第2522話、わたくし、自殺とか犯罪とかに走るよりも、憎い相手よりも一日でも『長生き』したほうが『勝ち』だと宣言いたしますの☆【前編】
まさに今、この『魔導大陸』の片隅で、『大賢者』とまで讃えられた男が、命の灯火を消そうとしていた。
魔導師としては大陸随一の才能を誇り、若くして魔導帝国の宮廷魔導師となり、それ以降もトントン拍子で出世していき、最後には国境すら超越した、『賢者』の最高位の称号すら手に入れた。
一応は、順風満帆な人生と言えよう。
だからと言って、思い残すことが皆無かと言えば、そうでも無かった。
一つには、ずっと孤高の人生を貫いてきたと言うのに、ほんの数年前に生まれて初めて、『生活を共にする者』を得たことであった。
その幼い人狼の娘は、突然変異なのか、金狼の一族の中にあって、銀髪に銀色の瞳をして生まれたために、親兄弟からも邪険にされ、群れを追い出されて、そのままでは餓死してしまうところを、男によって救われたのである。
それはあくまでも気まぐれの為せる業であったが、実は文字通りの『拾い物』であって、まさしく人狼にしては『突然変異』そのもので、子供ながらに非常に聡く、学問にも興味旺盛で、しかも魔術の才すらも有り、これまで弟子をとったことの無かった偏屈者の大賢者様ですらも、『教える楽しさ』に目覚めるほどで、今ではすっかり彼の無くてはならない『助手』にまで成長していたのだ。
まだ幼いとはいえ、それだけの才能の持ち主なのである。男が亡き後においても、生きていくこと自体に、問題は無いだろう。
……だが彼は、自分がいなくなることで、また娘が独りぼっちになってしまうことを、非常に心配していたのだ。
彼自身娘から、他者と暮らす喜びを教えてもらったからこそ、彼女一人残して身罷ることを、憂慮せずにはいられなかった。
──そしてもう一つの心残りこそが、彼にとっての『最大の汚点』であったのだ。
何と、自分の研究を他の魔導師に盗まれて、その成果も名誉も、すべてそいつのものになってしまったのだ。
もちろん魔導学会等において、その暴挙を訴えたものの、相手は他の世界からの転生者である、『弁護士』と言うチートスキルの持ち主の力を借りることによって、法律や慣習法や各方面とのコネやこちらの個人情報等々、あらゆるものを駆使することによって、男の訴えを退けることをなし得たのであった。
──断じて、許せなかった。
盗人の魔導師も、その非道をあろうことか正当化した、弁護士も。
できることならこの手で、八つ裂きにしてやりたかった。
しかし、そんなことをしてしまえば、男がこれまで築き上げてきた名声は地に堕ち、死に間際にして、人生そのものの意味を無くしてしまうであろう。
──死にゆく自分は、それでいいかも知れない。
だが、一人残される人狼の娘は、どうなるであろうか?
ただでさえ肩身の狭い人間界で、たった一人で生きていかねばならないと言うのに、『罪人の身内』の烙印を押されてしまっては、ますます立つ瀬が無くなってしまうであろう。
……だからもはや男にできることは、既に寝たきりとなったベッドの中で、悔恨の涙を流し恨み言を繰り返すだけであったのだ。
そして、ついにそれを見かねた養い子の人狼の娘は、満月の夜の真夜中に意を決して、男の寝室へと忍び込んだのであった。
「……お師匠様、この手だけは使いたくなかったのですが、実は私なら、あなたの無念を晴らすことができます」
「な、何だと⁉ それは真か!」
「──ええ、今宵は満月、その月の光を浴びれば、私たち人狼は、本能のままに真の姿に変化して、自分だけの『獲物』と定めた者を、『喰らい尽くして』しまうのです!」
そう言って、娘が窓際のカーテンを開け放ち、煌々と輝く月の光を全身に浴びるや否や、
小柄で華奢な肢体が、ムクムクと膨張し、
まとっていた衣服は、すべて引き裂かれ、
短く切り揃えられていた銀髪が、禍々しく伸びていったのであった。
「………………………………は?」
そしてそこに現れたのは、月の雫のごとく艶めく銀白色の長い髪の毛だけを、二十歳絡みの豊満な肉体にまとった、絶世の美女であったのだ。
『がおー♡ 今からお師匠様を、食べちゃうぞおー♡♡♡』
「──いやヤメテ! 死にかけの老人に対して、ナニをするつもりなの⁉」
『大丈夫です、私の体液には、「若返り効果」が有りますから。──ほら、このように♡』
「──うぐぅッ⁉」
まるで前菜でもつまむようにして、狼女が口づけるや、たちまちのうちに壮年くらいの年頃に若返る、『お師匠様』。
「……こ、これは、一体?」
『こんなもの、序の口です♡ さあ、夜は長いのですから、存分に励みましょう♡♡♡』
「──だから、やめろと言っているだろうが⁉ おまえのことは『娘』としか見れないのだ! たとえそのように成長しようが、変な気を起こすつもりは無いわ!」
『……大丈夫ですってば、これはけして「性行為」などでは無く、我が一族の秘伝の魔術を使用する、神聖なる「儀式」なのですから』
「な、何?」
男は『秘伝の魔術』と聞くや、(求道者の性故に)目の色を変えた。
『それに、この儀式に成功すれば、師匠の心残りをすべて解消できるのですよ? ──あなた自身は何もせずに、文字通り「魔法のように」して、本懐を遂げることができるのです』
「──ッ」
それを聞いて、男は抗うことをやめた。
あれ程己を苛んでいた、『生涯最大の汚点』を解消できると言うのなら、たとえ文字通りに『飼い犬に手を噛まれ』ようが、銀色狼女に肉体をしゃぶり尽くされようが、構いやしなかった。
『うふふふふ、いい子でちゅねえ♡ すべてはこのお姉さんに、任せておきなさい♡♡♡』
何か調子に乗った狼娘が、アレなことを言い出したが、とにかく為すがままにしてやることにした。
──それから始まった、『聖なる儀式』とやらの最中にも、己の肉体に『多大なる変化』が生じていることに、気づきもしないままで。
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「──うわああああああああああ! これは一体、どういうことなんだよ⁉」
早朝の屋敷中に、この家の主の叫び声が鳴り響いた。
「……お師匠様、何を朝から大声を上げているのですか? 近所迷惑ですよ?」
「こんな深い森の中で、近所迷惑もあるか⁉ ──しかも何一人だけ、元の子供の姿に戻って、しれっと『何事も無かった』ような顔をしているんだよ⁉」
「そりゃあ、あの儀式はあくまでも私にとっては、一夜だけの幻のようなものですから、実質上『何も無かった』も同然なんですよ? ──それとも、あれは実は単なる『性行為』で、私もずっと大人の姿のままで、お師匠様のお子さんを宿したほうが良かったですか?」
「うん、少なくとも『お子さん』が必要ないのは、確かだな? ──だってここに一人、『お子さん』がいるからな!」
そうなのである。
さっきから『お師匠様』の言葉遣いが、やけに『フランク』になってしまっているかと思えば、
──彼のベッドの上で、素っ裸に毛布だけまとってうずくまっていたのは、年の頃五、六歳ほどの、『幼い男の子』であったのだ☆
(※次回に続きます)




