7.ウィルという男
「こんにちは」
午前中からウィルを待っていたヘレナは、
昼過ぎのウィルの訪問に飛び跳ねた。
急いで身だしなみを確認して、玄関へ向かう
「ウィル、迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして」
ウィルの優しい笑顔に、顔が赤くなる。
ヘレナの家族はいつものように、不在だった。
「じゃ、行こうか」
玄関を出て、少し広めの庭を通り過ぎて
道路に出る。
すると、目の前に1台の車が停められていた。
「自転車だと少し遠いから…」
2人を見つけると運転手が降りてきて、ドアを開け
た。
「ヘレナ、どうぞ」
「……はい」
ヘレナは少し戸惑いながらも、運転手に礼を述べて
車の後のシートにすわる。
ウィルは、反対側のドアからヘレナの横の
シートに座った。
「では、参ります」
運転手は、バックミラーでウィルを
確認したかと思うと車を走らせた。
ヘレナはこの状況をまだ理解出来ていなかった。
楽しみにしていたウィルとのデートが緊張したもの
へと変わっていく。
ヘレナの知らないウィルだった。
「ヘレナ、緊張してるの?大丈夫だよいつも通りで」
「……でも…」
車は学園を通り過ぎ、ヘレナの家とは反対方向へと
進んで行く。少し走ると大きな川を渡す橋があり、
そこからまた少しはしると大きな門を構えた家が見
えてきた。
いつもは色んな話題で盛り上がる2人なのに、
ウィルは車の中で何も話さなかった。
「もうすぐ着くよ」
ヘレナの身長の2倍は有るだろう門の前で車は止まっ
た。とっさに車のドアを開けようとして、中から開
かない仕様だと気づく。
運転手が、まずはウィルの方のドアを。それからぐ
るりと回って、ヘレナが座る方のドアをあけた。
「おまたせ致しました」
それほど待たせたわけでもないのに、慣れないヘレ
ナへ一言添える。
「ヘレナ、驚かせてごめんね。それと我が家に来てく
れてありがとう」
ウィルのいつもの笑顔にほっとしつつも…ヘレナは
不安だった。
「あの…ウィルは一体?」
予想通りの反応なのか、ウィルはヘレナの手を取り
自宅へと招き入れる。
ウィルの家に入ってしまったら、今までの二人の関
係が微妙に変わってしまうような、そんな思いがし
た。
「ウィルは私を送ったあと、こんなに遠くまで
自転車で帰っていたなんて、知らなかった」
ヘレナはポツリと呟いた。
今日の昼過ぎウィルにあってから、まだ1時間も経っ
ていないのに、あれほどお互いを語り合った時間を
一瞬で破壊するほどの『ウィルのこと』をいま浴び
せるように知らされていた。
「自転車は好きなんだ。どこへでも思ったとおりに行
けるから。だから気にしないで」
いつも通り優しい。
ヘレナは、いつも少し大きくゆったりと捉えるウィ
ルの考え方が好きだった。
それは、まわりの同年代よりは大人の考え方だっ
た。
ヘレナの家は大きな事業と多数の資産を活かして
莫大な利益を上げていた。
兄は幼いころから父のそばで学んでいたせいか、
10代の頃から既に大人だった。
そんな家族で育ち、ヘレナはウィルを近く感じたの
かもしれない。
屋敷に入ると、執事らしき男性が深々と頭を下げ
た。
この時代、リッツ国では貴族はもう名称として使わ
れていなかったけれど、その風習はのこっていた。
きっとウィルは貴族の家系なのだとヘレナは思っ
た。
「ヘレナ、お茶が入っているからひとまず
ティールームへ行こう」
ウィルは執事になにやら告げたかと思うと、ティー
ルームまで案内した。
玄関に入った瞬間から高い天井から差し込む
自然の明かりに照らされて、磨かれた調度品は
輝いていた。
カーペットが延々としかれた長い廊下を
ウィルにプレゼントされたパンプスで歩く。
なるほど、このパンプスを選んだだけあって
この屋敷に似合うやはり素敵なパンプスだった。
ティールームには、侍女らしき女性が待機してい
た。
センスのよい家具が置かれたその部屋の椅子に
ヘレナは座り、その向かいにウィルが座った。
すると侍女は、紅茶を入れ始める。
「今日あった時から、ウィルが別人にみえる。」
その言葉を聞いたウィルは少し淋しい顔だった。
ウィルにそんな顔をさせたくなかったので、話題を
変える。
「そういえば、昨日は具合が悪かったの?急な休みで
驚いたの」
「その事だけれど…」
ウィルの顔に少し緊張が走った。
話題をそらしたつもりが、今日の確信に触れてしま
ったようだ。




