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三枚目:記録

「わ、…私たちは、もう、元の世界に帰れないのですか…?」


隣から聞こえた光花(みつか)の震える声に、我に返る


元の世界——確かに私は、実家の旅館を継ぐという敷かれたレールに憂鬱さを抱いていた。

けれど、そこには大切な家族がいて、日常があったのだ。


光花(みつか)だってそうだ。


服飾の専門学校に通い、自分のブランドを持つという夢に向かって、今まさに大きな一歩を踏み出したところだったのに。

世界を繋ぐパイプとして利用され、私たちの人生はここで終わるのだろうか。最悪の結末が頭をよぎり、胸の鼓動が激しくなる。




 

「少しお時間はいただきますが、もちろん元の世界へお返しいたしますよ」


当然だと言わんばかりにさらっと伝えられた言葉に虚をつかれる。


「千年前に比べ、こちらも研究が進みまして。現在は二百年に一度、地球のどなたかにパイプを通していただければ、クラグ・モアの安寧は問題なく保たれる状態なのです。

かつてのように、召喚された方に直接危険な瘴気の浄化へ出向いていただく必要もございません。ですので、元の世界へ戻る『帰還の陣』の用意が整うまでは、この世界でどうか自由にお過ごしください」


「その……帰還の陣の準備には、どのくらいかかるのですか?」


わずかな希望にすがるように、私は身を乗り出して尋ねた。ミゼリア様はえーとっ、と少し言いにくそうに視線を泳がせる。


「そうですね……。時空を穿つ儀式は術者の魔力を根こそぎ消費します。その魔力の回復具合によりますので、数日……あるいは、数年かかる可能性がございます」

「そんな……! 数年って……!」


光花(みつか)が絶望に顔を青ざめさせ、私の服の袖をぎゅっと掴んだ。数年も異世界に足止めされたら、元の世界での私たちの人生は完全に狂ってしまう。学校も、家族も、すべてが台無しだ。




「あ! ですが、ご安心ください! 帰還の際は、お二人が元いた『場所』、そして元いた『時間』にぴったり合わせてお送りしますから!」



「元の時間より、ほんの十分ほど前後してしまう可能性はあるのですが……」ミゼリア様はそう付け加えると、取り返しのつかない大失敗をしてしまったかのように、心底申し訳なさそうに眉を下げた。


十分。数日から数年、突然行方知れずになり戻ったとて警察沙汰や浦島太郎状態を想像していたことに比べると、そんなものは誤差のようなものだ。深刻な絶望から一転して拍子抜けするような事実に、私と光花(みつか)はただパチパチとまばたきを繰り返すしかなかった。


私たちの張り詰めていた肩の力がふっと抜けたのを見て、ミゼリア様は満足そうに大きく頷いた。


「少しは安心してもらえたようで良かったです。帰還の陣が整うまでの期間ですが、せっかくの機会ですし、このレグランディスの街を存分に散策して、楽しんでいってはいかれませんか」


「散策、ですか……?」思わぬ提案に思わず訊き返す。ミゼリア様は私の胸元にある一眼レフカメラに目を留め、悪戯っぽく微笑んだ。


「ええ、カオルさん、貴方が首から下げているその精巧な機械は、景色を写し取るものですよね? 先ほど回路にて使われていたと聞きました。

この街には地球にはない珍しい建物や、見たこともない光景がたくさんあります。きっと良い被写体にも出会えます」


私の目を見てそう言い切るミゼリア様に言葉に、いつの間にか、胸の中には恐怖ではなく、未知の世界への小さく熱い好奇心が芽生え始めていた。


「貴方たち地球人は我が国を、皆が世界を救ってくれた大切な恩人です。それはこのクラグ・モアで生きる皆が知っています。二百年ごとに協力いただいた地球の方が元の世界へ帰るその瞬間まで、生活において事欠くことの無いよう支援することが世界条例で決まってます。

城の一室を私室としてご用意もできますし、街に住みたいというのなら手配いたします。街で使うためのお金も気にせず、お腹が空いたら美味いものを食べ、気に入った服があれば買い、好きな場所に赴き、好きなことをして、好きなだけこの世界を記録してくださいね」



さぁ!まずはこの素晴らしい『レグランディス』の活気を、その目で確かめてきてください!




ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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