5.2匹のホタル
放課後——
「ヘレナ、今日も家まで送っていくよ」
ウィルの家は、ヘレナの家とは反対側。
それでもウィルは毎日、ヘレナを家まで送った。
「ウィル。いつもありがとう。
私、ずっとあなたにとても大切にして貰っていた」
ヘレナは、足を留めてウィルを見つめた。
ウィルは、少し緊張していた。
いつもと違う昼休みを過ごし、
今、ヘレナはいつもより真剣で
しかもウィルを見つめる瞳がとても澄んでいた。
「それで……ウィル。私もあなたが好きです」
ヘレナは少しうつむきながら、でも最後は
まっすぐウィルを見つめた。
ウィルは思わずヘレナを強く抱きしめる。
「ヘレナ…本当に?とっても嬉しいよ」
「私も」
ウィルはこんなに背が高かっただろうか…
ウィルはこんなにたくましかったのか…
ウィルは…こんなに素敵だったのか…
突然抱きしめられて、
ヘレナはドキドキして、その日はなかなか
眠れなかった。
それから学園での二人の雰囲気が
変わっていったことを
皆、徐々に感じるようになった。
ウィルが追いかけていた印象の恋はやがて
ヘレナがウィルを見つめるようになっていったの
だ。
それからしばらくして、ヘレナはウィルの彼女にな
ったと学園の皆が知ることがとなった。
それからも二人は、いつも一緒。
悔しがる学園の男共を尻目に、ウィルは堂々とヘレ
ナを彼女として扱った。
ウィルがいうには、
「ヘレナが僕に振り向いてくれるなら、
僕は幾らでも跪いて彼女を乞うよ。
それくらい…
僕には彼女が必要なんだ」
それを聞いた男子達は、実際その様な状況に陥る事
がなかったとしても、その覚悟は自分達には無かっ
たと思った様だ。
「ね、ウィル。数学得意でしょ?
お願い。教えてくれない?抜き打ちテストで
引っかかったの」
ある日、お昼を食堂で食べながら、
ウィルにお願いしてみた。
ヘレナの成績は普通。
外国語は得意だけれど、数学は苦手だ。
でもウィルは成績優秀だ。
「いいよ。じゃあ放課後は図書室で待ち合わせよう」
テスト期間ではない図書室の人気はまばらだった
居心地良さそうな席を確保して、
先に数学の勉強を始めていた。
「おまたせ」
ウィルが迷わず、席を空けずに座るのが
ちょっと嬉しい。
「——ああ、それね。ヘレナは勘違いしてるだけだ
よ」
ヘレナの頭の中で絡まっていた数学を、
ほどいてくれる。
「そっか!わかった」
急に視野が開けたように問題に取り組む。
とても集中していた。
ウィルは隣で読書している。
「良し!もう間違えないよ!」
納得して顔を上げると、図書室から見える
外の景色はすでに暗くなっていた。
——これから校内の施錠に回ります——
最終下校のアナウンスが流れる。
「遅くなってごめんね!帰ろ……」
ウィルが微笑みながらヘレナをみている。
ドキドキした。
隣でずっとみつめられていたのだろうか。
「ヘレナあと、5分…このままいたい…」
ずっと一緒にいたのに、ウィルは名残惜しそうだ。
もう誰も居なくなった図書室で、
頭をコツンと合わせた二人。
目をつむり、二人きりの幸せな時間を堪能する。
ふと、頭の重さから解放されたように感じた瞬間…
ウィルの真剣な眼差しが、ヘレナの目から
——唇へと移った。
そして——ウィルの唇がヘレナの唇に優しく
触れた。
そっと触れるような優しいキス。
私達らしい…最初のキスだった。
「——そろそろ、行こうか」
「——うん」
学園を出て、自転車を押して歩く。
いつもより、少し遅くなった帰り道。
でもなんだかお互い離れがたくて
新しく整備された川沿いのベンチに
腰掛ける。
「川からの風が気持ちいいね」
「うん」
「このベンチ、私達のベンチにしちゃおうか?」
「うん」
ウィルは、聞いてるんだが聞いてないんだか、
わからない様な返事をする。
ふと、暗闇の中にホタルの明かりを見つけた。
「あ、ホタルだ」
暗い川沿いの公園に、ポワっと浮くように飛ぶホタ
ルを二人で追いかけてみる。
上下にユラユラと飛ぶホタルはやがて、
もう一匹の仲間の場所にたどり着いた。
「たった二匹しかいないのかしら」
ホタルはやがて、二匹は寄り添うように
大きな川を越えていった。
「こんなに小さなホタルが、休みなしでこの川をこえられるかな」
川むこうの明かりを目指して二匹のホタルが
飛んでいくのを二人で見送った。
「キレイだったね…」
「きっと…二匹だったから頑張れたんだ…」
あかりが見えなくなって、ようやく二人は
そっと手を繋いでまた家路を急ぐことにした。
※※
ウィルとの毎日は、自然体で過ごせた。
今、学園で話題のカップル。
ウィルとヘレナはどこにいても毎日幸せだった。
この穏やかな生活はずっとこのまま
卒業しても続いていく類の、暖かいものだと
ヘレナは信じて疑わなかった。
ヘレナは、家族には感じられなかった、
お互いを心から思いやり、自分以上に大切にする
愛情をウィルに感じ始めていた。
それなのに——
「ヘレナ…大切な話があるんだ。
週末は、僕の家に来てくれない??」
いつもより、少し慎重にヘレナを誘うウィル。
また、何か計画したのかしら。
時々ヘレナを、おどかせるような趣向をこらすウィ
ル。
そうだわ、誕生日に貰ったパンプスを履いて
ウィルのところへ行こう。
ヘレナはにっこり微笑んで
「楽しみにしてる」
といった。
そして、今日も反対方向のヘレナの家まで
送っていっていくのだった。
「じゃあ、また明日ね」
ウィルはいつものように明るく手を振って
帰っていった。




