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第7話:品質保証(クオリティ・アシュアランス)の夜

第6話をお読みいただき、ありがとうございました。

ルータン村での「技術営業」を成功させ、ようやくまともな資材を手に入れたシン。


第7話では、これまでの泥と木の汁による応急処置を卒業し、プロフェッショナルな**「大規模修繕」**が始まります。


かつての創造神が、自らボルトを締め、刷毛はけを握って塔を塗り直す。

一ミリの狂いも許さない**「品質保証(QA)」**の世界。


そして、シンがリィルの「折れた翼」に対して投げかける、設計者アーキテクトとしての冷徹で温かな視線にもご注目ください。

第九十九魔導中継所へ帰り着いた頃には、山脈の端から白々とした夜明けの光が漏れ始めていた。

 荷車に積まれた金属製のクランプが、ガタゴトと硬質な音を立てる。昨日までの泥と樹液にまみれた「工作」の時間は終わりだ。ここからは、プロフェッショナルな「修繕工事」が始まる。


「……やっと着いた。あんた、本当に休まなくていいの?」


リィルが荷車の影で肩を落としながら、眠たげな目を擦っている。

 だが、俺の脳内にある工程表マイルストーンに「休息」の二文字はなかった。村で食べたあのスープのエネルギーが、まだ俺の神経を熱く昂らせている。


「休むのは、防腐塗料の第一層ファーストコートが乾くのを待つ間だけでいい。アイズ、周辺の湿度の推移を予測しろ」


『ピィッ!』


観測機が上空で翼を広げ、大気のデータを端末へと送り込む。

 三時間後に一時的な小雨。その後、六時間は晴天が続く。……塗装には絶好のタイミングだ。


「よし。まずは足場の組み直しだ」


俺は荷車から、村で調達した金属クランプと、強度の高い鋼管を取り出した。

 最初に組んだ木箱と廃材の足場は、いわば「動けばいい」だけのベータ版に過ぎない。安全性が担保されていない足場では、精緻な調律作業など不可能だ。


俺はクランプを塔の基部に噛ませ、ボルトを力一杯締め上げた。

 キリキリという、金属同士が噛み合う心地よい抵抗感。神だった頃の俺は、これほどまでに「確かな手応え」を愛おしく感じたことがあっただろうか。

 

「……リィル。そこを持っていろ。水平を出すぞ」


「水平……? まっすぐってこと?」


「ああ。基礎が沈んでいるこの塔では、『垂直』と『水平』を出し直すだけで、魔力の受容効率が劇的に改善する」


かつて天界で設計図を引いていた俺にとって、一ミリの狂いも許されない。

 俺たちは交代で鋼管を組み上げ、中継所の中層部――高度十メートル付近まで届く、頑丈な「保守用回廊」を構築していった。

 

 続いて、作業は「外装の刷新」へと移る。

 俺は村で分けてもらった琥珀色の樹脂塗料の缶を開けた。蓋をこじ開けると、ツンとした刺激臭と、大地の力を凝縮したような濃厚な香りが立ち昇る。


「……いい匂いじゃないわね」


「これが『守り』の匂いだ。リィル、刷毛を持て。雨漏りしたあの部分から、隙間を埋めるように塗り込んでいくぞ」


俺たちは組み上げた足場に登り、塔の肌に筆を滑らせた。

 錆を落とし、樹脂の皮膜で覆っていく。それは単なる美観の問題ではない。魔導回路を包む金属が劣化すれば、そこから「意味のノイズ」が侵入し、純粋なマナを汚染する。

 

 一塗りごとに、塔の表面が鈍い光沢を取り戻していく。

 俺はリィルの手元を見守りながら、ふと、彼女の折れた翼に視線をやった。


「……リィル。その翼も、パーツとしての『機能』が死んでいるわけではないはずだ。ただ、重心のバランスを崩し、筋肉が萎縮フリーズしているだけに見える」


リィルは刷毛を動かす手を止め、少し自嘲気味に笑った。


「神様が見捨てたものに、理屈を言っても始まらないわよ。これはもう、折れた鉄屑と同じ」


「鉄屑は、磨けばまた光る。……この塔がそうであるようにな」


俺はあえて、それ以上は言わなかった。

 言葉で説得するよりも、目の前の「結果」で示す。それが現場監督の流儀だ。

 

 塗装の第一層が終わる頃、予報通りに微かな霧雨が降り始めた。

 だが、今度は違う。

 新しく塗り固められた樹脂の皮膜が、水滴を弾き、美しい真珠のような粒にして流していく。塔の内部へ侵入しようとするノイズ(水)は、完璧に遮断されていた。


「……見てみろ。これが『品質保証(QA)』の力だ」


俺は足場の上で、端末のスイッチを入れた。

 受信盤に流れるマナの波形が、昨日までの不規則なノイズ混じりのものから、滑らかで力強い正弦波へと変化していく。


――ズゥゥゥン……。


塔の深部から、巨大な心臓が動き出したような振動が伝わってきた。

 アイズが上空で旋回速度を上げ、歓喜の鳴き声を上げる。


調律アライメント……フェーズ1、完了」


塔の全体を覆うように、青白いリン光がじわりと滲み出した。

 それはまだ微弱な光だったが、昨日までの「消えそうな灯火」とは明らかに質の違う、永続性を予感させる輝きだった。


「……すごい」


リィルが、樹脂で汚れた手を休めることも忘れ、その輝きに見入っている。

 

 だが、俺の視線はすでに、その光の先に向かっていた。

 塔が力を取り戻し、観測範囲が広がったことで、端末の画面には「次の課題」が鮮明に浮かび上がっていたのだ。


「……北の連峰。……やはり、そこか」


マップの端、黒い霧に包まれた領域に、不自然な魔力の「逆流」が検知されていた。

 この塔の出力をいくら上げても、あそこで何かが、吸い上げたマナを「何処か」へ横流ししている。


「修繕の次は、害虫駆除デバッグが必要なようだな」


俺は血の滲む手で、次なる工程表のページをめくった。

 夜明けの風が、新しく塗られたばかりの樹脂の匂いを、北の空へと運んでいった。

第7話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


タイトルの「品質保証クオリティ・アシュアランス」。

それは、ただ直すだけでなく、その後の安定稼働を約束することです。


新しく塗り固められた樹脂の皮膜が、雨粒を真珠のように弾いて流していくシーンは、シンが現場の物理法則を完全に味方につけた象徴的な瞬間となりました。


「鉄屑は、磨けばまた光る」。


リィルに向けたその言葉は、錆びついた塔だけでなく、翼を折られた彼女自身、そして神を解雇され泥を啜ったシン自身への誓いでもあるのかもしれません。

しかし、インフラが整い観測精度が上がったことで、さらなる「バグ」が鮮明に見えてきました。


次回、第8話は**「異常値アノマリー物理的切断ハード・リセット」**。

ついに、この土地の龍脈を蝕む諸悪の根源――北の連峰に潜む「違法建築」へと足を踏み入れます。


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