二話め 私の素晴らしい職場です!
手をすり合わせて、私アンナは事務局の扉を開いた。
雪は好きだが寒いのは嫌いだった。
でも、この寒いところから暖かいところへ入る瞬間は好きだ。
手が熱を持って、忘れていた感覚を思い出させてくれる。
「アンナちゃんおかえり」
「ナスターシヤさん! ただいまです」
ナスターシヤ・ドミートリエヴナ・ルージン。
彼女の制服には見慣れない三つの鏃の徽章がある。
確か今は国家保安少尉になったのだったか……。
私の徽章は鏃が一つだ。
ついこの前にやっと三等捜査官から脱したことを考えると、三つはだいぶ遠い。
「お菓子にしましょうよ」
クッキーを片手に彼女に言う。
私も彼女も甘いものが好きなので、ちょっとした息抜になるだろう。
それに、今は他の局員さんも出払っていて冷たい目もない。
クッキー缶の蓋を開けていると、ナスターシヤさんが紅茶を淹れて机に置いてくれた。
私はこの紅茶が少し苦手だ。
というのも、彼女の紅茶は少し濃すぎる。
砂糖入れたいな、と思ってしまう。
けれど、節約しろと怒られてしまったから使うに使えない。
さて、クッキー缶の中には大体三種類入っている。
一つはクッキーというかビスケットみたいなものだった。
あとはミルククッキーとジャムが乗ったクッキーが二枚ずつ入っている。
何だか騙されたような気分になった。
そもそも総量も少ないこれに結構なお金を払ったのか、と。
「ナスターシヤさんはどれを食べますか?」
彼女の方に缶を差し出す。
ビスケットのようなものを一つとった。
「これだけもらうわ。ありがとうね。またお返しさせて」
「それだけで良いんですか? 甘いもの好きと聞きましたが」
「あんまり貰っちゃうと悪いからね」
ナスターシヤさんはそれだけで紅茶を口にした。
追求することも失礼かなと思って、私もビスケットをとった。
私は楽しみを最後まで取って置けるタイプなのだ。
紅茶に漬けたビスケットを半分ほど食べたところで、報告書の紙を引っ張ってきた。
先刻逮捕した地下出版のおじさんの報告のためだ。
私自身、彼は優しい人だったなと思う。
ご飯を作ってくれていたようだし、拘束した後もよく話をしてくれた。
どうしてこんな無意味な犯罪をしたのか、と彼に問いかけた。
これは調書に書くためでなく、疑問を解決するためだった。
他の局員さんにバレたら怒られるかもしれないと恐れもあった。
しかし、記憶の中の彼も聞いた方がいいよと言ってくれた。
「ぼくはヴァレンティノフを許せないんだ」
おじさんは総書記長の名前を挙げた。
ヤーコフ・ヴァレンティノフは新聞で顔を見る程度だが、彼を嫌っている人は多かった印象だ。
今は表立って非難する人は少ない。
理由は言わずもがなだ。……私も少しは頑張った。
「ぼくも昔は赤軍に居てね。白軍を殺したんだ。だからこそ、あの男は悪魔なんだ。六カ年計画で守るべき人らを虐殺した」
自分を殺すための言葉を並べるのが不思議だった。
私はそもそもこれを濁すつもりは全くなかった。
「君も気を付けるといい。あの悪魔の党は君を利用しているんだ」
実際、党のことを記憶の彼は警戒していた。
いつでも脱出する準備をした方がいい、とのことだった。
おじさんはあくまで忠告者という立場を守っている風だった。
私は彼のことを善良だと思うし、軍属していたことも偉大だとは思う。
でも、同時に愚かだなと嘆くような気持ちもあった。
……再びビスケットを紅茶に漬ける。
やっと適当なところまで書き終わったところだった。
先程まで一緒にお茶を飲んでいたナスターシヤさんは既にデスクに戻っている。
もう少し休憩しても良いかなと思いつつ、部屋を見回す。
すると、ヴァレンティノフ総書記長のポスターがあった。
「2+2=6」こんな間違った等式が目立つそれに少し顔を顰めた。
何だか綺麗ではないなと思ったのだ。




