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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
六.あぶれたものたち
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080.月下星酔



 月がもっとも高く、そしてもっとも地上から遠いところで、煌々と輝いていた。

 燃え尽きた天使が従えるのは、無数に散らばる小さな星々。

 煌きは踊っているかのように、空一面に散りばめられている。

 眩むほどの光で照らす月の下、無数の星々は酔いしれて――。


 へたりこんだままのリリカの瞳から涙が溢れた。

「なんでよぉ……っ!」

 思念が渦を巻いて空気にぶつかり、心を揺さぶる。

 その瞳に宿るのは、憎悪と、狂気と、……限りない苦しみ。

 感情をむき出しにしたまま、目の前に立つ娘に言葉を叩きつける。

「あたしが、あたしが何をしたっていうの……!? どうしてこんなことにならなきゃいけないのよ……、あなたたちが来たからこんなことになったんでしょう!?」

 長い髪を振り乱して激しくかぶりを振った。

 涙が炎に照らされてちらっと煌く。

「あなたたちのせいで、あたしたちは――!!」

 ぎらぎらと輝く眼。一直線に目の前に立つ者を睨みつける、ちぎれるほどに鋭い視線だった。

 どうしようもなくリリカという少女を震わせる、この情景。

 炎を噴きながら崩れ落ちる屋敷。吹き荒れる風になぶられて、更に勢いは増してゆく。

「あなたたちさえいなければ……っ!」

 地面についた手が握り締められる。土で白い手が汚れていく。

 しかし、彼女は立ちあがることが出来ないまま――、

「なんであたしがこんなに傷つかなきゃいけないの……ここから出たら、どこへ行けというの……」

 途端に小さくなった声が、震えたままの唇から零れて落ちた。

「どうして…………教えてよ……っ……」

 嗚咽が漏れる。肩を震わせて崩れ落ちたまま、少女は泣いていた。

 心をよじって、少女という全てが壊れ行くかのごとく、嘆きは止まることがない――。

 しかしピュラは、表情を変えるわけでもなく、その場で少女を見下ろしていた。

 炎を宿した瞳の奥に光を揺らせながら、何一つ動じることすらなしに……。

「私たちでも運命でも神でも、恨みたきゃ恨みなさいよ」

 ぽそりと、そんな呟きが漏れた。

「好きなだけ恨むといいわ。思うだけだったら罪にはならないものね」

 リリカの目にやられていた手が、ふっと離れる。

 震える瞳がピュラのそれを捉えた。

 すくみあがるほどに冷めていて、それでいて鋭く燃える視線が注がれている。

 緋色の娘は言った。

「悔しかったら生き抜いてみなさいよ。何に見放されても、強くなろうとしてみなさいよ。『この時代』じゃ、そうでもしないと、生きていけない。……誰も手なんか差し伸べてくれないわ」

 炎がどこからかまた噴出して、屋敷が崩れ落ちてゆく――。


「誰もが自分が生きることで精一杯だもの」


 ――どぅん…………っ!!


 リリカの背後でまた、屋敷が柱を失ってその原型を一つ失った。

 耳が痛い。眩暈がする。……そうだ、まるでいつだったかこっそり飲んだ酒に酔ったときに似ている。

 視界がぐるぐるとまわる。目の前にひとりの娘。背後には炎に包まれる屋敷。

 ばちばちと激発する、激昂する、炎、火炎、強い……強い光――。

 娘の瞳は毅然とした色を湛えていた。一瞬、その網膜に深い色がかかる。

「仕方ないわ、そういう世界にしたのは……私たちなんだから」

 吐き気が胸をつんざく。口の中がすっぱい。体がこんなにも冷たくなったことなど、今までにあったろうか。

 緋色の娘の肩越しに、夜空が見えた。かすむ星の数々。一際大きく輝く天使星。ここまで輝くというのか、目が眩む。

 意識がぼうっとする。体の感覚が、欠落していく。そんな自分を驚くほど客観的に捉える自分がいる。


「……それでも、あなたは生きたいと思う?」


 ああ、このひとは月だ。

 あかい、あかい、月だ。

 夜空の暗がりで目が眩むほどに輝く。


「生きたいなら、自分の足で立ちなさい」


 声は幾度となく頭の中に響き渡った。ぴりぴりと小さな衝撃が走る。

「ぁ…………」

 リリカは、呆然とした様子で自らの手を見つめた。

 土で汚れた手。普段の清楚な様子など見る影すらない。

 しかし――それでも、と……。

 悔しさだけが、こみあげてくるのだ。

 目の前の紅い娘よりも弱い自分。

 自分は強いのだとずっと思っていた。そう信じていた。

 しかし、それは単なる思い込みであって、……彼女はただ流れに身を任せて漂っていただけなのだ。

 だから、その流れが夢のように消えてしまえば、夢から覚めた後の現実に、崩れ落ちるしかない。

 そんなのは……そんなのは、


 悔しすぎる――。


 胸をかきむしりたくなるほどの戦慄が、神経をびりびりと湧き立たせる。

 ぎゅっと瞳を閉じると、涙が散っていくのがわかった。

 すっかり感覚を失っていた足に力を込める。

 手を地面について、歯を食いしばった。体中が痛い。くらくらする。平衡感覚など、とうに失せている。

「生きたい?」

 小さな声なのに、強い音だった。

 それは体中を震わすには十分で、……そして体をまた一つ、熱くする。

 心がえぐられるような苦しみが胸をつんざいても、目を剥いて、その橙色の瞳を見上げた。

「ぁたしは――」

 背中に燃える熱い炎、目の前に佇む海の色、暑いのだか寒いのだかもわからない。

「あたしは――」

 いつの間に切れたのだろうか、口の中に血の味が滲んでいる。

 少女は身を振り絞るようにして、声を紡いだ。


「生きたい……!」


 一瞬、緋色の娘が、微笑んだ気がした。


 しかしそれは結局確かめる暇もなくて。

 どぅっ、と爆風が背中を押して前へつんのめり、また肩から芝生に叩きつけられる。

 体中に浸透する衝撃に、咳き込みながら顔だけで前を見上げると――、


 まるで夢のように、あの小さな姿は夜に消えていたのだった。

 そこにあるのは、月の下に佇む岬の情景。

 大きな月がぽっかりと天上で輝き、その下には星々、そして海、地との境界線、樹、草、……自分の手。

 ――それは、紛れもない、その少女に与えられた現実だった。

 真実などどうなっているかわからない。しかし少女の網膜に映り、少女の感知できる世界は、この変わらぬ情景……。

「…………――」

 唇で、何かを紡ごうとした。

 しかし、一人でそんなことをしても、返る言葉はないに決まっている。

 視界が、まだぐるぐるまわっているように感じられた。酷く頭痛がする。きしむ体を無理矢理起こして、こめかみに触れた。

 今、自分が見ていたのは、幻覚だったのだろうか。

 あの炎のような瞳、紅い月。裂けたドレスから覗くしなやかな足が、鮮烈な赤によく映えて。

「……ピュ、……ラ……?」

 確かそんな風に呼ばれていたか、あの娘は。

 乱れの一つも見せずに毅然と立ってみせていた、誰に負けることもないであろう娘。

 人はあんなにも強い瞳をするのかと、初めて、知った……。


 夢ではないのだろう。


 今ここにあるのが、全ての現実なのだから。

 あの紅い娘はいたのだ。どんな風の中でも生きる為に立っていたのだ。


 ――誰もが自分が生きることで精一杯だもの。


 もし、それが彼女の言うとおりだったとするなら。

 そうだとするなら――誰も手を差し伸べてくれないのだったら。


 その現実の中で強くあるしかないのだと、そう思った。


 立とう。

 そう思って、乱れる髪をかきあげながら上体を起こす。

 色んな箇所を酷く打ったから、既にどこがどう痛いのかもよくわからなかった。

 今の自分はどんな顔をしているだろうか。

 醜く見えるだろうか。それとも――

 あの、獣のような少女と同じように気高く、見えるのだろうか――。

 よろけながらも、リリカは立ち上がった。

 足の裏に、踏みしめている大地の感触が妙に強く伝わってくる。

 振り向けば炎の山。そういえば、今いるこの場所は随分その場所から近く――その分危険なのだと、今更に感じ取った。

 しかし、怖くはなかった。

 唇を噛み締める。

「…………いいわ」

 風になぶられた髪が、大きく踊った。

 少女は既に、その殻を突き破って。


「あなたの言うとおりだったら…………あたしは強くなってみせる」


 それは少女の全て……そう、彼女にとっての全ての始まりであった。



 ***



 少々ばかり時間を戻すことになる。

 巻き起こった風が小さな手のまわりを吹き荒れていた。

「精霊よ、久遠の流れに背くものに、永久不変の戒めを……罪深き者を救い、裁定の時を与えたまえ――」

 ぐんっと力がその形をもたげるのがわかる。自分にのしかかるような感触を覚えるその力の塊を、腕を前に突き出すことで前方へと押しやった。

「――精霊の御名において」

 開かれる瞳は澄んだ泉の色。

 その喉から紡がれる言葉は天使の歌声。

 しかしその顔には何処か悲愴な想いがかっているようにも見えて――。


 ――ばうっっ!!


「なっ…………!?」

 驚愕の表情のまま、数名の男が動きを封じられる。

「セルピさん、さがって!」

 クレーブは曲刀を構えたまま前に飛び出した。

 しかしセルピはすぐに次の詠唱に入る。弾む息を落ち着けて、目を細め喉の奥から言葉を紡ぐ。

 その様子に一瞬クレーブは僅かに顔をしかめたが……しかし既に彼にどうにかできる状況ではなくなっていた。


 ダブリス家の家長アテネの指示はたった一つだけ、それでいて有効なものとして下々の者たちに伝わっていたのだった。

 それは……奇襲者の殲滅。彼らによって公にされてしまった事柄を隠すには――まず、侵入者を一人残らず消すことが専決となる。あとは勝手な妄信をするなと他に呼びかければこともなく終えることが出来るだろう。

 元々大量にいる兵士たちに、その指示は的確に作用した。

 先ほどはほぼスイが一人で蹴散らしてしまったのだが……、そんな兵士たちは一転して船の方への攻撃へと走ったのだ。

 瞬時に気付いてセルピがまず応戦し、船員が次々と彼らを食い止めにかかった。

 しかしそれも、テスタとクレーブが戻って来てくれなかったらすぐに破られていたであろう。

 こちらはせいぜい二十名程度なのに対して、向こうは数百の兵。差は歴然としている。

 港にその身を寄せている船を取り囲むようにして襲い掛かる兵士たちに、押されているのはクレーブたちの方だった。

「クレーブさん、まだ出港はできないの……!?」

 セルピが問うと、クレーブは苦渋の表情で頷いてみせた。

「はい、帰りの航路は完全に他の船から見つからない道を通っていかなければなりません。見つかったら元も子もない……。その道を辿れるのは、あと15分後の出港なんです。だからそれまでは持ちこたえないと」

「15分……」

 そういえばまだピュラやスイ、クリュウも戻っていない。時間までに彼らは戻ってくるのか――。

「結構辛いかもね」

 ふっと後ろを向けばテスタが巾着を握り締めながら立っていた。フードから覗く灰色の瞳は強い光を湛えている。

 その手がもたげられると同時に、潮風が突然荒れ、次々と兵士をなぎ倒していった。

「ぼくも少し疲れてきた。あとどれくらい戦えるかな」

 その間にもセルピは咄嗟に飛んできた矢を避け、クレーブは前衛の者へと切り込みにかかる。

 辺りは夜だというのに喧騒に溢れ、そうして炎に燃える屋敷を背景にし――まさに地獄のような情景を醸していた。

 押されているのはこちらの方だ。最初は船を背に陣形をとっていたのだが、今はもうかなり船に近いところまで押されてしまっている。

 テスタはそんな中で、軽く船のタラップに足をかけながらそっと呟いた。

「……そうだね、ここはぼくが残るしかないかもしれない」

 まるでこの混乱には似合わない口調で、テスタは一歩二歩と前にでる。

 そうしてぽん、とセルピの肩を軽く叩いた。

「わっ……?」

 驚いて振り向く少女に小さく笑いかける。

「セルピさん。ぼくに力を貸してくれる?」

「ふぇ……?」

「クレーブ」

 いささか大きめな声になって呼べば、今度はクレーブが小さく振り向き――辺りを仲間に任せてこちらに駆けてきた。

 そのまま三人で一度船の中に飛び込む。

「親方、どうするんで?」

 荒い呼吸で肩を揺らしながら問うクレーブに、テスタは船の外に視線をやった。

「予想外に敵の人数が多いです。この分じゃ、あと数分で全滅の可能性も……」

「うーん、一つだけ策があるよ」

 ぽん、と手を軽く打って小首を傾げてみせる。

「一度やってみたかったんだよね。うん、ぼくの力で――この船の幻影を作ってみせるよ」

『はい?』

 クレーブとセルピの声がはもる。

 テスタはこの後に及んで相変わらずののんびりとした笑顔を浮かべていた。

「なんとかなると思うんだ。ぼくがここに残ってこの船の幻影を作る。それでクレーブはここから出港してスイさんたちを拾って暗がりで待機、時間になったらそのままレムゾンジーナへ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」

 流石に慌てた様子でクレーブが止めにかかる。

「親方は一体その後どうするんで!?」

「歩いて帰ろうかな。健康にもよさそうだし」

「駄目ですよ! 大体そんな大掛かりな魔法……」

「うん、それでセルピさんに一緒に残ってもらおうと思って」

「ぼ、ボクっ?」

 突然自分の名前がでてきて驚いたセルピが、自分を指差しながら目を丸くする。

「ぼくが魔法を使ってる間、集中して無防備になるから、その間にぼくに気付いた敵をなんとかしてもらいたいんだ。できそうかな?」

「う……うん、できると思うけど……」

「んなっ、親方! そりゃちょっと無茶がすぎますよ! それだったら今すぐに無茶を承知で出港した方が……」

「クレーブ、忘れた?」

「はい?」

 テスタのやわらかい笑顔が一層深まり、灰色の瞳は更に陰を含んで――、

「ぼくたちの最優先事項は、無事に奪取したものを運ぶこと、それと……スイさんを無事に連れて帰ることだよ」

 更に言葉が続く。

「言い換えれば、それさえこなせれば、他にどんな犠牲を払おうと構わない」

「…………」

 ごくりとクレーブの喉が鳴る。

「そのくらいしなきゃ世界は動かないんだね。うーん、難しいよ」

 テスタはそう笑ってみせ、立ち上がった。

 灰色の瞳は夜を映しこんで、黒に近い色を湛えている。

「だから、まずは規定時刻でここを出港すること、それからスイさんを連れていくこと。それさえ出来れば後はなんとかなるよ」

 分かった?、とテスタはまた小首をかしげてみせた。

 クレーブは半ば呆然としてそんな彼を見上げる。

「大丈夫だよ、ぼくもこんなところで死にたくはないし」

 言いながらテスタはセルピへと視線を向けた。セルピもまた、口を固く引き結んでこくりと頷く。

「ボクも……ボクで役にたつなら、なんだってするよ」

「うん、ありがとう」


 決まってしまえば後は早かった。

 テスタとセルピが人の影を縫って際の茂みに隠れる。

「全員退避!!」

 クレーブの太い声が辺りに響き渡り、戦っていた船員たちは瞬く間に船へと乗り込んだ。

 茂みに隠れるテスタの姿に気付いた兵士は、セルピが片っ端から気力を振り絞って封印していく。

 この混乱の中だから、身動きが取れなくなるとその兵士は瞬く間に他の兵士に押されて無様に転がっていった。

 テスタはその喧騒から全てを遮断し、詠唱に入る。巾着に入った宝石が熱を持ち、辺りの風向きが一気に変わっていく――。

「…………雲だ」

 セルピはその空の向こうから来る大きな雲に気付いていた。

 そういえば、先ほどテスタが嵐がくると言っていたか――。

 ぶぅんっ、と力が跳ね上がった。船を取り囲むようにして煌きが一気に伝っていく。

 その瞬間、本物のリベーブル号は出港していた。しかし誰も気付かず、船員たちが退避していった幻の船の中へと兵士たちが入ろうとする。

 幻といえど、その宝石が放つ力は並大抵のものではない。感触もあれば、中に入ることさえ出来る。

 大量の兵士たちは次々と船の中へと雪崩れ込んでいった。

 あとはテスタの気力の勝負だ。敵の意識をここに集中しておけば、リベーブル号は規定の時間まで少し離れたところで待機することができる。

「……クレーブ、ぼくたちの船をよろしくね」

 テスタはふわっと微笑むと、またその手の力を一層強くした。



 ***



「スイさんっっ!!」

 スイとクリュウは足をとめて塀の向こうに目をやった。

 その高い塀の上に、人影。

 思わず剣の柄に手をかけるが――人影は見慣れた赤いバンダナを頭に巻いていた。

「こちらっす! 着いてきてくだせえ!」

 どうやらテスタの船の船員らしい。

「予定変更らしいんっす。船はもうそこにつけてあるんで、急いでこっちへ!」

 スイとクリュウがお互い、顔を見合わせる。

「ま、待って、ピュラがまだ向こうに……」

 しかし、それは杞憂に終わったようだった。

「私がどうかした?」

「わ、わあっ!」

「バカッ、大声だしたら見つかるかもしれないでしょっ!」

「もう終わったのか?」

「ええ、まあね」

 ピュラはそっけなく返す。

 すぐにあの場所から飛んできたからか流石に息を弾ませて、彼女は塀の上の青年を見上げた。

「よし、と。そっちに行けばいいのね?」

「へい! 急いでくだせえ!」

「じゃ、行きましょっか」

 クリュウは頷くと両腕を前にかざして塀を一部分魔法で吹き飛ばす。

「暗いんで気をつけてくだせえ」

 船員はほぼ月明かりだけの道だというのに素早い動きで走り出した。

 ピュラたちもそれに続く。

「……ピュラ」

「なに?」

 ピュラはスイが呼び止めたのにふと視線を横にやった。

「どうしてあの娘を助けようとしたんだ?」

「別に助けちゃいないわよ。最後は放ってきたし」

 まるでそっけない口調。

 辺りは暗く、お互いにどんな顔をしているのかもよくわからなかった。

「でもね、ただ……」

 既に船は目の前にあった。タラップをかける時間さえ惜しんでいるのか、ロープが一本張ってあるだけだ。

 ピュラはそんな大きな陰を前に、小さく笑って言った。

「あの子、スラム街に投げ出されたばかりの私と良く似た表情してたから、ね」

 僅かに沈黙がおちる。

 スイは、ゆっくりと、静かに返した。

「……そうか」

 やはり、スイがどんな顔をしているのか、ピュラには全くわからなかった。



「予定時刻丁度。リベーブル号、発進!」

 いつになく緊張した面持ちで、クレーブは全内放送の伝声管に声をぶつけた。

 しかしテスタがいないという状況は、少なからず他の船員たちの指揮をそいでいる。先ほどの発進のときに、状況をなるべく言葉を選んで説明したつもりだったが、……やはり動揺は避けられなかったようだった。

 しかしとりあえず、最低の目的は果たしたのだ。現在、この船の船底には大きな荷物が吊られている。

 地下へと潜ったテスタとクレーブは、まず兵器が置いてあった部屋だけを魔法で守りつつ、一度目の爆破で他の壁を全て吹き飛ばした。

 そのまま泡に包まれるような形で部屋ごと海へと進み、部屋を『箱』の代わりとしてロープで船の底にくくったのだ。

 部屋はそこまで大きくもなかったから、なんとかこの船にくくりつけることが出来た。

 しかし、テスタの力もなしにこの大荷物を背負ってレムゾンジーナに戻るというのは……考えるだけで気が滅入る。

 船底の荷物に岩が当たらないように細心の注意を払わなければいけいないし、いざというときのテスタの魔法もない。

「これから5日間……寝られないかも…………」

 舵を握りながらクレーブは深い深い溜め息を漏らした。

 現にテスタのことも心配だ。それから彼が連れて行ったあの少女のことも――。

「おつかれさま」

 ふっと視線を流すと、ピュラにスイ、クリュウが立っていた。

 恐らく甲板に下りてからそのまま来たのだろう、ピュラは未だドレスのままだ。

「あら、どうしたの? テスタがいないじゃない」

「はい、ついでにセルピっていう嬢ちゃんもいないんですよ……」

 クレーブはずるずると重たい声で呟く。

「セルピが?」

 一転して怪訝な顔になったピュラたちに、クレーブは思わずぐしゃぐしゃと頭をかいた。

 どこからどう説明していいのか、……もはや考える気力もなかった。



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