書けないのに、空白ではない。手を伸ばすと、別のものに当たる。葬儀の受付に立ったこと。母がうずくまったこと。祖父が病室で天井を見ていたこと。全部、雫が死んだあとの話だ。
死ぬ瞬間の周辺だけが、避けられている。
避けているのは、わたしだ。
ペンを置いて、目をつぶった。
つぶって、意識して、その一点に向かって歩いた。喧嘩をした。雫が出ていった。そのあと、雫はどこへ行ったのか。
友達のところだ。
誰の。
出てきた。
三沢真昼。
雫の同級生の名前だった。中学からの友達で、家が三つ隣の区画にあって、休みの日に二人でうちに来て、居間でだらだらしていた。わたしが大学の課題をやっている横で、二人でスマートフォンを見て笑っていた。
顔が出た。
丸い顔で、頬に肉がついていて、笑うと目が線になる子だった。
声が大きい。うちに来ると、玄関から「おじゃましまーす」と叫ぶ。
母がそれを喜んでいた。うちは静かな家だったから、大きい声の子が来ると、家が動いている感じがした。
小学四年のときからの友達だ。三沢の家は、うちから三つ隣の区画にある。角に赤い屋根の家があって、その二軒隣だ。歩いて七分。
夏になると、二人でプールに行った。中学の三年間は、同じ部活だった。バドミントンだ。真昼のほうが上手くて、雫がいつも負けて、負けたあとに「まひるはずるい」と言っていた。ずるくはない。上手いだけだ。
高校も同じところに入った。
入学式の日、二人並んで写真を撮った。あの写真は、いま、机の引き出しの封筒の中にある。十四枚のうちの一枚だ。
わたしは椅子から立ち上がって、引き出しを開けた。
封筒を出して、十四枚を並べた。
あった。
雫の隣に、丸い顔の子が写っている。制服が新しくて、袖が長い。二人ともピースをしている。
十四枚のうち、真昼が写っているのは三枚だった。
わたしは、この封筒を八月に開けた。九月にも開けた。二回とも、雫の顔だけを見て、雫の顔が思い出せないことに動揺して、閉じた。
隣に写っている子を、一度も見ていない。
その子が、あの夜、車を運転していた。
十六歳が。
免許のない十六歳が、親の車を持ち出して、雫を乗せて、県道を走って、対向車線にはみ出した。
わたしは知っていた。
葬儀の前から知っていた。母が病院で聞いてきて、家で話していた。親戚が来るたびに、その話をしていた。あの子の親がどうとか、無免許だったとか、うちの子は乗せられただけだとか。
わたしは、その全部を聞いていた。
聞いて、そのまま、十年、一度も考えなかった。
考えなかったのは、考えると、順番が崩れるからだ。
わたしが「もう帰ってこなくていい」と言った。雫が家を出た。三沢真昼に連絡した。真昼が車を出した。事故が起きた。
この順番だと、始点がわたしになる。
だから、わたしは真昼のところで止めた。
あの子が運転したから死んだ。あの子が悪い。
その一文を作れば、始点は真昼になる。始点を真昼にして、その真昼のことを一切考えなければ、事故は「起きたこと」になる。
誰の始点でもない、自然災害になる。
十年、それで動いていた。
もう一つ、思い出したことがある。
葬儀の日、母が言った。
あの子の親は来なかった、と。
三沢真昼の両親は、雫の通夜にも葬儀にも来なかった。うちの親戚は、それについて何日も話していた。非常識だとか、来られるわけがないとか、意見が割れていた。
わたしは、そのどちらにも加わらなかった。
加わらないでいるうちに、三沢という名字が、うちの家の中で禁句になった。禁句になったものは、そのうち存在しなくなる。
十年だ。
歩いて七分の家に、あの子の父親と母親が、たぶんまだ住んでいる。角の赤い屋根の二軒隣。わたしは実家に帰るたびに、その前の道を通っている。
通りながら、一度も見ていない。
見ないという技術を、わたしは十年前から持っていた。新聞社に入るより前から持っていた。仕事で身につけたのではない。仕事のほうが、わたしに合っていただけだ。
わたしは立ち上がって、台所で水を飲んだ。コップを持つ手が震えていた。
震えているのに、痛くなかった。
震えと痛みは別のものだ。九月に、痛みのほうは薄くなった。薄くなったから、こうして机に向かって、書き出して、たどり着けた。
払ったおかげで、たどり着いた。
その事実が、いちばん気持ち悪かった。
十月四日、わたしは資料室に入った。
三階の奥の、本棚と本棚のあいだが人ひとりぶんしかない部屋だ。六月に住宅地図を見に来て以来だった。
社の記事データベースは、過去十年ぶんしか入っていない。移行のときに、それより前は業者に頼まず、自社で保管したままになっている。
保管というのは、原紙の合本だ。
一か月ぶんを綴じて、背に年月を書いて、棚に並べてある。うちの規模では、一か月ぶんを一冊にまとめた縮刷版という本を作る予算がない。データベースにない年月を調べたい人間は、この部屋に来て、自分の手で紙をめくる。
十年前の六月。
背表紙の年月を目で追って、その一冊を引き出した。重かった。両腕で抱えて、部屋の隅の作業台に置いた。
紙は変色していた。端が茶色くなって、めくると指に粉のようなものがつく。インクの匂いがした。新しい新聞の匂いとは違う。乾いて、閉じこめられて、十年寝ていた紙の匂いだった。
六月十八日付。事故の翌日の紙面だ。
社会面を開いた。
見出しは、三段だった。
県道で乗用車が対向車線に 高校生2人死亡
本文を読んだ。
十七日午後十時ごろ、北央市南部の県道で、乗用車が対向車線にはみ出し、対向してきた軽トラックと衝突した。
乗用車を運転していた市内の高校一年、三沢真昼さん(十六)と、同乗していた同校一年、葉山雫さん(十六)が病院に運ばれたが、いずれも死亡が確認された。
軽トラックの男性運転手(当時五十八)は軽傷。
県警の調べでは、三沢さんは運転免許を持っておらず、家族の車を無断で持ち出したとみられる。
記事の下に、事故現場の略図が入っていた。
県道の直線区間と、緩いカーブ。乗用車の進行方向を示す矢印が、カーブの途中で対向車線に入っている。軽トラックの位置。衝突地点に×印。
十年前の整理部の誰かが組んだ図だ。線の太さと、矢印の角度と、×の大きさに、その人の癖が出ている。うちの図はいまも同じ体裁で作る。
わたしは、その略図を指でなぞった。
現場は、市の南の県道だ。会社から車で二十分。わたしは六月に、その道の三キロ先の崩落現場を取材している。行き帰りに、この×印の上を通った。
通ったことにも、気づかなかった。
わたしは、その記事を三回読んだ。
三回とも、同じことが書いてあった。
知っていた。全部、知っていた。ここに書いてあることで、初めて知ったことは一つもない。
わたしは紙をめくった。
三日後の、六月二十日付の紙面をめくった。通夜の日の朝刊だ。ここに、おくやみ欄がある。
下段の左から三番目と、四番目。
三沢真昼さん(十六歳)=北央市南栄町=十七日死去。通夜は二十日午後六時、葬儀は二十一日午前十時、南栄斎場。喪主は父の三沢和敏さん。
葉山雫さん(十六歳)=北央市桜木町=十七日死去。通夜は二十日午後七時、葬儀は二十一日午前十一時、桜木斎場。喪主は父の葉山秀昭さん。
三行と、三行。
同じフォーマット。同じ語尾。同じ順番。年齢も同じ。死んだ日も同じ。
わたしは、その六行を指でなぞった。
紙のインクは乾いていて、指には何もつかなかった。
書いたのは、当時のおくやみ欄の担当者だ。わたしではない。十年前、わたしは十八歳で、大学一年の夏で、新聞社にはいなかった。
わたしがこの欄を持ったのは、四年前だ。
四年前から今日まで、わたしはこの部屋に来られた。来て、この合本を開けば、五分で読めた。五分で読めるものを、四年間、読まなかった。
読まなかったのは、忙しかったからではない。
思い出した。
入社二年目の秋、社会部が交通安全の連載を企画した。県内の交通死亡事故の遺族を訪ねる、五回続きの企画だった。デスクが候補のリストを作って、社内で意見を募った。
そのリストに、十年前のこの事故があった。
八年目の秋だったから、当時は八年前の事故だ。無免許運転の高校生と、その同乗者。啓発の題材としては、こちらの部が飛びつく形をしている。
わたしはデスクのところへ行って、この件は外してくださいと言った。
理由は言った。妹です、と。
デスクは、そうか、と言って、リストから消した。誰も反対しなかった。社内では、たいてい誰も反対しない。
あのとき、デスクは一つだけ聞いた。
葉山さん、遺族としてなら話せるか、と。
そういう聞き方をする人だった。企画の性質上、身内の記者が当事者にいるなら、むしろ強い記事になる。デスクとしては当然の判断だ。
わたしは、話せませんと答えた。
母がまだだめなので、と言った。
母は、その二年前には仕事に戻っていた。だめだったのは、母ではない。
連載は別の四件で組まれて、無事に出た。
わたしは、そのとき、自分が身内を守ったのだと思っていた。母がまだ立ち直っていなかったし、取材が来れば家族は答えなければならない。守った。そう思っていた。
いま、合本の前に立って、分かった。
わたしが外させたのは、雫の件だけではない。
三沢真昼の家族への取材も、あのとき消えた。
あの企画が動いていれば、記者が南栄町の家を訪ねていた。父親の三沢和敏さんに話を聞いていた。無免許の娘を持った親が、八年をどう過ごしてきたかが、五百行になっていた。
ならなかった。
わたしが止めた。
守るためだと言って止めて、実際に守られたのは、わたしの十年の順番だった。
合本を閉じた。
背に書かれた年月を、しばらく見ていた。棚に戻すのに、行きの倍の時間がかかった。
部屋を出るとき、埃で喉が痛くなった。六月と同じだった。
十月八日、雨が降った。
わたしは店に行った。
行かないという選択肢は、その日も検討しなかった。
戸を引いた。鈴が鳴った。祖父の家の風鈴の音がした。
「濡れましたね」
「はい」
「お代を」
「今夜は、何ですか」
「あなたが、あの企画を外してくださいと言ったときの、自分の声を」
わたしは店主を見た。
四か月前なら、なぜ知っているのかと聞いた。いまは聞かない。この人は知っている。知っていることの説明を、この人は一度もしたことがない。
「二回目ですね」わたしは言った。「声を持っていくのは」
「はい」
「わたしから声ばかり取って、どうするんですか」
「使いません」
「じゃあ、なぜ」
「あなたのいちばん高いものが、いつもそこにあるからです」
わたしは、その答えを受け取った。
払った。
頭の芯が冷えて、指先が冷えた。デスクの前で「この件は外してください」と言った、あのときの自分の声が、なくなった。言った事実は残っている。言ったときの声だけが、もうない。
これで、六つ目だ。
カップが置かれた。
一口飲んで、指先の温度を確かめた。
温かくない。
一口目で、すでに温かくない。九月は三口目まで持った。十月は最初から、体温と同じところにいる。
わたしは、そのことを言葉にした。
「これ、温いですね」
言ってから、驚いた。
わたしは自分の指を見た。爪の色が薄い。九月から、支払いのたびにここが冷える。冷えたまま、翌日の昼まで戻らないこともある。
この四か月で、わたしは六つ払っている。
喧嘩の言葉。妹の名を呼んだ自分の声。受話器から手を離した指の感触。野辺さんを止めなかった理由。十年前に泣いた回数。あの企画を外してくれと言ったときの声。
六つを並べて、共通点を探した。八月にも同じことをした。あのときは「自分を責める道具」だと思った。
今夜、別の見え方がした。
五つとも、雫に関わるものだ。野辺さんの一件でさえ、止めなかったわたしの理由は、十年前に止めなかったわたしと同じ形をしている。
店主は、いちばん高く払えるものを請求すると言った。
わたしのいちばん高いものは、四か月ずっと、同じ場所から出ている。
言うつもりがなかった。喉が勝手に動いた。四か月、わたしはずっと理科の話で片付けてきた。片付ける材料が、もう一つも残っていなかった。
店主は答えなかった。
答えない代わりに、カップの底のほうを見ていた。
「あの」
わたしは店主に言った。
「入れない人を、中に入れる方法はありますか」
店主の手が止まった。
四か月で三度目だった。この人の手が止まるのは、いつも同じ種類のときだ。答えを持っていて、言わないと決めているときに止まる。
「代金がなければ、入れません」
「代金の話は聞きました。方法の話をしています」
「……」
「あるんですね」
店主は布巾を置いた。
「あなたは、あの方に何かありますか」
質問を返された。いつもの手だ。
「分かりません」
「分からないのに、入れたいのですか」
「入れたいんじゃありません」
わたしは、自分の言葉に驚いた。
「わたしは、外に立ってる人を、四か月、見なかったことにしてました。それだけです」
店主は、こちらを見た。皺の中の、子どもみたいな目で。
しばらく見て、それから、視線を落とした。
「そういう方が、いちばん重いものを払えます」
「答えになってません」
「ええ」
添島さんが、横で息を吐いた。笑ったのだと思う。
奥の霧の手前に、紺色の肩があった。
わたしは椅子をずらして、奥に寄った。少女は掌を見ていた。指が線をなぞっている。
「こんばんは」
「こんばんは」
「今日も、手を見てるんですね」
「うん」
「減ってましたか」
少女は、答えなかった。
答えない代わりに、掌を閉じて、開いて、また閉じた。
「あのね」
「はい」
「私、ひとりで来たんじゃなかった気がする」
わたしの手が、カップの取っ手の上で止まった。
「誰かと一緒だった」
「誰と」
「……誰だっけ」
少女は首をかしげた。
「隣にいたの。ずっと隣にいて、笑ってた。声は覚えてる。顔は、もうない」
「その人は、いま、どこに」
「知らない」
「探さないんですか」
「探せない」
少女は、掌をこちらに向けた。
「私、名前が出ないの。もう、誰の名前も出ない」
わたしは息を止めた。
八月の終わり、この子は「お姉ちゃん」と言った。九月には「誰かに似てる」になった。今夜は、名前という言葉の使い方だけが残って、中身が全部なくなっている。
「あなたは」少女が言った。「名前、ある?」
「あります」
「いいね」
いいね、と言った。
うらやましがる声ではなかった。天気の話をするときの声だった。
「あなたのこと、なんて呼べばいいですか」
言ってから、この店の掟を思い出した。
名を語ってはならない。店主に名を尋ねてはならない。二つ目は、その二つだ。他人を呼ぶことは、書いていない。
書いていないことは、起こる。
わたしは、口の中で音を作った。
三つの音だった。どこから出てきたのかを、わたしはそのとき考えなかった。考えないという技術を、十年ぶん持っている。
音は、出なかった。
喉は開いている。舌も動く。作るところまではできて、そこから先へ運ばれない。七月の夜に払ったものが、いまになって効いていた。
わたしの声で、その名前を呼ぶ手段が、この世からなくなっている。
「どうしたの」
少女が言った。
「なんでも、ないです」
「変な顔してる」
「そうですか」
「うん。泣きそうな顔」
わたしは自分の顔に手をやった。
濡れていなかった。九月から、そこは乾いている。
「泣いてないですよ」
「泣いてないけど、泣きそうな顔だよ」
少女は、掌を閉じた。
「私も、たまになるの。泣きたい気がするのに、何を泣くのか出てこない。そういうときは、手を見る」
「手を見ると、どうなりますか」
「線は減らないから、安心する」
「減ってないんですか」
「今日は、減ってない」
今日は、と言った。
わたしは、そのあと何を話したのか覚えていない。覚えているのは、少女がもう一度掌に目を落としたことと、指が線をなぞりはじめたことだけだ。
店を出るとき、窓を見た。
赤い傘は、そこにあった。
さっきより、近かった。窓のガラスまでの距離が、四か月前に人影が横切っていた線より、明らかに内側にある。傘の骨の数が見えた。八本だった。
わたしは目をそらして、戸を引いた。
窓の外の赤い傘は、わたしが見るのをやめたとき、ほんの少しだけ近づいていた。




