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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
三.秋の風を聞きながら
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036.昇る陽を浴びて



 朝は、快晴だった。

 閉鎖的なウッドカーツ家の政治により、文明もそこまで発展していないこの時代の自然は美しく、空は何処までも青い。

 まるで仰いだ瞬間に目を細めるような―――。

 森の大陸とも呼ばれるイザナンフィ大陸は、その豊かな土地と自然の中に人と動物、そして魔物までが共存するような場所だ。

 いくつもの民族が独特の風習を持って暮らしていると聞くが、実際にどれだけの民族や村があるのか正確には分かっていない。

 否、分かっていないというよりも分からないといった方が正しいかもしれなかった。

 彼らは自然と共に暮らし、自然に従う。まるで柳のように、決して抗おうともせずにその深い懐に全てを受け入れ、その人口の増減をもあるがままに受け入れる。

 理由があるなら他の民族と交じり合い、また理由があるのなら分かたれる。

 そんな人々が暮らす大陸なのだ。


 ただ、船から見た景色で異色だったのが、そんな緑の大陸の中に赤肌になった部分が見えるということだ。

 この大陸の西の方では港を中心として森が切り開かれ、開拓が続いている。

 上級貴族であり、イザナンフィ大陸を中心にその手を広げるサドロワ家が繁栄の為に行っているらしく、その開拓工事の働き手に幾人もの出稼ぎ者が入ってきているという。

 ―そういえば、東の海に面した自由都市カラノアがそんな開拓に反対行動を起こしていたか。

 ピュラはそんなことを考えながら、船の縁から近付く大陸を眺めていた。


 船に乗ってから、三日目の朝。

 あれから散々フェイズに当り散らして、おこぼれを軽くクリュウやセルピ、スイに向けつつ、なんとかピュラは機嫌を取り戻しつつあった。

 しかしまだおかしな感情が残ったままだ。フェイズに対する、何かの違う気持ち――。

 ――だが、何にせよ自分には彼と出会った記憶などないということは確かだった。

 きっと、次に道を違えればもう二度と会うこともないだろう。

 彼と再会したのも偶然だったのだ。偶然は偶然であって、そう何度も起こるものではない。

 そう、それが本当に『偶然』だったのなら――。



 ***



 船が大きく汽笛をあげ、乗客に船の到着を知らせる。

 すっかり秋に色付いた風は心地良く、潮の香りを乗せて旅人たちを大陸へ誘いかけているようだった。

 港町ネストは出稼ぎ者が多数住み着くお陰で、この大陸にしては随分と大きな町に発展している。

 道には働き盛りの男たちが多数見受けられ、フローリエム大陸とは違う何処か素朴な雰囲気が流れていた。

 ――そんな町の港にて。


「んじゃ、またなー」

「……は?」

 大方の予想を大きく裏切られたピュラは、拍子抜けした。

 相変わらずフェイズは笑顔で手をはらはらと振る。

 ――彼の口からでたのは、突然の別れ。

 この分だときっと彼も旅に勝手についてくるのだと覚悟を決めていただけに、思わず口元に手を当ててしまった。

「どーした? ……ほう、俺に惚れてしまったか。致し方ないな、ならついてくるか?」

「なっ……、けけけ結構よっ! あんたがいなくなってせいせいするわ!」

「フェイズお兄ちゃん、違うところに行くの?」

「うーん、そうだなー」

 フェイズはポケットに手をつっこんだままそう言って、遠くの海の波間に目を細める。

「ま、腐れ縁でいつかまた会うだろうからさ。その時を楽しみにしといてくれよ」

「何が腐れ縁よっ! 私は非科学的なことは信じないっていってたでしょ!」

「あっはっは、二度あることは三度あるのだぞ。じゃ、俺はもう行くな」

 最後までフェイズは変わらぬ笑みを振りまきながら、ピュラたちと分かたれた。


「あーよかった。いらつくのがいなくて本当にすがすがしいわー」

「また会えるといいねっ!」

「冗談じゃないわよ。あんなのといたらこっちの気が狂うわ」

「えへへ……。ね、そろそろボクたちも行こうよ」

「そーね、次の船の時間を調べないと……」

 そう言って歩き出そうとしたピュラを、スイが呼び止めた。

「ピュラ」

「なに?」

「残金は大丈夫なのか?」

「えぇ?」

「あ、そういえば、随分ギルドの仕事やってないよね」

 クリュウが呟くとピュラは首を傾げる。

「だってまさか、あんなお金がもうなくなるなんて……」

 ……。

 ……。

 止まった。

「……あは……あはははは……」

 見事に顔が引きつり笑いになっていく。

 震える手で財布を取り出し、中を開いてみた。

 開いて、しまった。

「……ピス……」

「え?」

「……3200ラピス……」

 奈落の底から聞こえてきそうな声がピュラの口から零れる。

 やっぱりな、という風にスイは肩をすくめた。

 確かに30万ラピスあれば3ヶ月以上余裕で遊んでいられるだろう。

 ――ただし、それは一人旅なら、のことである。

 その上、暖かいふところに甘えてやりたい放題にピュラが金を使ったことも原因の一つにあった。

「って、や、やばいわっ! これじゃ宿代も危ういじゃない! とにかく即日で受けられる仕事を探さなきゃ……」

「船は明日だな」

「ええ、まずはギルドに行かなきゃ。この時間ならもうやってるわよね」

 かくして一行は、港から町の大通りに面したギルドへの道を歩き出した。



 ***



 人も多い、大通りにて。

「わー、あれおいしそーっ。なんだろーね、いいにおい……」

「あなたね、犬じゃないんだからチョロチョロしないのっ! ほら、ちゃんと前見て歩かないと転ぶわよ」

「ふにゃ~でもおもしろそうなのが沢山あるよ~」

 確かにセルピが言うのも一理あった。

 この町はフローリエム大陸から来た旅人たちをディスリエ大陸へと運ぶ中間地点でもあり、旅人も多く立ち寄るのだろう。

 土産物屋が多く並び、独特の彫り物や織物が色とりどりに売られている。

 そしてそんな道に、開拓業者の男たちや作業員らしい群集。

 緑をほぼ刈り取ったこの辺りはどこか淋しくも感じられるが、全ては交じり合ってまた不思議な雰囲気をその場に作っていた。

 そんな町には最近に発明された機械も色々と入ってきているらしく、時折油の匂いが鼻をつく。

 ギルドからの帰り道、4人は食堂に向かっていた。

 正午が近付き、太陽はいよいよ高いところへ昇っていく。

 ――ギルドに行けば、仕事はすぐに見つかった。

 ギルドの仕事によくある話、盗賊団殲滅だ。

 他にも手ごろな仕事はいくつかあったが、あえて一番シンプルなものを選んだ。

 開拓が進む森に住み着いては業者を狙って活動しているらしい盗賊たちを追い払うのみの仕事である。

 盗賊団の規模はなかなか大きいらしいが、このメンバーでいけば何事もなく済ませられるだろう。

「とりあえず早めにお昼食べて、午後から森に入りましょ。まずは食堂で作戦会議よ」

 というわけで、ギルドで貰った地図を片手に4人は大通りを歩いているのだった。

「ボク、イザナンフィに来たの初めてなんだー」

「へえー、私は随分昔に来たことがあるわね。それにしてもその時よりも随分変わったわね、町も広くなったし」

「そのときもおいしそうなものあった?」

「あのねえ、あなたは食べることしか頭にないの?」

 ピュラは溜め息まじりに前を歩いていたセルピの頬を後ろから両手でつまむ。

 ……。

 ……。

 またしても、止まった。

「ふにゃー? にょーしたにょー?」

 頬を掴まれて舌の廻らないセルピが上を向くが、ピュラは目をぱちぱちとさせて……手を離す。

 ……と思ったら、目が本気になっていた。

「あなた、肌の手入れどうしてるっ?」

「にゃ?」

 セルピが、首をかしげた。

「だってこんなにつるつるだし……てかあなたよくよく見ると色白いしっ! 一体どういう体の構造してるのよっ!!」

「えー、なんにもしてないよー」

 しかし確かにセルピの顔はよくよく見ると、まるで旅をしているとは思えないほど色白で綺麗な肌をしている。

 髪も艶のある漆黒で、綺麗に伸びるストレートには癖があるようにも見えない。

 ふと、ピュラは思う。

 ――もしかすると、この少女はあと3、4年も経てば相当な美女になるのではないか――。

「で、でもその顔でもこの性格じゃ変な男にたぶらかされるわっ! だめよ、そんなの誰がお守りするのよーーっ!」

「ぴ、ピュラ、頭の中は大丈夫?」

 クリュウは笑みを引きつらせながら頭をぶんぶん振るピュラに言ってやった。

 対してセルピはにこにこ笑ったまま、黒髪を揺らせて首を傾げる。

「ピュラー、ボクおなか減ったよ。早く行こう?」

「え、ええ……」

 服の裾を掴むセルピにピュラはよろよろと歩き出した。

「大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわ……」

「そうか」

「なによっ、こんなか弱い乙女が人生の壁にぶち当たってる時にねぎらいの一つもかけないっていうの!?」

「ああ、大事にな」

 ピュラはげっそりとした。

 溜め息を一つついて道の遠くに目を向ける。

 行き交う人の流れの中を見ていると……ふと、とある一人の男が目に留まった。

 さらさらと風になびく金髪、空色の優しげな瞳にすらりとした長身――。

 非の打ち所がないような、20歳を少し越えたくらいの男だ。

(わ、かっこいい……)

 その男は灰色のマントを翻して――買い物を済ませた後だったのだろうか? ――こちらへと歩いてくる。

 風の中を颯爽と歩く姿は、何処にも欠点など見受けられなかった。

(世の中いるのねー、こういう人)

 しかしピュラには男に声をかける気もおきなかった。元々そういうことはしない性質だったし、単に目に留まったというだけで他がどうということでもないのだ。

 こちらも大通りを歩いていくと、みるみる向こうと距離が近付き、すれ違う。

 ピュラがそのまま歩いていこうとした瞬間、ふと後ろの気配が立ち止まったのに気付いた。

「スイ、どうかしたの?」

 振り向けば、スイが二、三歩離れたところで立ち止まって振り向いている。


 そしてまた、すれ違った金髪の男も立ち止まって、振り返っていた。


 スイの海の瞳と、男の空の瞳が交差する。


 まるで一瞬、時が止まったかのようなその時間――。


 そして数秒後、男は手をぽん、と叩いて笑った。

「スイ?」

 口からでたのは、彼の名前。

「スイじゃないですか」

 その容姿に見合った柔らかな声よりも、ピュラは彼が紡いだセリフに目を見開く。

「ハルか」

「知り合いなの?」

「……ああ」

「スイの知り合い……?」

 どうやらクリュウも初めて彼に会ったらしく、目を丸くさせている。

 そんな彼らに金髪の男はにこりと笑って近付いてきた。

「久しぶりですね、元気にしていましたか?」

「ああ」

 笑顔の男と、いつも通りのそっけないスイの対応。

 まさかあのスイが、このような男と知り合いだとは夢にも思わなかったピュラは、二人の顔を交互に見やるばかりだ。

 その男はピュラを見て、クリュウを見て、そして最後にセルピの顔を見て目を僅かに細め、首をかしげた。

「連れのみなさんですか?」

「え、ええまぁ……」

 明るい空色の瞳に見つめられて、ピュラは生返事を返す。

 すると金髪の男は髪を風になびかせながら、左胸に手を当て、まるで騎士のように頭を下げた。


 それはピュラたちへの初対面の挨拶でもあり、――そして、古い友人への再開の挨拶でもあった。


「これは失礼しました。私はハルリオ、スイとは古い友人です。どうぞお気軽にハルとお呼び下さい」



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