21.特別な時間
「僕の名前は、ウィル·オルマイヤーではないんだ」
「え?」
意外な話の展開にウィルを見つめたまま、時が止ま
っまたようになるヘレナ。
「僕は、ウィルブラント·フォン·アルベルト…だ」
——ウィルブラント·フォン·アルベルト——
その名は、アルベルト国の王族のものだ。
「——ウソ——」
自分の名前を告げた彼の声は、王子として
堂々とした力強い声だった。
急にゾクゾクとする感覚を覚えた。
帰り道に寄り道したウィルも
自転車で送ってくれたウィルも
図書室でキスをしたウィルも——。
アルベルト国の王子、ウィルブラント
だったというの?
「そんな…。私なにも知らない。先生達だって
ウィルにそんな態度……。」
隣で過ごしていたウィルが、王子だと
感じるような記憶を探す。
あったとすれば、誕生日にパンプスを選んだ事。
それくらいしかなかった。
「僕が王族である事は、誰も知らない。今、君に始め
て明かしている。これから先もヘレナ以外に話すこ
とはないよ」
ウィルは全て決めてきたのだろう。
ヘレナの様子に合わすように、落ち着いて優しく
言葉を選び
順番に説明してくれる。
そうか、ウィルがなにも言わずに国に帰った事も
具体的なことが書かれていない手紙も。
全て王族だったから——。
頭では言葉の意味を理解しつつも、これまで共に過
ごした記憶と、一致せず黙ってしまった。
「驚かせてごめんね。でも僕が王子であってもなくて
も、君に惹かれた事に変わりは無いんだ」
ウィルからは、どうなろうと答えは一つしかないと
いう気持ちが感じられた。
本当にそうだろうか?
ヘレナは急に今の状況が怖くなった。
自由が少ない王子が初めて自由の中で知り合った
女子生徒。
その特別な時間が、彼を恋に走らせたのかもしれな
いとすぐに思った。
ヘレナは、ゆっくりと首を振った。
「ウィル…それは違うわ——」
彼女の心は冷たいなにかに掴まれたように
小さく震えていた。
「それは——特別なタイミングが…そんな気持ちにさ
せたのよ……」
先程まで見ていた、王族の展示物。
きらびやかで豪華な世界。
彼がリッツ国の王族なら、これらを今も
所有しているのだ。
異次元の世界だと思った。
それと同時にウィルが、この一般市民の生活に、
あれほど馴染んでいた事にふと気づいた。
「ウィルは、上手に隠せるんだね」
ポツリとヘレナの口から出た言葉に、
ウィルはほんの少しだけ戸惑った。が、
「僕は、皆を騙していたんじゃないよ…」
ヘレナからどんな反応が返ってきても、全て冷静に
対応出来るように——アルベルトでいつも考えてい
た。
嘘をついたまま、1年で帰国するつもりだったのだろ
うと思われる事は想定していた。
まさか、これほど惹かれる女性に出会うなど
思ってもいなかったため、1年間自分らしく学園生活
を楽しんだら…そっと帰国する予定だった。
「元々、僕は王子らしくないし、沢山の友達と仲良く
なりたいと思っていた…。そんな自分を解放したら
自然とこうやって過ごしていたんだ…
——だから…これが本来の自分だと思っている」
幼少期から厳しいしつけ、マナー、勉強、剣、
政治、経済——
幼き頃からあらゆる事を勉強した。
もちろん兄の方がより大変だっただろう。
常に冷静で感情を出さないこと。それが王族だ。
しかし、ウィルは子供の頃から、感情豊かだった。
兄と喧嘩してみたくて何度も困らせたり、
側近と友達の様に接して母に叱られたり——。
そうやって生きてきたから、王族のないリッツ国へ
の留学に憧れた。
そして、そのままの自分でヘレナに出会い
恋をした。
だから…失いたくない。
今日の言葉は、いつものウィルよりずっと
冷静で落ち着いていた。




