10.見えない未来
ヘレナを家に招くと決めた日から、
どのように話せばよいのか迷ったまま、
その時が来てしまった。
手を繋いで彼女の家をでた時、このまま国へ
連れて帰りたいと思った。
ずっと隠したかったわけではない。
僕たちにはもっと時間が必要で、少しずつ…
ヘレナに合わせて、本当に少しずつ
説明したかったのに…。
ウィルは悩んだ。きっとこの屋敷や使用人をみて
ヘレナは驚くだろう。そして距離を
取るかもしれない。
前日の両親との話合いは、
代理を通してのやりとりとなっていた。
「…留学の延期について、ご両親は反対されておりま
す。
理由としては、お兄様であるスレイド様は相変わら
ず体調が思わしくない様子でして、ウィル様に引き
継ぐ事が最善であると考えておられます」
やはりそうだった。
ウィルは、兄が全てを引き継ぐ事は難しいと考えて
いた。なので少しでも自由を得るために、早めの留
学を提案したのだ。
「他国での生活が充実するほど、帰国がつらくなるこ
とはお分かりかと思います」
使者は、伝言すべき最低限の内容をつげ終わった
ようだ。
「しかし…大切な人を見つけたといったら、両親は
どうするだろうか…?」
ウィルは戸惑うことなく話す。
使者はピクリと反応しつつも、淡々と答えた。
「——それをご両親は考えておられました。
多感な年ごろに出会うものは、この時だから美しい
のだと…その美しさは永遠のものではない。と仰っ
ておられました」
それから、少し言いにくそうに,
帰国されたら婚約者の選定が待っているだろう。
と付け加えたのだ。
ウィルはヘレナ以外を受け入れることなど
到底できないと思った。
とにかく、ヘレナに自分を知ってもらいたい。
その上で離れずにいて欲しいと思った。
その思いも自分で整理できず、今、
目の前でヘレナが泣いている。
「ヘレナ、リッツを離れることになっても…
僕は君を、必ず迎えに来たいと思っている。
ヘレナは、迷惑かな…」
彼女は無言だった。
ヘレナの涙は、いつの間にか静かな涙に変わって、
やがてその涙も止まった。
静寂が二人をつつむ。
紅茶は既に冷めて色も少し褪せてきていた。
このまま、ヘレナを返してしまったら
もう二度と僕に微笑んではくれない気がした。
明日はもう、出会う前のヘレナになってしまうと、
思った。
「ヘレナ。どうしてなにも言ってくれない?
もう顔も見たくない?…」
吐き出すようにやっと出た言葉は、
余裕のない言葉だった。
しばらくして、独り言なようにヘレナが話始めた。
「私が今まで一緒に過ごしたウィルは——
別の人だったのかなぁって…。」
ヘレナの目はまだ下を向いたまま。
「私が好きになったウィルは、普通の人だったの
ただ、分身かと思うくらい私のことよくわかって
た。
それに、私もウィルが喜んでくれることが、なぜか
よくわかったの。でも…」
ヘレナはぐっと、唇を噛んだ。
「……今は…わからなくなった。」
ウィルは、それでもヘレナの手を離さなかった。
ただ…今は、時間だけが過ぎている。
「——ヘレナ、まだ2カ月ある。いやもっと時間をとる
努力をする。
お互い混乱したままで先を急ぐのはやめよう。
今日だって…君と過ごす大切な一日だ。
少しでも良い一日にしないか?」
急ぎ口をついて出た言葉は、彼女の瞳を
輝かせることはなかった。




