72.号外
「はー。これで全ての仕事が終わったわ」
ヘレナは今、アルベルト国のカフェにいた。
「オーギュスト侯爵家の依頼がこんなに大変
だとは…」
オーギュスト家は数カ国に跨ぐ貿易関連の仕事をしている。
膨大な資料の要約を頼まれていたのだ。
語学だけでなく、専門的な知識も要する。
「あ、いたいた。ヘレナ仕事は終わった?」
アーノルドはヘレナを見つけて向かいに座る。
「うん。今終わったところよ」
「……午前中、王城の公園の散策をしていたんだけど
なんだかざわついていてね…何かあったのかな?」
——ドキリ。もしかしたらウィルの婚約だろうか
少しうつむいて、気持ちを整える。
「……どうかしらね?それよりもどこに行くか
考えてくれた?」
アーノルドは久しぶりの母国が、懐かしかったよう
だ。
「ああ、街並みが美しいから少し歩こう」
ヘレナは、広げていた資料を手早く片付けて、
カフェを後にする。
二人はアルベルトの石畳が続く伝統的な街並を
ゆっくり歩いた。
こんなふうに誰かと、この国を歩く日が来るなん
て。
あの頃は思いもよらなかった。
ヘレナは隣を歩くアーノルドの横顔を見つめた。
思いやりのある。優しい人だ。
きっと、ヘレナにはちょうどいい愛情を持てる人。
想いつめない。頑張りすぎない。
そして——愛しすぎない。
それはウィルが好きだった頃の自分とは
全く違うけれど…毎日は楽しかった。
「号外だー!ほら号外だよ!」
突然、沢山の新聞を持った男が叫んだ。
いま刷り上がったばかりの新聞を貰おうと
男の周りにどんどん人が集まる。
「おっと、私も貰ってくるよ」
アーノルドは素早く人混みをかき分けていく…
そしてすぐに一枚の新聞を手にして戻ってきた。
「すごいぞ!私達は世紀の瞬間に、この国に居るん
だ」
アーノルドは頬を赤くさせて声を張り上げた。そして、その勢いのまま新聞をヘレナに差し出した。
『アルベルト国王は
——ウィルブラント第二王子に決定!』
——ウィル!——
そう、叫びそうになる。
思わず持っていた鞄の持ち手をぎゅっと強く
握りしめていた。そしてドキドキした心臓のままそ
こにしばらく立ちとまり動けずにいた。
※※
今日、とうとう新国王の名が発表されてしまった。
ウィルの気持ちは深く沈んでいた。
何よりも国の未来を第一に考えていた兄は
王太子を退き、妃はそれを嘆いた。
二人は別々の屋敷で生活する事が決まった。
託されたウィルは、ヘレナという支えもなく。
今はこの王城にただ一人……。
今だにヘレナを強く求めながらも、彼女を苦しめる
事を強く恐れて三年も……動けずにいた。
執務室の脇に、溜まっていくヘレナへの手紙を
横目で見る。
「——殿下、至急お耳に入れたい知らせが…」
側近が部屋に駆け込んできた。
「何が起こった」
これからは、全ての判断が委ねられる。
「先ほど…入国記録管理者から連絡が入りまして…
以前、殿下の婚約者候補となっていた、ヘレナ様が
今、アルベルトに入国している模様でして…」
「何だと!」
ウィルは、ヘレナが去ったあの日から、
いつかヘレナがアルベルトに、来るのではないか
と、入国記録をチェックさせていた。
「入国したのは数日前ですが…どなたか男性と
一緒に入国したようです」
——ウィルは戸惑った。この三年で
ヘレナにもいろんな変化があっただろう。
けれど…ヘレナにもう一度会いたい…。
「……極秘任務を命じる。すぐにヘレナ令嬢の
居場所と、同行者の関係を調べて報告するように」




