78.それからの二人
「ヘレナ様、どうか今日の執務はこれまでに…」
側近の男は困り果てていた。
今日こそ体を、休めて貰わなければ…
ヘレナは、結婚後も王宮でこれまでのように自身の
仕事をしている。
「心配ないわ。王宮内で書類を見ているだけで、
他国へ飛びまわる訳では無いもの」
直接指名を受けていた多数の仕事は、そのまま
つづけることにしていた。
仕事ぶりが評判を呼んだ事と、王妃になっても
職業をもつというスタイルが興味を呼んだのか
依頼は増えるばかりだ。
「それに…また指名が増えたから頑張らなきゃ。
まだ昼間よ?」
ヘレナは気にせず書類に目を通しはじめた。
体を休めて貰うつもりだった側近は慌てて
話しかける。
「し、しかし…王から今日こそお叱りを受けます」
ヘレナを休めさせることは、今の側近にとって
一番重要な任務であった。
妊婦になったヘレナは、ウィルから働く時間を半分
に減らすように言われていたからだ。
ウィルと同じように執務室を持ち仕事をする。
その姿は、アルベルトの貴族女性の意識を変えつつ
あった。
若い令嬢は、ヘレナのように国外で学ぶものも
出て来て、貴族子息も自然と意識の変換の時期が
来ていた。
懐妊が国中に知らされ、さすがに休養にはいると
皆が思っていたにも関わらず、ヘレナは変わらず
仕事をしていた。
「体調に変化が無いので、もう少しやってみるわ」
その、もう少しは一体いつまでのことなのか、
ウィルや前国王夫妻も少し気になり始めていた。
「ほおっておいたら、ヘレナは夜中まで仕事しよう
とするから…」
先日、初めて依頼されたマーベラス侯爵家の
書類に興味が湧いたらしく、夕食後も執務室に
籠もっている所を見つけて急いで休ませた。
「だって、せっかく直接依頼が沢山貰えるよう
になったのに……」
何がそんなに気になったのかと、ヘレナの手元の
資料を見ると、見たことのない新種の花のイラスト
が豊富に描かれていた。
翻訳としてだけでなく、そのイラストの美しさにも
目を奪われたようだ。
「仕事が増えて喜ぶのは君だけだよ。カイ先生も
支援金の額を見て、君の働きすぎを心配していた
ようだよ」
明かりの調整もままならないほど集中していた
様子に気付き、執務室の椅子や温度が妊婦に
適しているのかさえ心配になった。
ヘレナは、自身の仕事の収入でフェルラー外国語
大学を個人的に支援している。
他国の大学の支援するなど、普通はあり得ないが
個人の収入であるため、ウィルは何も言わない。
「ヘレナ、もう今日はベッドで休もう。さぁ」
優しく抱き上げて、寝室まで運ぶ。
まだお腹は膨らみもなく、軽いくらいのヘレナを
抱き上げると、ふわりと、甘い彼女の香りがする。
昔から頑張り屋のヘレナ。
彼女の全てが好きだ。この腕にいつでも抱える
事が出来る幸せがウィルの心を満たした。
優しくベッドに寝かせて、
ヘレナの頭に優しくキスをした。
「僕たちの大切なベビーをそろそろ寝かせて
あげて…」
そう言って、愛らしい口元にキスをした。
ヘレナはそれもそうだと納得したようだ。
「そうね、この子はそろそろ眠いのかもしれない
わね」
クスリ。と笑ってウィルの頬にキスをかえ
してくる。
広いベッドなのに、つつむように彼女を抱きしめて
今日も眠る。
愛しい我が子にも、僕の愛情が伝わるように。
次回で最終回となります。
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