9.特別な恋
「僕は、リッツ国の隣の、アルベルト国から来たんだ」
アルベルト国は、リッツの3倍はある国土を持つ
国だ。隣り合う国はお互いを牽制するように、
友好的過ぎず、かと言って排他的でもなかった。
「今後の視野を広げるために、1年だけ他国の学生と混
じって生活してみることにしたんだ」
「そう……だったの」
急にウィルが遠く感じる。
最初からウィルにとって、1年だけのつもりの出会い
だった。もし、リリアナとうまくいっていたら
いま、この絶望を味わっていたのはリリアナだっ
た。
ヘレナの顔色はどんどん悪くなる。
もう、ウィルの顔を見ることはできなくなっていた
足元を見るとウィルに貰ったパンプスが見える。
初めておろしたパンプスは、ヘレナにはまだ少しだ
けおとなっぽくて、場違いな場所に歩いてきてしま
った気分だった。
「分かった。あと少しだけなんだね…。
分かったよ…ウィル」
わからないのに、分かったと言う口。
でも…ここで泣いて困らせたくなかった。
ウィルは何と切り出せばよいのか
迷っているようだった。
「ヘレナ…よく聞いて。昨日僕が休んだのは、
この留学の延期を両親と確認するためだ」
——延期。
それは、悲しみをより深くそして先送りする事だ。
震えるながらも冷静なふりをする。
「延期など…始めから決まっていたのだから
守るべきよ」
ヘレナはこれ以上辛い思いをしたくなかった。
明日からは、ウィルと前のように友達として過ごそ
う。そう心に言い聞かせようとしていた。
「ヘレナ…最初は、僕はこの国の学生に混じって日常
を楽しんで、今まできなかった事が出来ればそれで
良かったんだ。」
ウィルは春にヘレナと出会った頃を思い浮かべてい
た。
「ヘレナに恋の相談をして、ウキウキするのも楽しか
った。友達と試合を観戦したり、学園の帰りに寄り
道したり…国が違えば、学園の興味も少し違ってい
たりして…何もかもが新鮮だった」
そこまで話すとウィルは真剣な顔でヘレナを見つめ
た。
「でも…ヘレナは僕にとって、それだけで終わらない
人になっていったんだ」
ウィルは苦しそうな表情でヘレナを見つめた
「今まで、誰かに靴を贈りたいと思ったことは無かっ
た。僕にとって靴を贈る意味は、あなたの意思で僕
のそばに来てほしいという意味だから…」
そんな意味が込められていたなんて。
でも…その言葉の通り、ヘレナはウィルの隣を選ん
だ。
「ヘレナといると、もっと君を知りたくなる。
こんなにいつも隣にいても、いつも新しい君を発見
して、もっと知りたくなる。君の思ってること、感
じたこと全部が僕にとって星が降り注ぐ様な気持に
なったんだ。わかる?」
——わかる。それはヘレナも同じだった。
「こんな出会いが他にあるのか?何度もこんな出会い
が今後もあると君は思う?」
ウィルの瞳は真剣だった。
ヘレナには何も答えられなかった。
自分も同じ様に、今までの二人が感じて過ごしてき
た時間が、ほかの誰かともまた起こるなんて、とて
も思えなかった。
けれど…それを伝えたところで2人にどんな未来が
あるというのだろう。
それはとても淋しい生活だ。
離れてお互いを思い合えるほど、ヘレナは強くなか
った。いつも一緒にいられる愛が欲しかったのだか
ら。
「でも、お互いの住む国は違っていたのだから…
きっとそこまで…なんじや…ない…か、な。」
ヘレナの瞳から涙が溢れ、その涙を隠すように
手で顔を覆う。
急いで立ち上がったウィルは椅子に座ったままの
ヘレナをそっと抱きしめた。
「ヘレナ…君を悲しませたくない。こんな思いをさせ
たくて黙っていたわけではないんだ」
ウィルの顔が歪む。
「ヘレナ、どうか僕から離れないで。こんなに大切に
思っている君の愛を失うなんて考えられない」
ウィルの瞳にも涙が滲んでいた。




