第8話:異常値(アノマリー)と物理的切断(ハード・リセット)
第7話をお読みいただき、ありがとうございました。
中継所の修繕(フェーズ1)を完了し、ようやく安定稼働へと漕ぎ着けたシン。
しかし、観測精度が上がったことで、この土地の龍脈を蝕む本当の「バグ」が姿を現します。
第8話では、シンとリィルがいよいよ北の連峰へと足を踏み入れます。
そこで待ち受けていたのは、かつての神の権能があれば一瞥で消し飛ばせたはずの、巨大な「異常値」。
「デバッグには、時に物理的なショックが必要だ」
鉄パイプ一本で暴走プログラムに立ち向かう、現場監督流の「強制終了」をぜひご覧ください。
完全に夜が明け、第九十九魔導中継所は静かな朝日に包まれていた。
塔の表面を覆う琥珀色の樹脂塗料が、朝露を弾いて艶やかに光っている。内部からは、安定したマナの脈動が、静かな寝息のように規則正しく響いていた。
「……塔の基礎代謝は正常。フェーズ1の保守作業は、これで完了としていいだろう」
俺は端末の画面から目を離し、傍らに置いてあった鉄管を手に取った。
昨晩の足場組みで余った頑丈な鋼のパイプだ。その先端に、村で調達した導魔杭の残骸を取り付け、さらに幾重にも魔導導線を巻き付けていく。
「あんた、朝から物騒なものを作って……何をする気?」
管理小屋から出てきたリィルが、眠気眼をこすりながら俺の手元を覗き込んだ。その手には、昨日村でもらったスープの残りを温め直した椀が握られている。
「言ったはずだ。北の連峰でマナの不自然な『逆流』が起きている。あそこで何者かが、この土地の龍脈を意図的にチューチュー吸い上げているんだ。……そいつを物理的に止める」
「止めるって、その鉄パイプで? 本気なの?」
「デバッグ(害虫駆除)には、時に物理的なショックが必要だ。……いわばこれは、強制終了用の『接地棒』だな」
俺は完成した即席の武器――泥臭いショートスピアのようなそれ――を軽く振り回し、重心を確かめた。神の権能があれば視線を向けるだけで消し飛ばせた「バグ」も、今の俺にはこの鉄の重みと自分の筋力だけで処理しなければならない。
「……私も行くわ」
リィルが、残りのスープを飲み干して言った。
俺は少し驚いて彼女を見た。昨日までの彼女なら「勝手に死ねば」と鼻で笑っていただろう。
「危険だぞ。それに、お前のその翼では山道は――」
「あの山は昔、私たちが神託を受け取るための『巡礼の道』だったの。今は誰も近づかないけど、獣道くらいなら私が一番詳しいわ。……現場監督には、現地の案内人が必要でしょ?」
彼女の銀色の瞳には、もう諦観の濁りはなかった。
俺が昨日、泥にまみれて証明した「事実」が、彼女の中の何かを確実に書き換えていた。
「……チッ、足手まといになったら置いていくぞ」
「ふん、誰が」
俺たちは最低限の携行食と水、そして「アース棒」を抱え、北の連峰へと足を踏み入れた。
山道は険しかった。
しかし、それ以上に異常だったのは「空気」だ。
標高が上がるにつれ、周囲の木々は立ち枯れ、ねっとりとした黒い霧が立ち込めてきた。息をするたびに、肺の中に細かな砂を吸い込んでいるような不快感がある。
「ゲホッ……何これ、ただの霧じゃない……」
リィルが口元を布で覆いながら咳き込んだ。
「……排熱だ。龍脈から純粋なマナを無理やり抽出し、残った『不純物』をそのまま大気に垂れ流しているんだ。……まったく、どこの三流エンジニアが組んだシステムだ。環境負荷への配慮がゼロじゃないか」
俺は苛立ちと共に吐き捨てた。
その時。
上空の黒霧の中を飛んでいたアイズから、鋭い警告音が鳴り響いた。
『ピィィィッ!』
「来るぞ、リィル! 岩の裏に隠れろ!」
俺が叫ぶと同時。
前方の霧を巨大な影が切り裂き、重々しい地響きと共に「それ」が姿を現した。
一見すると、巨大な多脚の獣だった。
だが、その身体は肉ではなく、周囲の岩や枯れ木、そして錆びた魔導具の残骸が無造作に寄り集まって構成されている。顔にあたる部分には、不気味に赤く明滅する「集積回路」のような眼球が一つだけ蠢いていた。
「な、何あれ……! 魔獣!?」
「いや、ただの防衛プログラム(スクリプト)の成れの果てだ。何者かが山脈に仕掛けた『吸い上げ装置』を守るための、自動迎撃用ゴーレムといったところか」
獣――異常値は、俺たちを「排除すべき異物」として認識したらしい。背中の岩の隙間から、赤い魔力の光線を周囲の木々に乱射しながら突進してくる。
「……くそっ、力任せな出力の振り方しやがって!」
俺はリィルを庇いながら、斜面を転がるようにして光線を躱した。
かすった枯れ木が、一瞬で炭化して崩れ落ちる。まともに食らえば、この貧弱な人間の肉体など消し飛んでしまう。
「どうするの!? あんたのそのパイプじゃ、あんな岩の塊……!」
「力で勝てないなら、論理で穴を突く! アイズ、奴の『処理周期』を解析しろ! 攻撃の合間に、必ず冷却のための隙があるはずだ!」
端末の画面に、アイズから送られてくる敵の魔力波形がリアルタイムで描画される。
波が頂点に達し、光線を撃ち出す。その後、波形がカクンと落ち込む瞬間――。
「……ここだ。三秒間、奴の魔力障壁に『穴』が開く」
俺はアース棒を両手で握り締め、深く息を吸い込んだ。
獣が再び光線を放つ。その熱風が俺の頬を焼き、髪を焦がした直後。
俺は泥を蹴り上げ、無防備になった獣の懐へと一気に潜り込んだ。
「……承認されていないプロセスは、ここで強制終了だ!」
俺は獣の胸部――赤く明滅する魔力の結節点に狙いを定め、導線を巻き付けたアース棒を、渾身の力で叩き込んだ。
ガキンッ!!
鈍い金属音と共に、鉄パイプが獣のコアに深く突き刺さる。
その瞬間、獣の体内で暴走していた膨大なマナが、導線を通じて地面へと一気に放電された。
『ギギ……ガガガガッ……!?』
凄まじい青白い火花が弾け飛び、獣の動きが完全にフリーズする。
論理矛盾を起こした岩と鉄の塊は、自重を支えきれなくなり、轟音と共にバラバラに崩れ落ちた。
「……ふぅ。力技(物理)でのデバッグも、悪くないな」
痺れた両手を振りながら、俺はアース棒を引き抜いた。
獣が消滅したことで、周囲に立ち込めていた黒い排熱(霧)が、風に流されてゆっくりと晴れていく。
そして、霧の奥から現れた光景に、俺とリィルは絶句した。
「……嘘でしょ。あの山の腹に……」
北の連峰の山肌が、大きく抉り取られていた。
そこに剥き出しになっていたのは、自然の洞窟などではない。
黒光りする金属の装甲で覆われ、無数の極太のパイプが血管のように地中へと突き刺さった、巨大な「人工施設」だった。
「……見つけたぞ。あれが、この土地の龍脈を吸い上げている『諸悪の根源』だ」
俺の目は、神の怒りではなく、粗悪な仕事を見つけた設計者としての冷酷な光を帯びていた。
現場監督の次なる仕事は、あの悪趣味な違法建築への「立ち入り検査」だ。
第8話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
力任せの出力で襲いかかる巨大な魔獣に対し、論理的な「処理周期」の隙を突いてアース(放電)させる。まさに元神様による、泥臭くも知的な「物理的デバッグ」の回でした。
しかし、霧の奥に現れたのは、山肌を食い破るように鎮座する巨大な「人工施設」。
設計者としての矜持を逆なでするような、あの悪趣味なスパゲッティ・アーキテクチャこそが、この土地のすべての不具合の源でした。
さて、諸悪の根源を特定したシンですが、正面突破は不可能です。
次回、第9話は「違法建築へのバックドア」。
施設の裏側に潜む「抜け穴」から、シンがエンジニアとしてのハッキングを仕掛けます。
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