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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
二.荒野の果てに
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020.荒野の屋敷



 進路は南。頼れるのは磁石のみだ。

 しかし別段に不安があることもなく、一行は着々と日数を重ねていた。

「もう15日ね」

 ピュラはまだ続く地平線を眺めながら呟く。

 町が見えなくなれば、荒野はどこを見ても空と地しかなくなる。

 それはこの世界がまだ何もなかった時――、天と地しかなかった時代と同じ光景だ。

 ぽつぽつと草が生えてはいるが、乾季の砂ですっかり色あせてしまっていた。

「本当にあと6日でつくのかしら」

「えー、一生こんなところはやだよ~」

「スイがいるから平気よ。一度通ったんでしょ?」

「……」

 無言のスイに、ピュラが怪訝そうな顔をする。

「一度通ったんでしょ、スイ?」

「通ったことは通ったが」

「……え?」

 スイは、遠い地平線の先へと眼を向けた。

「あの時は途中で迷ったから、どういう道で行ったのかわからない」

 ピュラはこけた。

「あ、あんたって方向オンチ……?」

「途中で磁石をなくしただけだ」

「……よく生きて帰れたわね」

「そうだな」

 淡々と語ってはいるものの、こんな場所でどちらがどちらかも分からなくなってしまったなんてことになったら、はっきりいって、想像を絶する恐怖だ。

 本当にこの男の中身はどうなっているのかとピュラは思う。

「いつか頭の中を解剖してやりたいわ……」

「ピュラ、なんだかすごく物騒なこと考えてない?」

「クリュウはちっちゃすぎて解剖は無理ね」

「あのねぇ……」

「そろそろお腹減ったね~」

「そうね、もうすぐお昼だし……、ちょっと早いけど、あの樹のところで一休みしましょうか」

「うんっ!」

 セルピは旅の疲れを知らないのか、元気良くぱたぱたと樹に向かって走り始めた。

「ふう、よくあんなに走れるわね……」

「ピュラー! はやくーっ!」

「はいはい、ちょっとは待ちなさいよ」

 そう返しながらも、ピュラは若干足を速めていた。何故なら、その樹から先はまだ草原らしい風景が広がっていたからである。

「乾季なのに草原が残ってるんだね」

 クリュウがつい、と空の一際高いところを飛んでその草原を見渡す。

 範囲は狭いが、そこには緑と命があることが身に染みて感じられた。思わず表情もほころぶ。

 そして、更にクリュウは目を引くものを見つけていた。

「あれ……、川がある」

「は?」

「川があるよ!」

 言うが早くクリュウは空からピュラたちの元へ戻ってきて、ぱたぱたと羽根を動かす。

「小さいけどちゃんと流れてるみたいだよ」

「へえ、川なんてあるのね。スイ、地図確認してくれる?」

「ああ」

 スイは持っていたズタ袋の中から地図を取り出して広げる。

「――レイユ川だな」

 横からピュラも地図を覗いた。

「へえ、結構大きな川じゃない。あ、今は乾季だから小さくなってるのね」

 川があるなら、近くに草原があるのも頷ける。

「よし、ここはゆっくり休みましょ」

「はーやーくー!」

「はーいはい」

 既にかなり離れた遠くまで走っていたセルピにせかされて、ピュラはまた足を速めた。

 陽は、そろそろ一番高い場所に昇ろうとしていた。



 ***



 草木があるだけで、風は心地良く感じられる。

 流れ行く雲に目を細め、風に乗ってそよぐ草木の音に心がくすぐられる。

 辛いことが多いけれど、だからこそ、旅はいいものだと思う。

 といっても、彼女には定住できる場所が――帰る場所が、ないのだけれども――。

 いつ食糧難に襲われるかもわからない故に満腹までに食べることは出来なくとも、やはり食事の後は充足感が柔らかく染み出してくる。

 この辺りは草原だからか、どこからか小鳥の囀りも聞こえてきた。

「のどかねー」

 ピュラは草むらに身を投げ出して、樹の葉の合間から零れる日差しに目を細める。

「お昼寝したいねー」

「それは名案ね。そういうことでスイ、クリュウ、見張りは頼んだわよ」

「ちょ……、ってそんなー!」

「ではおやすみなさい、良い夢を」

 そう言うが早く、ピュラは目を閉じてしまった。

 セルピも恐るべき速さですぴすぴと眠りにつく。

「……」

 クリュウはその二人を暫し呆然と見つめ、げっそりしながらスイの横まで飛んでいった。

「スイー……」

「仕方ないな」

「はあ……」

 肩をがっくりと落としてクリュウは空を見上げた。

 何処までも青い空が続いている。荒野の果てまで、何処までも――。

「――あれ?」

 クリュウはふと、その果ての近くにある影を見つけた。

「スイ、あそこに影がない?」

「あるな」

「なんだろう……建物みたいだけど」

「戦争中に使われた砦だろうな。300年程度なら残っていてもおかしくはない」

「そっか……。ここは最後の戦地だもんね」

 今座っているこの地で、無数の人々が血を流し、死んでいったのだ。

 ただ、それは何処の地でも同じことだ。300年前までは至る場所で戦争が勃発し、世界が戦乱に包まれていたというのだから……。

 その死と犠牲と、それぞれの物語――、その上に旅人たちは立ち、歩んでいくのだ。

 今も、そしてこれからも――。

 スイもクリュウも、やわらかな木漏れ日を浴びながら、ぼんやりとそんな先を見つめていた。



 ***



「おい、起きろ」

 声とともに、肩がゆすぶられる。

「なによ、もうちょっとくらい寝かせなさいよ……」

 目を開けぬまま顔をしかめ、ごそごそと身じろぎをする。

「起きないと、危ないぞ」

「はあ……?」

 更にゆすぶられて、ピュラはやっと目を少しだけ開けた。


 ――――ざしゅっっ!!


「……は、」

 血が踊るように空を舞い、どさり、と目の前に倒れる魔物――、

「な……っ!」

「襲撃だ」

 ちゃき、と剣を鳴らせてスイが呟いた。

「ちょっと……っ! それを早く言いなさいよ!」

「セルピを頼む」

 スイはそれだけ言って、魔物の群れに飛び込んでいく。

 よくよく見ると、かなりの魔物が近辺にむらがっていた。

 おそらく、数少ない草原には魔物も集まっているのだろう。

 注意力が散漫になっていたとピュラは唇を噛んで横のセルピを見る。

 ……セルピは相変わらずの至福の笑みを湛えたまま、眠っていた。

 このねぼすけはこのまま永久に眠らせてやろうかとも思ったが、さすがにそうもいかない。

「セルピ!! 魔物の襲撃よ、起きなさいっ!」

 言いながら彼女の胸倉を引っ張り上げる。

「はにゃー?」

「はにゃーじゃないのっ! 起きないと魔物に食べられるわよっ!」

「おいしそー……」


 ――ぱちぃぃんっっ!!!


 ……一瞬、魔物がたじろいだ。


 ……クリュウも、たじろいだ。


 ……音で、大地が揺れた気が、した。


 ……スイだけが、黙々と手を休めなかった。


 時すら凍らせるピュラの平手打ちの一発で、セルピは一気に目覚めた。

「う、うにゃ? あれ、なんで魔物が……」

 何故かひりひりする頬を押さえてセルピは首を傾げる。

「あんたが寝てる間に襲ってきたのよっ。私がいなかったらあなたは今頃魔物のお腹の中よ!」

「うわ~、たいへん……」

「いいからとっとと魔法使いなさいよ魔法!!」

「あ、うん」

 そしてセルピは詠唱に入るのだった――。



 ***



 数分後。

 ピュラたちは、走っていた。

 本気で、走っていた。

「あーもうっ! なんでこうなるのよー!!」

 走りながらピュラが最大級のいらつきを露にする。

 先ほどの魔法で魔物たちの動きを封印したのは、いい。

 しかし、ここは見渡す限りの平野。

 封印された10分程度で離れたくらいでは、姿も見えるし、魔物の足ではすぐ追いつかれてしまう。

 その上、封印している隙に殺そうとしても――、

『あのね、封印すると結界が張られてその魔物に触れられなくなっちゃうんだよ』

 にこにこといってくれたセルピを、ピュラはその場で絞めた。

 ……クリュウに途中で止められたが。

 魔物の数はかなり多い。ピュラたちならどうにかできないわけでもないが、ここで疲労や怪我をうけると後々厳しくなってくる。

 旅というものは、積み重ねが響くものなのだ。

 ……というわけで、一行は荒野を走っていた。

 とりあえず草原を抜けるまで。草原を抜けて遠くに行けば、水のある草原を離れることを嫌がる魔物も諦めるだろう。

「あら、あれなにかしら?」

 ピュラは走りながら遠くにある影に目を細めた。

 その影はゆっくりと全貌を明らかにする。

 魔物避けの柵で辺りを覆われた大きな建物――。

「あれ……砦じゃ、ない……?」

 クリュウが呟く。先ほど、スイと砦だと話していた建物は、砦のような角っぽい形をしてはいなかった。

 屋根は綺麗な赤色、煉瓦で出来た気品のある――。

「屋敷……?」

 ピュラふいっと後ろを振り向いた。

 魔物は既に遠い点となってしまっている。もう少し走ればもう大丈夫かもしれない。

「なんであんな場所に屋敷なんかあるのよ……」

 ぼやきつつ、近づいてくる屋敷を観察する。

 かなり古くから建っているように見える屋敷は、その趣を大地に根付かせ、静かにその地に佇んでいた。

 その場から数分走り、ようやく館の門まで辿り着く。

 館の前で、ほとんど魔物が見えなくなっているのを確認してから、ピュラはやっと足を止めた。

「こんな場所に住んでる人なんているのかしら……」

 荒い鼓動を抑えながら、屋敷を見上げる。

 灯りもついていないし、こんな場所に住もうとする人などいるはずもないだろう。

 館はかなり大きいが、頑丈な造りになっていて、未だ崩れる気配はない。

 ピュラはそんな姿を上から下まで観察してから、納得したように頷いた。

「好都合ね。屋根のある場所で寝れるわ」

「え……ここに入るつもり!?」

「一晩泊まるだけよ。そろそろ日も傾いてくるし」

「そんな無用心な……」

「柵もちゃんとはってあるし、魔物は近寄れないでしょ。とにかく中を詮索して、危なくないか確かめなきゃね」

 言うが早く、ピュラは錆び付いた門を少し開いて、するりと中に入った。

 庭などはないものの、頑丈な屋敷は中もあまり破損していなさそうだ。

「ほら、早く来なさいよ」

「あーもう何が起きても知らないよ……」

 クリュウが渋々中に入ると、それにスイとセルピが続く。

「人の気配はないな」

 スイが注意深く辺りを見回しながら言う。

 ピュラも周囲に気をつけながら、館の扉に手をかけた。

「あけるわよ」


 ――ぎぃぃぃ……


 中を覗いて見ると、整った内装が目に飛び込んできた。

 簡単に掃除がしてあって、埃が溜まっている様子はない。

 しかし、人が住んでいる気配もなく、部屋は閑散としていた。

「何かしら……気味悪いわね」

「にゅー……お化け?」

「入るわよ」

 ピュラは僅かに開いた扉から、中に足を踏み込む。

「スイたちは扉の外で待ってて」

「ああ」

 そう言って、ピュラは歩き出す――。


「きゃあっっっ!!」


 ぱりぃぃんっっ!!


 ピュラたちの肩が、飛び上がった。

 スイが剣に手をかけ、ピュラも足を一歩ひいて構えをとる。

 そうして瞬時に音がした部屋の片隅に視線を投げかけ――、


 全員が全員、止まった。


 その場所は、丁度別の部屋へ繋がる扉の前。

 甲高い悲鳴をあげ、腰が抜けたのか、ぺたんとその場に座り込んで、怯えた表情でピュラたちを見る、


 ……少女。


「……あ……?」

 ピュラが間の抜けた声をあげる。

 先ほどの音は、おそらく驚いて落としたのだろう、……皿が割れて彼女の周りに飛び散っていた。

 蜜色の髪を腰まで伸ばした、柔らかな雰囲気の可愛らしい少女、だ。

 震える瞳で少女はピュラたちを見上げている。

 そのままみっちり数十秒たってから、やっと顔に手をあてたまま、少女は生贄にされる寸前のような表情と声で言った。


「ど、どちらさまですか……?」


 誰一人として、その問に答えられる者はいなかった。



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