第2532話、わたくし、世界は変えられなくても、自分の人生は変えることができるし、実はそれこそが『最強の魔法』なの♡
「──先生ー、遊ぼー!」
久方振りの休日の昼下がり、王城の中に与えられた私室にて、いつもながらの魔術の研究に没頭していたところ、何と中庭に面した窓から、十二歳ほどのドレス姿の女の子が乗り込んできたのであった。
「……礼儀作法の教師は、一体何をやっているのです? 減給ものですよ」
「いいじゃない、先生は礼儀作法じゃ無くて、魔術の先生なんだから」
「──あなた自身に、一国の姫君としての自覚が足りないと、遠回しに言っているのですよ⁉」
「何を今更、先生と私の仲ではないですかw」
「……私と姫は、あくまでも教師と生徒の関係ですが?」
「だったら、生徒の疑問に答えてちょうだいよ」
「──もちろん、魔術に関する質問でしたらね」
「先生は、こうして王宮魔導士に選ばれるくらいだから、かなりハイクラスの魔導士なんだよね?」
「ええまあ、身分不相応の、評価を頂いているのは、確かですね」
「そんないい歳してまで独身なのは、若い頃からずっと研究一筋だったからなの?」
「──いきなりプライバシーの侵害かよ⁉ しかも私はまだ二十代なんだから、別に独身であってもおかしく無いでしょ⁉」
「……みんな最初は、そう言うんだよね」
「おい、ヤメロ」
「そもそもどうしてそんなに根を詰めて、研究ばっかりしているの? 父様や母様のお話では、この王国どころか、全世界の三大大陸すべてにわたっても、先生ほど魔術を極めた者はおらず、どんな魔法や魔術だって使えるんだし、今更研究なんかしても、面白くも何とも無いでしょう?」
「いや、面白いですよ?」
「はあ?」
「実は私の場合、生まれた時から既に、ほとんどすべての魔術が使えたのです。それが当たり前と思っていて何の疑問も持たなかったし、魔術に関しては自分に並ぶ者なんて存在しないものと、思い上がっていたところ、たまたまこの国に訪れた際に、場末の酒場で食事をしていたら、酔っ払いの女に絡まれて、魔術で勝負をすることになったのですが、
一方的に、コテンパンに、叩き伏せられてしまったのです」
「……あー、それが私のお母様との出会いだったのね? あの人、一応属性的には『聖女』なんだし、当然『対魔術戦闘』に関してはガチで世界最強だから、そんなのと魔術勝負をしてしまうなんて、先生も運が無かったわね」
「──いやその前に、一国の王妃様が、護衛の一人も連れないで、場末の酒場でぐでんぐでんに酔っ払って、氏素性もわからない他国からの流れ者に絡むこと自体を、問題にしていただきたいんですけどッ⁉」
「そんなの、無理無理。お母様が、人の言うことなんか、聞くわけ無いでしょ? ──もちろん、権力者だからとかでは無く、『性格的』にw」
「……てっきり、あのまま命を奪われるかと思いましたよ」
「何で?」
「何でって、そりゃあ、聖女様が、『私のような者』に出くわされたのなら、その『責務』を果たされてもおかしくは無いでしょう?」
「いやそれがあの人、全人類が五歳になったら必ず受けさせられる、『魔力適性検査』の前に、自分が聖女であることはもちろん、従兄弟で婚約者だった現国王のお父様が、『勇者』であることを認識していて、その当時数百年ぶりに復活すると予言されていた魔王に対する、唯一の『対抗勢力』となるところを、
「……そんな、面倒くさい人生を押しつけられて、堪るものですかッ!」
──と言うことで、検査を担当した教会の高位の魔導士をも上回る『隠蔽魔術』で、二人が『聖女』と『勇者』であることをごまかして、『魔王討伐』の責務を回避したそうだしねw」
「──王族として、それでいいのか⁉ こちとらせっかく数百年ぶりに復活したと言うのに、いつまで経っても勇者も聖女も現れないと思ったら、そう言うことだったのかよ⁉」
つい我を忘れて、積年の恨み言が口を突いて出てしまう、『王女様の家庭教師』であった。
「まあまあ、どうせお母様に敵いっこ無かったのは、初対面の時に痛感したでしょう?」
「──うぐぅッ⁉」
「それに、あの時お母様と出会ったからこそ、今こうして先生はここにいて、研究三昧の日々を送れているんでしょうが?」
「──ッ」
……そうだ。
とっくに聖女の力に目覚めていた彼女は、当然『俺』のことを一目で、『魔王』だと見抜いていやがったはずだ。
『聖女』になる気は無いとはいえ、彼女はこの国の『王妃』だ。
民に仇なすかも知れない『魔王』を見つけたとなると、『退治』して当然であろう。
しかしその時彼女は、既に覚悟を決めていた俺に対して、こう言ったのだ。
「あなたは、『何』に、なりたいの?」
え?
「『何』にって………………俺は生まれた時から、『魔王』であって──」
「そんなことを聞いているんじゃ無い、今のあなた自身が、『何になりたい』かよ」
はあ?
「本来、莫大な魔力を有する魔王の素質を持つ者が、たった一人で人間の国に来て、人間を襲うどころか、何をするでも無く、ただぶらぶらとしているのは、何か自分のやりたいことを『探している』からじゃないの?」
──‼
そうだ。
確かに最初のうちは、聖女や勇者がいつまで経ってもやって来ないから、『魔王』としてやることが無くて、ただ何となく人間の諸国をぶらついているだけだったけど、
──ふとしたことから、人間の『魔術に対する探究心』に触れたことで、俄然魅入られてしまったのだ。
言うまでも無く、すべての『魔の王』である俺は、生まれた瞬間から、あらゆる魔法を何の苦も無く使えた。
それに対して人間のほうは、まず魔術の才能が必要なのは当然として、魔術を発動するための『論理』を理解していないと、実際に魔法を使うことができないので、誰もが熱心に魔術の探求に励み続けているのだ。
つい何の気なしに基本的な理論の書かれている書物に目を通してみたところ、予想外にもむちゃくちゃ興味が惹かれて、しかも非常に役に立つことがわかったのだッ!
わかりやすく言うと、現代日本人の超大金持ちのボンボンが、生まれながらにして数千万円もするイタリア製のスーパーカーを買い与えられていて、ちょっと調子が悪くなったら廃車にして、また新たな数億円もする最新モデルの車を好きなだけ買い与えられているとしよう。
本来なら、何も考えず、隣に『ハクいお姉さん』でも載せて、ただ車を運転していれば良かっただろう。
──だがひとたび、『車のメカニズム』に取り憑かれてしまったとすれば、もはやそこには二度と抜け出すことのできない、巨大な底なし沼が広がっているのだッ!
そうなると、少しばかり調子が悪くなったくらいで、買い換えるなんて、とんでもないッ!
自分自身でエンジンとかサスペンションとかをいじくって、修理をするのはもちろん、いろいろと改造を施して、自分だけのカスタムカーにするのは当然の流れだッ!
そして実はこれは、魔術に関しても御同様で、これまでは当たり前のように使っていたものが、その論理背景を知るだけで、俄然興味深いものに一変しやがったッ!
魔術を発動するには、魔族や魔術師の体内に満ちあふれている、内なる魔法要素の『オド』によって、この魔法世界の至る所に満ちあふれている、外なる魔法要素の『マナ』を変容させることにより、実行しているのだが、人間の研究によると、例えば炎系の魔術を発動する際には、オドを介して、意思の疎通が可能なマナの集合体である『妖精』とコンタクトをとって、『ありとあらゆる世界のありとあらゆる時代のありとあらゆる存在の情報』が集まっているとされている、『集合的無意識』にアクセスして、そこから炎の『形態情報』をダウンロードして、周囲の妖精たち自身にインストールすることで、妖精の形態情報を炎の形態情報へと書き換えることで、実現していたのだッ!
……何でこれまで散々魔術を使っておいて、『妖精』や『集合的無意識』の存在を知らなかったかと言うと、魔王の魔力が、あまりにも強力過ぎたので、妖精たちが無条件に従っていて、そのようなからくりのことを知る必要が無かったのだ。
──だが、一度知ったからには、興味が尽きなかった。
当然妖精たちともコミュニケーションをとるようになり、細かいリクエストが可能となったので、それまでの力任せの大雑把なもののみでは無く、非常に繊細で凝った魔術も可能となった。
更には何と、『集合的無意識』との直接のアクセスすらやりこなせるようになり、この世界には存在しない、様々な生物の知識も蓄えていき、その形態情報を妖精たちにインストールすることで、本来存在しないはずの『怪物』を、この世界に現出させることすらなし得たのだ。
つまりこれぞ、『召喚術』そのものであり、何と俺はその論理背景を解き明かしてしまったことになるのだ。
確かに魔王であれば、召喚術くらい容易かった。
だが、その召喚獣が、元々どんな世界にいて、どんな生態であるかなんて、こうして『集合的無意識』と触れなかったら、一生知ることは無かったろう。
それが、『集合的無意識』にアクセスすることで、事前に召喚獣の情報を把握して、状況に応じて適切な召喚獣を呼び寄せることができるようになり、非常に利便性と効率性が跳ね上がったのだ。
……人間て、凄い!
どうしてこんなことを、考えつくんだ?
別に魔法だけでは無い、一事が万事である。
なぜ、物は下に落ちるのか?
なぜ、物は水に浮かぶのか?
なぜ、氷の上は滑りやすいのか?
なぜ、太陽と月は、毎日天空を一周しているのか?
なぜ、季節は、一年を通して移り変わるのか?
──等々と、
極当たり前だと思っていたことにもすべて、論理的な理由が有り、何と人間はその原理をちゃんと掴み取っているのだ。
何でも魔術で解決すればいい魔族とは違って、人間のほうは、大規模建築や、長距離航海や、未踏領域の探索等々を、ほとんど人力で行わなければならず、『自然界の法則』と言うものを熟知しておかねばならないのだ。
だが、魔王である俺にとっても、たとえ魔術を使えば難なく実現できるものであろうとも、その原理を知っていれば、より理想的かつ効率的に、すべての物事を運ぶことができるようになるので、けして無駄な知識にはならなかった。
それに何よりも、学問や研究をすること自体の魅力に、すっかりハマってしまったのだ。
だから、あの時の聖女の、
「あなたは、何に、なりたいの?」
と言う問いに対しては、
「──人間と同じく、『研究者』になりたいッ!」
「──研究に打ち込んで、『魔術の何たるか』を究明したいッ!」
と言う、偽らざる、本当の気持ちを答えたのであった。
それを聞いて満足げに微笑んだ、この国の王妃様は、生まれたばかりの自分の娘の『教育係』と言う名目で、俺を王宮へと招き入れ、好きなだけ魔術の研究ができるように取り計らってくれたのだ。
「──そうよ、それがお母様の口癖なの」
「──たとえ、聖女だろうが、勇者だろうが、魔王だろうが」
「──この世界そのものを変えることなんて、できやしない」
「──でも、自分の人生を変えることなら、誰にだってできるわ!」
「──実はそれこそが、『最も素敵な魔法』なの♡」
そう言って、目の前の小さなお姫様は、あの時の聖女様とそっくりそのままの、天空で燦々と輝く太陽のごとき、満面の笑みを浮かべたのであった。




