55.自由をもつ者
「ニナさん。少し話してもいいですか?」
ヘレナは、特別にニナからのマッサージを
受けていた。
ニナは侍女長であり王妃以外を、
自らマッサージなどをすることは珍しい。
熟練した手は、ヘレナの心がまだほぐれて
いないことを感じ取っていた。
今ヘレナの心をほぐせるのは自分しかいない。
少しでも寄り添ってあげたいと、手にも僅かに
力が入る。
「…何でもお話しくださいませ。ヘレナ様」
包み込むような優しい声が静かな部屋に響いた。
安心したのかヘレナは、少しずつ…思い出すように
順に夜会の出来事を話した。
乾杯で手が震えそうになったこと。
思わず話しかけられたが、笑顔が出たこと。
学生という説明ができたこと。
貴族達に紹介されたこと。
そして——。
フェルラーの事を家庭教師と言われたこと。
将来働く目標がある事を、笑われた事。
ドレスがもたつき、ヒールが脱げた事——。
夜会での事を、思い出しながら順番に
話していく。
再び…心が重くなる。
自分は…何か間違っていたのか…
——ヘレナにはわからなかった。
「何も。」
突然の一言だった。
ニナのマッサージの力がほんの少し…強くなる。
「何も間違っておりません。ヘレナ様」
ニナは手を動かしながらも、一度目を伏せた。
その時のヘレナを思い、まぶたがわずかに潤む。
少しのどが締付けられる。
気づかれないよう、少し息を整えてから、
「しかし……貴族の社交とは、そう言うものなので
ございます」
同じ発言でも言う人により、受け取り方が
変わる。どんな事でも。
——それが貴族社会だ。
ヘレナは純粋だ。
その上、貴族の女性が一生持てない『自由』を、
——持っていた。
それが今回の出来事を招いた一因だと、
ニナは理解した。




