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第4話:剥がれ落ちた保護膜(コーティング)

第3話をお読みいただきありがとうございます。


ようやく灯った、親指ほどの小さな魔導石の光。 それはシンにとって「論理が正しいこと」の証明でしたが、同時に「現場」という過酷な環境が牙を剥きます。


第4話でシンを襲うのは、高位の魔法でも邪悪な呪いでもありません。


ただの**「雨漏り」と「経年劣化」**。

神だった頃の彼が、モニター越しの設計図ブループリントでは決して見ることのなかった「物質が朽ちる」という物理現象です。


「設計図の中では物質は永遠でも、現場では一分一秒と朽ちていく」

泥を啜り、木の汁を塗りたくってでもインフラを守り抜こうとする、元神様のなりふり構わぬ「保守管理メンテナンス」をぜひお楽しみください。

親指ほどの小さな魔導石が放つ青白い光。

 それは、第九十九魔導中継所が完全に死んではいないことを示す、確かな「証拠エビデンス」だった。


下から見上げるリィルの顔には、数年ぶりに見る希望……いや、信じられないものを見るような戸惑いが浮かんでいた。


「……光ってる。本当に、ただの鉄屑が……」


「ただの鉄屑じゃない。正しく配線を引き直し、パラメータを調整すれば、システムは応えてくれる」


俺は揺れる足場の上で、血の滲む手で『全知の欠片タブレット』を操作し、アイズからの観測データと受信盤の同期を安定させようとした。

 だが、その直後だった。


『ジジッ……ジジジッ……!』


魔導石の青い光が、突如として不規則に明滅を始めた。

 同時に、端末の画面に赤い警告サイン(アラート)が次々とポップアップする。


「……なんだ? マナの波長は安定しているはずだぞ」


俺が受信盤の奥を覗き込んだ瞬間、冷たい水滴が顔にポツリと落ちてきた。

 雨はとうに上がっている。にもかかわらず、塔の上部から、絶え間なく水が滴り落ちていたのだ。水滴はむき出しになった魔導回路に触れ、小さな火花を散らしている。


「ショートしているのか……! くそっ、どこから水が」


視線を上げると、原因はすぐにわかった。

 塔の魔導回路を外部から守るための装甲――人間の家屋で言えば、屋根の側面を守る「破風板はふいた」にあたる部分だ。その保護塗膜が完全に剥がれ落ち、腐食した隙間から、昨晩の雨水が内部へと容赦なく侵入していたのだ。


「……ソフトウェア(設定)をいくら調整しても、ハードウェア(外装)が腐っていればどうにもならない、か」


俺は舌打ちをした。

 神だった頃の俺は、天界のモニター越しに「設計図」しか見ていなかった。設計図の中では、物質は永遠に劣化しない。だが「現場」は違う。紫外線、雨風、そして時間。それらがじわじわと物理的な保護膜を削り取り、インフラを死に至らしめる。


「……おい、あんた! 光が消えそうよ!」


下からリィルが叫ぶ。彼女の声には、せっかく灯った希望を失いたくないという、隠しきれない焦りがあった。


「分かっている! 水を防がなければ回路が焼き切れる!」


俺は足場の上で周囲を見渡した。何か、回路を絶縁・防水できるものはないか。

 神の力があれば、一瞬で不可視の結界を張れただろう。だが今の俺には、泥と錆と、自分の手しかない。


「リィル!」


俺は塔の上から、銀髪の女に向かって叫んだ。


「この周辺に、松脂まつやにのような粘着性のある樹液か、あるいは油を含んだ粘土はないか! 何でもいい、水を弾く素材が必要だ!」


「えっ……? 樹液? 粘土……?」


リィルは唐突な要求に目を丸くした。神への祈りでも、魔力でもなく、「泥や油を持てこい」と言われたのだから無理もない。


「奇跡を待つな! この光を死守したいなら、お前の足で探してこい! 一分以内だ!」


俺の怒声に弾かれたように、リィルはハッとして駆け出した。片方の翼を引きずりながらも、泥を跳ね上げて裏山の雑木林へと姿を消す。

 

 俺はその間、自分の着ていた法衣の袖を乱暴に引きちぎり、漏水している隙間に詰め込んで、一時的な止水栓わりにした。

 布はすぐに水を吸って重くなる。水滴が基板に触れるたびに、ビリビリとした魔力の漏電が俺の指先を焼き、激痛が走った。


「……痛えな、くそっ」


神が「痛み」を声に出して毒づくなど、かつての俺が聞いたら失笑しただろう。


「……持ってきたわ!! これでいいの!?」


息を切らせて戻ってきたリィルの両手には、近くの針葉樹から掻き集められた、琥珀色の樹液と泥が混ざったものがこんもりと握られていた。


「上出来だ! こっちへ投げろ!」


俺が叫ぶと、リィルは泥まみれになるのも厭わず、足場のすぐ下まで来て、その樹液の塊を俺に向けて放り投げた。

 俺はそれを受け取ると、引きちぎった布の上から、腐食した「破風板」の隙間に樹液と泥を力任せに塗り込んでいく。


見栄えなど最悪だ。かつて黄金比で設計した神聖な中継塔は、今や泥と樹液で応急処置された、ツギハギだらけの無様な姿になり果てている。

 だが。


「……止まった」


漏水がピタリと止んだ。

 ジジジと嫌な音を立てていた受信盤のノイズが消え、親指大の魔導石は、再び安定した青い光を取り戻したのだ。


俺は樹液でベタベタになった手を壁につき、荒い息を吐いた。

 たった一つの小さな光を守るために、泥まみれになり、血を流し、その辺の木の汁を塗りたくる。これが「保守管理メンテナンス」というものの正体か。


足場の上から見下ろすと、リィルもまた、泥だらけの手を胸の前で握りしめ、その青い光を食い入るように見つめていた。


「……あんた、一体何者なの?」


リィルが、信じられないものを見るような声で呟いた。


「祈りもせずに、泥と木の汁で……神様の塔を、直すなんて」


「言ったはずだ。俺は設計シナリオのミスを直すのが仕事だと」


俺は足場から慎重に降り、泥だらけの手をボロ布で拭った。


「だが、これはあくまで応急処置だ。腐食した外装を塗り直し、塔全体のアライメントを再構築するには、ちゃんとした『資材』と『道具』がいる」


「資材……?」


「ああ。ここから一番近い人間の集落はどこだ? そこで、防腐剤と塗料、それに本格的な足場を組むためのクランプ(留め具)を調達する」


俺がそう宣言すると、リィルは顔をしかめた。


「人間の村なら、山を一つ越えた先にあるけど……あんた、お金なんて持ってるの? あそこの連中、教団の教えを盲信してるから、神託が途絶えた私たち翼人族のことも、ただの疫病神扱いよ」


「金はないし、信用もない。だが『交渉の材料』はある」


俺は端末を開き、アイズが上空から作成し続けている広域の「霊的3Dマップ」を表示した。そこには、山の向こうの村の周辺の地形と、魔力の流れが克明に記されている。


「村の連中も、魔力不足で困っているはずだ。俺が彼らのインフラに『より低コストで高品質な提案』をしてやる。……行くぞ、リィル」


神としての権能を失った俺の、地上での初めての「営業プレゼン」が始まろうとしていた。

第4話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。


せっかく灯った希望の光を消しかけたのは、あまりにも世俗的で、それゆえに回避不能な物理的トラブルでした。


今回、シンが自分の法衣を引きちぎり、リィルが持ってきた泥と樹液をベタベタと塗りたくるシーンを描きました。


かつて黄金比で設計された美しく神聖な塔が、泥まみれの「ツギハギだらけの無様な姿」に変わっていく。しかし、その**「無様な応急処置」こそが、現実にインフラを守り抜く唯一の手段である**という、本作の核心に触れるエピソードとなりました。


「祈りもせずに、泥と木の汁で……神様の塔を、直すなんて」


リィルが抱いたその驚きは、やがて彼女の中で「神への依存」から「物理的な自立」へと変わっていくきっかけになります。


さて、小さな光を死守したシンですが、これではあくまで一時しのぎに過ぎません。


次回、第5話は**「要求水準書のない提案プレゼンテーション」。本格的な修繕資材を確保するため、シンがいよいよ人間の村へと乗り込みます。元神様による、圧倒的な「データ(霊的3Dマップ)」を武器にした異世界の技術営業**にご期待ください!


この「現場主義」な物語を応援していただける方は、ぜひブックマークや、下の【☆☆☆☆☆】評価での応援をお願いいたします。

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