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Bitter Orange, in the Blaze.  作者: 紅崎ナヤ
二.荒野の果てに
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019.夕日落ちるとき



 もう夏も終わりが近かった。

 静かに気温がその熱を落としてきているのが旅人には良く分かる。

 ――大荒野リ・ルーの旅は、順調に進んでいた。

「わあ、もう町があんなに遠い」

 セルピが後ろを振り向いて小さな歓声をあげる。

「これで町が見えなくなったら、本当に見渡す限り大平原の真っ只中になっちゃうのよね」

 何処までも続く地平線を眺めながらピュラが呟く。

 のどかな土地だ。何処かで鳥の囀りが響き、青空は澄み渡っている。

 女将の言っていた、危険な何か――魔物と彼女は言っていたが――は影も形も見えないし、この風景にそんなことがあるとは、とても思えない。

「あーあ、このまま何もなければいいんだけどね」

 土の剥きでた大地は乾燥して、風が吹くごとに砂が舞う。

 だが、歩きやすいことは確かだ。起伏が無いに等しいお陰で足への負担が少ない。

 一向の足取りは鈍ることもせず、そのままその日の夜を迎えようとしていた。



 ***



「魔物も少ないんだね」

「乾季だからな」

 もう夕刻か、荒野の果ての地平線へ夕日が沈み、影が遠く伸びていく。

 荒野にはぽつぽつと申し訳ない程度に細い樹があり、旅人たちのささやかな休息の場として利用されていた。

 彼女たちが選んだ樹も、それまでに何人もの旅人を迎えた形跡がある。焚き火の跡や、――落としていったのだろうか、布のような切れ端などが見受けられた。

「ちょっと辺りを見てみるね」

 クリュウはそう言って高く飛び上がって、辺りをぐるりと見回した。

 離れた場所に草食動物の群れがあるが、危険な魔物などはいない。

「何かいた?」

「ううん、危険はなさそう。ただ、ちょっと向こうに動物が」

 ぴくり、と彼女の耳が動く。

「動物、というと?」

「え? 多分あれはシカの仲間だと思うんだけど……」

「スイ、行くわよ」

「にゃっ?」

「セルピはクリュウと待ってなさい」

「え、なにしにいくのー?」

「いいから寝てなさいっ」

 セルピは毛布を頭からかけられた。ちなみにまだ夕刻である。

「ピュ、ピュラ……まさか」

「当たり前じゃない、ハンティングよ。あ~血が騒ぐわ~」

「何の血が……」

「妖精には到底分からないのよっ! それに食料は節約しなきゃいけないでしょっ。んでどっちの方向にいるの?」

「え、南東の方だったけど……」

「よしスイ、行くわよ! クリュウはセルピをお願いね」

 ピュラは言うが早く、スイのマントを掴んで引きずっていった。



 ***



「お、いたいたっ!」

「大きいな」

 荒野に僅かに生え残った草に身を隠しながら、ピュラとスイは獲物の姿をその目に捕らえる。

 乾季の僅かな食料を食べているのは、クリュウの言った通り、シカにも似た大振りの茶色い獣だった。

 ピュラの橙色の瞳がさかんに燃え、口元が怪しく笑う。

「ふふ、今日の晩御飯はあれね……」

 本当はセルピに封印魔法を使わせて仕留めたかったが、あの幼い瞳にこの獣が仕留められ解体されていく様子を見せるのは少々酷かと思い、置いてきた。

 クリュウも、魔法を使われたらそれこそ肉も残らず木っ端微塵にしてしまいそうなので、これも却下だ。

 残るはスイ。少し獲物は大きいが、二人でやればなんとかなるだろう。

 ……と、思っていた。

 髪をかきあげて、拳を握る。

「さて、どうやって仕留めましょうか」

「落とし穴」

 スイの頬に、ビンタマークがくっきりと浮かんだ。

「馬鹿ねッ!! こんな広大な荒野の何処に穴を作るっていうのよ!」

 ちなみに草むらだとはいえ、ここまで騒げば耳の良い獣たちにはすぐに察知されるが――、まだ彼らも無害だと思っているらしく、無視して平然と草を食べ続けるのみである。

「俺たちが掘るんじゃなくて、」

 スイは立ち上がって辺りを見回し、しばらくするとふと何かを見つけたのかその方向へ歩いていく。

 そして、すらりと剣を抜き、その切っ先を大地に向けて――。


 ――ざしゅっっ!!


 ――ばらばらばらっっ!


「……え、」

 ピュラの目が、点になった。

 スイが剣をつきたてた場所には人が一人入れる程度の穴が開いていたのだ。辺りの土が一気に中に流れ込んでいく。

「ちょっ……! 一体どういう……」


 ―――ざんっっ!!


 スイは何も言わずにもう一度その穴に剣を突き刺す。音からして、何かを斬ったのだろうか?

「何? 何やってるの?」

「これは大サソリの穴だ」

「は?」

「大サソリは土の中に巣を作って暮らす」

「あ、そっか。つまりその巣を見つけて穴にすれば」

 ……ピュラは、止まった。

 確かに、大サソリが土の中で巣を作って暮らすのなら、その場所に剣をつきたてれば土が崩れて穴が出来る。

 だが。しかし。

 中のサソリは……?

 スイはにべもなく剣を穴の中から抜き出した。

 ――横にいた娘の絶叫と共に。

「いやーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」

 つんざくような悲鳴が遠くまで飛んでいく。

 それは人の胴体の大きさは軽く越しているだろう、巨大な大サソリがスイの剣に突き刺されている惨状。

 黒光りする生々しい体つき、うごうごと揺らめく太くて毛が生えた何本もの足、突き刺さった場所から体液がだらだらと流れる様はグロテスクと呼ばずして何といおうか。

「耳が壊れそうだな」

「いやっ! 早くどっかやってよっ!! 一秒でも早くその物体を私の視界から除去してー!!」

 涙目で後ろを向くピュラにスイは軽く息をついてから、大サソリを一度地面に下ろしてからとどめをさした。

「別にこちらから仕掛けなければ無害な生き物なんだが」

「そういう問題じゃないのっ! こういうことは早く言ってよ!!」

 狩りを始める前から既に肩で呼吸をするピュラは、なるべくサソリの亡骸を見ないようにして、穴を見下ろす。

「結構大きい穴ね……。ここに追い込めば、捕まえられなくとも足は止められるわ」

「その前に、さっきの大きな声で獣……逃げたんじゃないのか?」

「あっ!」

 ピュラは飛び上がって、獣がいた方を振り向いた。

 ――が、獣たちは動じずに草を食べ続けていた。

「神経が太いんだな」

「ある意味馬鹿にされたようでムカつくわ……」

「で、どうする?」

「当たり前じゃない、先手必勝よ」

 ピュラは拳を握って一歩足を前にだす。

「行くわよ」



 ***



 彼らの瞳は、真剣そのものだった。

 ピュラの拳が唸りをあげ、身を翻して逃げ惑う獣を追い立てる。

 そうして、獣が彼女の思う通りの場所へと走っていくのを見て……思わず笑みが走った。


 ――――どすんっっ!!


 ――ざしゅっっ!!


「よしっ! かかったわね!」

 ピュラは盛大にガッツポーズを決める。

 シカのような動物の一頭が、先ほどの穴にかかっていた。

 足をくじいて動けなくなったところですかさずスイの剣の肌が煌く。

 急所を一突き。瞬時に獣は絶命した。

 ピュラが穴まで挑発しながら誘導し、そこにスイの攻撃。

「ふっ……我ながらパーフェクトな作戦ね」

 彼女は髪をかきあげて仕留めた獣に眼を落とす。

 褐色の獣は中々の大きさだ。これで今晩は満腹になるまで晩餐が出来ることだろう。

 しかしそんなピュラの横で、スイは非常に大事な点に気付いていた。

「そうでもなさそうだぞ」

「は?」

 ピュラは振り向いた。

 ――振り向いて、しまった。

「……」

「……」

 そういえば。

 先ほどから、なんだか辺りが賑やかだと思っていたら……。


 ――――ドドドドドドドドドッッ!!


「……え……え……?」

 盛大な地響きと共に、猛然とこちらに向かってくる獣たちの群れ。

「仲間を殺されて怒ったらしいな」

 ピュラは、青ざめた。

 その数は数十頭にもおよぶだろうか。

 砂煙をあげて突進してくる様子は、まるで動く山だ。

 明らかに、このままわが身もかえりみずに襲い掛かってきそうだった。

 そんな大軍に思わずのけぞりながらピュラは叫ぶ。

「ちょっ……き、聞いてないわよこんなに結束力強いなんて!」

「俺も聞いてない」

「いやーーッ! どどどどうするのよ!!」

「どうしようもないな」

「ああもうそこまで来てるしッ!! もうやるしかないじゃないのよーっ!」

「そうだな」

 そして。

 ……そうして。


 壮絶な大乱闘が、幕を開けるのだった……。



 ***



「ピュラたち遅いねぇ……」

「う、うん……」

「なにやってるのかなぁ……」

「ま、まぁ平気だとは……思うんだけど……」

 クリュウは顔をひきつらせながらもそう言う。

 ――それにしては、先ほどからなにやら物騒な悲鳴や地響きが聞こえてくるのだが。

「あ、帰ってきた!」

 遠くに見えた影に、セルピは立ち上がって駆け出していく。

「ピュラ、スイ、おかえりなさいっ! ……あれ?」

 セルピは、二人の顔を見たとたん、首を傾げる。

「二人とも、どうしたの?」

 そこには、ズタボロになりながらもしっかりさばかれた肉をかついだ二人が、肩を並べていた。

 追いかけてきたクリュウは、正直青ざめた。

「う、うわっ……! 二人とも大丈夫!?」

「ふふふ……超楽勝で笑っちゃうわよ……」

 いつもより3オクターブ程低い声でピュラが笑う。

「え、一頭倒すだけでそんなに傷負ったってこと……?」

「軽く30匹は倒したな」

「はっ!?」

「細かいことはどうでもいいわよっ! とにかく戦ったらお腹減ったわ! とっとと食べるわよ!」

「にゃー、でも傷の手当て……」

「そんなの後回しっ! 私はとっととこの憎き獣の腹をかっさばいて骨の髄まで貪り食ってやらないと気が済まないのよっ!」

 物騒なセリフを並べながらピュラは早速樹の根元まで歩いていって、火を起こしにかかる。

 今にも彼女の怒りだけで炎がつきそうな勢いだった。

「こ、怖い……」

「クリュウ、何か言った?」

「いえ、何も」

 思わず敬語になってクリュウはスイのマントに隠れる。

 何が起きたかは分からないが、彼も触らぬ神にたたりなしという言葉くらいは知っていたのだった。



 ***



 かくして一行は、満足のいく夕飯にあり着くことができた。

 焚き火の灯火と月明かりのみしか光のない荒野は、風も少なく、静かに暗闇が落ちる。

 ぱちぱちと燃える焚き火の音を聞きながら、……既にセルピはピュラの肩にもたれて眠っており、ピュラは肩からずり落ちかけた毛布をそっとかけなおしてやった。

 携帯用の毛布だから、かさが少なく保温性があるともいえない。しかし、そのまま寝るよりもずっと風邪をひく心配はないのだ。

「起きてるのか?」

「ええ」

 焚き火の向こうには、見張り番のスイ。

 ピュラもスイも、傷の方はクリュウの魔法で直してもらっていた。それで疲れたのだろうか、クリュウはスイの横ですやすやと寝息をたてている。

「寝ておかないと明日に響くぞ」

「私だって一人旅長いんだから、そんなにヤワじゃないわ」

 セルピやクリュウを起こさないように、会話は囁きで行われる。

「――随分前から旅してたんだな」

「ええ、10歳からよ」

「その時から一人でか?」

「まさか。その時は連れがいたわ」

 ピュラはふっと笑って視線を空の遠くに彷徨わせた。

 月よりも星よりも、もっともっと遠くの見えぬ果て――。

「スラムにいた私を拾ってくれたのよ。私に龍流拳術を教えてくれた人」

「だから使えるのか」

「ええ、あの人はまだまだだって言ってたけどね。……あなたはいつから旅してるの?」

「3年前の16の時だ」

「あら、今の私と同い年じゃない」

「……そうだな」

 からん、とスイが薪を一つ、焚き火の中に放り込む。

 ピュラの瞳が、同じ色をした炎を映しこんで、ゆらゆらと揺れていた。

「あんたって、ほんとにわからないわね」

「……そうか」

「そうやって認めるところがわからないのよ」

「ああ」

「あのね」

 スイの声をぴしりと仕切るような声がだされる。


「人生は一度きりよ。そんなに達観した気でいないで、もうちょっと楽しみなさいよ」


 ――。


 ――。


「……寝てるの?」

「いや」

「なら返事くらいしなさいよ。かわいくないわね」

「かわいいとは言われたくないが」

「こっちも言いたくないわよ」

 ぷい、とピュラはそっぽを向いて毛布をかぶった。

「全く……もう寝るわ。見張りよろしくね」

「ああ」

 ごそごそという音がしばらくしたが、それが途絶えれば、会話も消える。

 焚き火の音に耳を傾けながら、スイはぼんやりと見える地平線の先を眺めていた。

 その瞳の奥に宿る寂しさは、炎を映しこんでゆらゆらと揺れ続ける。


 まるで、彼の心のように。



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