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僕達のとてつもなく暑い夏

カイソラ高校三年の夏

『カキィン!』


 耳に響く金属音がした。それまでの歓声やブラスバンドの音色が、ほんの一瞬だけ嘘の様に途切れ、その音が耳に突き刺さった気がした。


 そして、聞こえてきた大歓声と悲鳴。


 伸びて行く打球は、無情にもセンターを守っているカイの遥か頭上へと放物線を描き、スタンドの中へと吸い込まれる様に飛び込んで行ってしまった。


 グルグルと腕を回す審判員。フェンス際まで白球を追って行ったカイは、今どんな表情をしているのだろう。

 僕は観客席を見上げるカイを、ただ呆然とライトスタンドから見つめるしかなかった。


 1対0での九回の裏、一塁にヒットの走者を置いての逆転ホームランは、試合を決める、そして同時にカイの高校野球引退を決めるものとなった。







 僕達の通っている県立高校は、歴史も古く、いわゆる進学校と呼ばれる様な高校だが、部活動はとても盛んで、殆どの生徒が何かしらの部活動に所属している。


 カイはずっと続けてきた野球を。僕は中学校ではテニスをしていたのだけど、高校では天文部を選んだ。


 天文部と言っても、そこそこ都会である高校がある場所からは、残念ながらあまり星は見えないのだけれど、太陽の黒点観測やプラネタリウム巡り、夏と冬の長期休みには観測と撮影会を兼ねた合宿もした。それに文化祭恒例の手作りプラネタリウムは、星座に纏わる神話も組み合わせ、普段星に興味がない人達からもなかなか好評だった。


 活動日は週に四回だけ。部員も各学年それぞれ十人に届かないくらいの九割が男子という天文部。僕の様に星そのものが好きな人から、将来は宇宙物理学に進みたい人、星の神話が好きな人まで入部の動機は様々だったけれど、皆それぞれが好きな分野の研究が自由に出来る、そんな雰囲気の部活が僕は本当に好きだった。


 そしてカイに引退試合となる甲子園を目指す夏の大会がある様に、僕達にも目指す大会がある。それが年に一度行われる高校総文(高等学校総合文化祭)だ。

 音楽から写真、新聞や放送、剣舞や詩吟、文芸や演劇まで、実に幅広いジャンルの文化系部活動の全国大会。理科系の分野は自然科学だけなのだが、生物、化学、物理、地学の分野はそれぞれの研究発表部門があるのに対し、そのほかの分野(天文とか天文とか天文とか……)はポスター部門(パネル発表)を全ての(・・・)理科系部活と競うかなり狭き門なのだ。


 去年は全国大会に惜しくも進めなかった僕達天文部。母校からは生物部が進んで、しかも賞を取っただけに、今年こそは! と僕達も意気込んでポスター部門でエントリーをした。テーマは『小惑星XXX00ZXの観測』。


 宇宙物理学に進みたいと云う、副部長でもある僕の悪友が「ここは物理の分野でブラックホールの僕の研究をエントリーしよう」とか、天体写真家の道に進みたいと、写真部ではなくわざわざ天文部に入った後輩は、「天体望遠鏡の口径とレンズの関係にしましょうよ」等と言ってきたが、僕は部長権限で黙らせた。

 横暴? 僕に部長を押し付けたのだから、これくらいの役得がなくちゃあね! 


 部長になった去年の秋にテーマを決めた(強要した?)僕達は、快晴の週末はほとんど全て、天体望遠鏡やカメラ、寝袋と食料を背負って県北部にある山に登って、小惑星の観測を続けてきたんだ。そして物理大好きの悪友には手製のプログラムでその軌跡等を計算させ、カメラ大好きな後輩にはせっせと写真を撮らせ。夜間の山と云う事で観測に行けない女子達は、発表用のパネルを、それはそれは綺麗に、そして見易く工夫して作ってくれた。


 僕も様々な観点から観測した結果をまとめたり、発表のパネル構成を考えたり。そうして臨んだ県総文(県大会)。もう三年で後のない僕達は、最初で最後の全国への切符を手にする事が出来た。


 生物部も一緒に行く事が決まったけれど、生物は今回研究発表部門だから、競合しなくて本当に良かった。

 生物部の部長は中学時代から研究分野では有名な才女で、我が高校の生徒会長でもあった人物である。副会長をしていた僕を自らの手足の如くこき使い、しかもそれまで一度も行けなかった生物部を二年連続で全国総文へ連れて行き、賞まで取ってきたという、恐るべき人物なのだ。

 これで三年連続となった彼女だが、天文部の総文進出が決まった時、こう言ってのけた。


「あら。広井君のところも発表する様な研究があったのね?」


 物凄い上から目線だが、それを悪気なく言い切る彼女は将来、バイオテクノロジー関連の研究を思う存分したいそうである。うん。うっかり同じ分野じゃなくて良かった……なんて声に出しては言えなかったけれど。

 カイもそのおおらかさと懐の深さで、人望がとてもあるけれど、彼女はとにかく人を使うのが上手い。自分の思い通りに物事を動かす手腕は、副会長の立場で近くから見ている僕にも驚異的だった。



 さて。そんな彼女率いる生物部と共に、僕も次期部長であるカメラ大好き後輩と副部長の悪友と一緒に今年の高校総文の舞台である、中国地方へと向かった。七月末から始まった大会では、全国から集まった同士達と星の話を存分に楽しんだり、大学での研究を見学したり。後輩もこの天体望遠鏡にはここのレンズがいい等とマニアックな仲間と交流出来た様だし、悪友は悪友で、大学の研究室の教授と熱い議論を交わしていた。


 研究発表する生物部とは違い、展示だけのポスター発表は、質疑応答の時間も決まっており、他の発表を聴講することも可能だった。そこでいつになく愛校精神を発揮した僕は、生物部の発表を見に行ったのだけれど……高校生の、しかも理科系の研究発表で、万雷の拍手付きスタンディング・オベーションって。

 発表の終了を告げる、良く通る涼しげな彼女の声を聞きながら、僕も誇らしさで一杯になり、会場の片隅から大きな拍手を贈った。


 そしていよいよ各部門の表彰式。

 生物研究発表部門で、我が高校の生物部が授賞するのは明らかだったけれど、ポスター部門の他の展示はどれも本当に素晴らしく、僕達天文部が授賞出来るなど全く考えてもいなかった。だから大臣賞に納得の頷きをコクコクとしていた僕の耳に、次点である優秀賞の発表で何やら聞き慣れた学校名が飛び込んできた時は、嬉しいよりも、ただただポカンとしてしまった。


「おい、ソラ!」


「広井部長!」


 そんな声と共に、バシンバシンと背中を叩かれ、やっと我に返った僕。高評を聞きながら、ジワジワと湧いてきた喜びに包まれて思い出していたのは、かなりの重量になる機材を背負っての山登り。そしてパネルを作ってくれた部員達の顔。最後は冬の山から見上げた満天の星空。


 震える足を叱咤して壇上に上がり、優秀賞の賞状を受け取って。

 賞状を手に仲間の元へと戻る僕に、真後ろから良く通る聞き慣れた声がかけられた。


「おめでとう。良かったわね!」


 真夏だと云うのに、相変わらず涼しそうな声だなぁ。そんな事を思いながら振り向いた。


「そちらこそ、三年連続の大臣賞おめでとう!」


 珍しく満面の笑みを浮かべている生物部の部長を見て、またポカンとしそうになったけれど、一瞬の笑顔はあっという間に声と同様の涼しげな表情に取って代わってしまった。


「……終わっちゃったわね」


「終わっちゃったな」






 あの日。

 

 頭上を飛び越えていった白球をフェンス際で見送ったカイは、マウンド上で膝をついたまま動かないピッチャーの元へとすぐさま走っていった。

 震わせる肩を抱き、ポンポンと背中を叩き、ホームベースを挟んで、対戦相手と再び整列したカイ達。

 主将として一年間、部員達を引っ張ってきたカイは、誰よりも真っすぐに立ち、帽子を手に誰よりも綺麗に一礼した。



 交わされる握手と響き渡るサイレンの音。

 県大会の三回戦で、カイの夏は幕を閉じた。

 

 

 誰もいないマウンド上で、小さく砂が巻き上がるのを、僕は言葉もなく見ている事しか出来なかった。



 夜になり、大きな荷物を重そうに持ちながら帰宅したカイ。

 いつもなら、飛び出してくる下の双子の代わりに、僕が玄関に立っているのに驚いたらしい。

 カイはちょっと目を見開いて、笑顔を作ろうとして失敗した。


 きっと今の今まで我慢していたんだろう。

 主将として、いつもの様に笑顔で最後の仕事をこなしてきたんだろう。


「お疲れ。おかえり、カイ」


「──ただいま。来てくれてありがとう、ソラ」


 くぐもったカイの声とその表情は、悔しさと、やり切った充実感が混じっている様だった。

 僕が差し出した拳にコツンと自分の拳をぶつけてから、カイはゆっくりと二階へと上がっていった。







 高校総文が閉会して、帰りの新幹線のホームから改札への階段を降りてきた僕の目に真っ先に飛び込んで来たのは、改札機の向こうで大きく手を降っている満面の笑顔のカイの姿だった。

 そんなカイの両脇には、下の双子達の姿も見える。

 ピョンピョンとカイの隣で飛び跳ねているニコニコした杏と、生真面目そうな顔をしてこちらを見ている陸。そんな三人の姿に、ああ帰って来たんだなぁと思う。


 たった数日の旅だったのに。それまでだって、合宿とか修学旅行で留守にした事もあったのに。

 自分の感情に苦笑しそうになった僕だったけれど。


 そこで唐突に気がついた。


 これからはこんな光景が、当たり前になって行くのだと。

 高校までは一緒に進んできたカイと僕。部活もバラバラだったし、それぞれ好きな事を目一杯楽しんできたけれど、今日からはそれぞれの道に向かって受験勉強が本格化していく。それは分かれ道へと向かう勉強で。


 好きな事を学びたいと決めた目標が、ほんの少し揺らいだ気がした。


 僕の揺らぎが伝わっちゃったのだろう。ピョンピョンと跳ねていた杏の顔が途端に雲ってしまった。僕に苦笑を投げかけたカイは、宥める様にポンポンと杏の頭に手をやり、僕に向かってゆっくりと口を開いた。


「ソラ。おかえり。おめでとう!」


 たとえ道は分かれても、変わらないだろう笑顔がそこにあった。


「ただいま。ありがとうカイ。ただいまアン。リク」


 今はまだ小さな弟妹達も、いずれは僕達と同じように巣立っていくのだろう。



 僕は後ろを振り返り、高校という場所で同じ時を過ごした仲間に手を挙げた。

 そこには何故かニヤニヤしている悪友と、すっかり部長らしい顔付きになった頼もしい後輩の姿。そして相変わらず涼しそうな表情の生物部の部長と部員達。引率して下さった顧問の先生方。


「じゃあまた学校で!」



 僕達の高校最後の甲子園と総文を目指した熱い熱い夏は、こうして終わった。

 そしてそれぞれの道に向かう為の自分自身との戦いがここから始まる。

 

 大丈夫。もう揺らがない。


 

 ──さあ、帰ろう。そして進もう。

 太陽系から僅か四光年のところで見つかった星が、僕を待っている。


お読み下さってありがとうございます。


☆本文中の小惑星は架空のものです。(しかし実際に高校生でも小惑星の観測記録があったりする!)

☆太陽系から四光年~

 8/25付けのネットの科学ニュースで配信されたもの。

 地球に似た環境と推測されているが、現在の技術では調査が難しいらしい……。

 水が存在するのではないかと期待されている。

 生命体は存在するのだろうか? ワクワクします♪

 

★ちょっと豆知識。

全国高等学校総合文化祭について。

2016年度の第40回大会は、7/30~8/3に広島県で開催されました。

各都道府県での総文を勝ち抜いた代表がそれぞれの技術や技能を発表しあう大会です。

総文自体も高校生が主体となって運営します。

因みに今回のソラの様な自然科学部門は多くが大学が会場になることが多い様です。

大きなホールや体育館等、期間中、県内各地の施設に分かれて行われます。

また、各都道府県でも、県内の高校の文化部を紹介するホームページの運営や新聞を定期的に発行する等、各高校から選ばれた生徒によって、部活動とは別に集まって活動しています。(こちらは一年を通して活動)

神奈川県だと「かなぶん」と呼ばれています(笑)



*お詫び*

私生活が現在、多忙を窮めておりまして、執筆はおろか、アクセスさえままならない状況にあります。

今後の見通しさえ立っていない現状の為、次回投稿は未定となります事を悪しからずご了承下さいませ。

とっても疲れてはおりますが、私は元気です……家事するだけで目一杯なのですm(__)m

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