第5話:要求水準書のない提案(プレゼンテーション)
第4話をお読みいただきありがとうございます。
泥と木の汁による、なりふり構わぬ応急処置で塔を死守したシン。
しかし、本格的なインフラ復旧には、個人の努力では限界がある「資材」と「予算」の壁が立ちはだかります。
第5話では、シンがいよいよ人間の集落「ルータン村」へと足を踏み入れます。
そこで彼を待っていたのは、人々の不安に付け込み、無意味な祈祷で金を巻き上げる神官の姿でした。
かつて神だった男が、奇跡でも暴力でもなく、**「一枚のタブレット」と「論理」だけを武器に、いかにして現場の主導権を握るのか。
元神様による、異色の「技術営業」**をぜひお楽しみください。
ぬかるんだ山道を越え、隣の谷に位置する人間の集落――ルータン村を見下ろす峠に辿り着いた時、俺の足は限界に近い悲鳴を上げていた。
息は乱れ、泥だらけのブーツは鉛のように重い。だが、隣を歩くリィルはさらに過酷だったはずだ。折れた片翼はバランスを崩しやすく、彼女の体力はとうに底を突いている。それでも彼女は、弱音を吐かずに俺に付いてきた。
「……あれが、村よ。でも、本当に大丈夫なの?」
リィルが不安げに村を見下ろす。
村の中心には広場があり、そこには乾ききった井戸のような「魔導集積塔」が寂しく突っ立っていた。本来ならその塔を中心に、豊かな畑や温かな生活の灯が広がるはずだが、見えるのは茶色く枯れかけた作物と、活力の失せた村人たちの姿だけだ。
「ああ。上空のアイズからの『観測データ』と完全に一致している。典型的な末端の渇水だ」
俺たちは重い足取りで、村の広場へと足を踏み入れた。
泥だらけの余所者と、忌み嫌われる「飛べない翼人族」の登場に、村人たちはあからさまな警戒と軽蔑の目を向ける。広場の中心では、恰幅の良い村長らしき男が、教団の法衣をまとった神官と激しく口論していた。
「……ですから! これ以上のお布施はもう無理です! 祈祷を三度も行い、高価な供物も捧げた。なのにマナの供給は一向に増えないじゃないですか!」
「信心が足りないのです、村長。北の山脈に棲む悪霊が龍脈を塞いでいる。それを祓うためには、より高位の結界具と追加の献金が必要ですぞ。神の奇跡は安くないのです」
神官の声には、現場の苦境への共感など微塵もなかった。ただ、古びた教本をなぞり、予算を吸い上げようとする不毛なやり取り。かつて天界からこの世界を管理していた俺が、最も嫌悪していた「中間搾取」の構図がそこにあった。
「――その追加投資は、費用対効果が最悪だな」
俺は広場の中心に歩み出ながら、あえてよく響く声で言い放った。
村長と神官が、ぎょっとしてこちらを振り返る。
「な、なんだ貴様は! どこの馬の骨か知らんが、神聖な儀式に口を挟むなど――」
「馬の骨で結構。だが、あんたの言う『悪霊』の正体が、単なるインフラの経年劣化と地形変動による『マナの漏水』だとしたらどうする?」
俺は懐から『全知の欠片』を取り出し、画面を正確にスワイプした。
上空で旋回を続けるアイズが捉えた「生きた大地の脈動」を、広場の地面へと出力する。青白い光で構成された、精密な**「霊的3Dマップ」**がホログラムとして浮かび上がった。
「なっ……魔導投影だと!? こんな高度な遺物を、なぜ泥まみれの風来坊が……!」
驚愕する神官を無視し、俺は村長に向き直った。ここからは、神の奇跡ではなく、純粋な「技術提案」の時間だ。
「村長、あんたたちの村の集積塔の構造は間違っていない。だが、これを見ろ」
俺は投影されたマップの、村の地下を流れる龍脈――激しく流れる赤い光の奔流を指差した。
「十年前の大きな地震で、地下の岩盤がズレている。マナの奔流は塔の真下を通らず、三十メートル東の河原へと逸れて『掛け捨て』の状態になっているんだ。配管の外れた水槽にいくら祈祷を捧げても、一滴の恩恵も得られないのは道理だろう?」
「そ、そんな……岩盤のズレなど、教団の図面には……!」
「図面が古いだけだ。大地の脈動は絶えず変化する。アイズによる『定期的な走査』もせずに、机上の空論で金をとる連中を信じるのか?」
村長は息を呑み、マップと神官の顔を交互に見比べた。目の前に展開された圧倒的かつ精密な「事実」の前に、神官は言葉を詰まらせている。
「提案しよう、村長」
俺はマップを切り替え、新しい設計図を表示した。
「この東の河原に、龍脈を導く三本の『導魔杭』を打ち込む。アイズが導き出したこの一点……マナが乱反射している岩盤の結節点にだ。そうすれば、逸れた奔流を再びこの広場の塔へ誘導できる。必要なのは、杭を打つための物理的な労働力だけだ」
「……本当か? それなら、村の若い衆を出せば半日で終わる……!」
「ああ。その代わり、条件がある」
俺は端末を閉じ、村長を真っ直ぐに見据えた。
「俺は北の山にある第九十九中継所を復旧させる。そのための資材……防腐用の樹脂塗料、耐候性の被覆材、そして足場を組むための金属製のクランプ一式を提供してほしい。これが俺からの、技術提供の対価だ」
村長は躊躇しなかった。高額な献金に比べれば、村の備蓄で賄える資材など安いものだ。
「……わかった。その杭打ちで本当にマナが戻るなら、資材はあんたの好きに持って行ってくれ!」
「決まりだ」
俺は短く頷いた。
騒ぎの輪から少し離れた場所で、リィルが信じられないものを見るような目で俺を見つめていた。
「……あんた。本当に、祈りも暴力も使わずに、ただの『図面』と『言葉』だけで、人間を動かしちゃったわね」
「これが『営業』だ、リィル。相手の困りごとを正確に観測し、確実な解決策を提示する。神の奇跡より、よほど真っ当なやり取りだろう?」
俺は皮肉っぽく笑い、泥の跳ねた袖を捲り上げた。
これで、塔の外装を直すための資材は手に入った。ここからは、本腰を入れた「大規模修繕」の始まりだ。
第5話を最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今回、シンが披露したのは華やかな魔法ではなく、アイズの観測データを元にした精密な**「霊的3Dマップ」**による現状分析でした。
「信心が足りないからマナが枯れた」という抽象的な精神論を、「地震で岩盤がズレて配管が外れているだけだ」という物理的な事実で一蹴する。
これこそが、設計者であるシンの真骨頂です。
祈りでは腹は膨れませんが、正しい設計図と解決策の提示は人を動かし、対価(資材)を生み出します。リィルが驚いたように、これこそが彼の言う**「営業」**なのです。
さて、村長との契約を勝ち取ったシンですが、ここからは理論を現実に変える「工事」が始まります。
次回、第6話は**「現場報酬と湯気のノイズ」。
村の若者たちを巻き込んだ突貫工事の末に、シンが人間として初めて味わう「あの黄金のスープ」**が登場します。
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