35.知らない日常
「ウィル、最近少しイライラしているように
見えるな」
兄からの指摘に、まだまだ未熟だとつくづく思う。
年明けにリッツに行くことを、随分前から
決めていたのに、兄と婚約者の結婚式を早めたいと
いう理由で、さまざまな行事が前倒しとなった。
そのショックを、ウィルは隠しきれなかった。
「ウィルブラント殿下は、何かお困り事でも?」
兄の婚約者イザベラから、義理の姉弟になるのだか
ら相談に乗ります。
と言われたが、当然話せるようなことではない。
カイ先生に手紙を託す機会まで失ってしまい
連絡もできないままで、二重のショックを
受けていた。
春になってようやく、兄の結婚式の日程が、正式に
決まり、秋まではそれほど慌ただしくなく過ごせそ
うだった。
今回、初めてカイ先生を通してヘレナに、手紙を
届けることが、学生の頃のイタズラみたいで、
彼女を驚かせるのが楽しみだった。
ポカンとして、カイ先生の話を聞くヘレナを
想像しただけで、可愛くて抱きしめたくなる。
ヘレナ!早く逢いたいよ。
予想に反して、ヘレナからの連絡は
なかなか来なかった。
きっと、新生活が忙しいんだ。
多分、まだ新しい環境に馴染めてないんだ。
——もしかして、新しい何かが??
その考えにたどり着くと、居ても立って
もいられなかった。
リッツなら、すぐに車を手配してでも
会いに行ったのに!
今のヘレナが、どんな部屋で、誰と笑い、どんな毎
日を送っているのか。 何も知らないことが、たまら
なく寂しかった。
しかしそれはヘレナも同じ事だった。
きっとヘレナも同じ気持ちでずっと待って
くれていたはず。
ウィルは、今度ヘレナに会ったら、
自分の周りのことや、他愛のない日常を
沢山見せてあげようと思った。
——そしてようやく、ヘレナからの
連絡が届いたのだ。
——夏休みにアルベルトへ行きます。——
去年の楽しかった一日が、ふと蘇る。
今年の夏も、きっといい思い出になる。
ウィルは夏という目標に向かって、
気を引き締めることにした。




