第20話 :龍脈の解析(マッピング)と偽装の街歩き
前回、朝の絶体絶命なパージを、文字通り「身を挺した」偽装で乗り越えた二人。
今回はいよいよ、帝都に潜む「バグ」のソースコードを特定するため、第一居住区のフィールドワーク(街歩き)を開始します。
一見すると、エラー一つない完璧なユートピア。
しかし、その美しすぎる景色の裏側には、必ず「歪み」が存在します。
新婚夫婦を装い、腕を組みながら龍脈を解析する二人の奇妙なデートと、帝都で見つけた意外な「絶品B級グルメ」にご注目ください!
重厚な金属扉を開け、俺たちは帝都・第一居住区の大通りへと足を踏み出した。
頭上には、人工的に制御された「完璧な晴天」が広がっている。
白亜の建築群は幾何学的な美しさを保ち、街路樹さえも数ミリの狂いなく等間隔に配置されていた。行き交う市民たちは皆、清潔な衣服を身に纏い、穏やかな微笑みを浮かべている。
すべてが教団の仕様通りに稼働する、エラーのないユートピア。
「……綺麗な街だけど、なんだか息が詰まるわね。みんな、作り物みたいに笑ってるし」
リィルが周囲を警戒しながら、俺の長コートの袖をきゅっと掴んだ。
「完璧すぎるシステムは、逆に脆弱性の裏返しだ。これだけ巨大なネットワーク(都市)を無理やり制御していれば、必ずどこかに『構造的な歪み』が生じる」
俺は端末をコートのポケットに忍ばせ、リィルに視線を落とした。
「これから帝都の『龍脈の解析』を行う。大地の底に流れる見えないマナの起伏を俺の眼で立体的に捉え、この街の隠された構造を暴く」
「解析って、具体的にどうするの?」
「街の要所に点在する『魔力の結節点』を観測していく。俺の霊的な眼で周囲の魔力の流れを捉え、それを基準点にして端末で点群データを構築する。……大地の『龍脈』から地形の歪みを暴くアルゴリズムだ。空から全体を俯瞰できない以上、地道に足で歩いて結節点を繋ぎ合わせ、全体の構造を把握するしかない」
「なるほど、よくわかんないけど地道な作業なのね」
リィルが感心したように頷くが、俺は一つだけ「重要な仕様」を付け加えた。
「ただし、俺たちは教団の監視下にある『新婚夫婦』だ。無表情で街を練り歩き、立ち止まっては虚空を睨みつけていれば即座に衛兵が飛んでくる」
「……えっ。じゃあ、どうするの?」
「決まっているだろう」
俺は歩調を緩め、右腕を少しだけ前に突き出した。
「『観光とショッピングを楽しむ幸せな夫婦』というカモフラージュ(偽装)を実行する。腕を組め、リィル。同期率を保ちながら笑顔で歩くんだ」
「うぇっ!? 腕っ……ここで、腕組むの!?」
「監視カメラ(ノード)はあらゆる角度に存在する。不自然な距離感はアラートの元だ」
「わ、わかってるけど……っ」
リィルは周囲の目を気にしながら、顔を真っ赤にして俺の右腕に自分の両腕を絡ませてきた。
彼女の柔らかな胸の感触が腕に伝わってくるが、俺はあくまで「現場監督」としてのポーカーフェイスを崩さず、堂々と大通りを歩き始めた。
「……顔が強張っているぞ、アシスタント。もっと楽しそうに景色を見ろ」
「無茶言わないでよ! 監督の腕、ガッチガチに硬いじゃない!」
「筋肉の緊張ではない。コートの下に解析用の予備バッテリーを仕込んでいるからだ」
「ロマンの欠片もないわね!」
そんな軽口を叩き合いながらも、俺たちは「買い物を楽しむ夫婦」を完璧に演じきった。
装飾品の並ぶショーウィンドウを覗き込むふりをして、俺の眼で地下の龍脈を読み取る。噴水広場でリィルと写真を撮る(ふりをする)隙に、マナの流れを端末に記録する。
はたから見れば、妻の買い物に付き合う寡黙だが優しい夫と、はしゃぐ可愛らしい妻の姿にしか見えなかっただろう。
数時間後。
龍脈の観測データが十分に集まったところで、俺たちは大通りに面したオープンカフェのような休憩所に入った。
周囲には談笑する市民の姿がある。俺は最も死角になりやすい壁際の席を選び、リィルを向かいに座らせた。
「お疲れ様。見事なカモフラージュだったぞ」
「……もうクタクタよ。ずっと笑顔作って、ずっとくっついて歩いて……神経がすり減ったわ」
テーブルに突っ伏すリィルの前に、店員が注文した品を運んできた。
「お待たせいたしました。第一居住区名物、『蓮根皮の魔導包み焼き』です」
皿の上に並んでいたのは、見事な羽根つきの焼き餃子のような料理だった。
ただし、皮には小麦ではなく、特殊な環境下で育った「蓮根」をすりおろして練り込んだものが使われているらしい。表面はパリッと香ばしく焼き上げられ、微かに甘い醤油のような香りが漂っている。
「……なにこれ。すごくいい匂い!」
リィルが即座に顔を上げ、目を輝かせた。
俺も一口齧ってみる。
「……ほう」
パリッとした焼き目を突破した瞬間、蓮根特有の「もっちり」と「シャキシャキ」が混在する絶妙な食感が歯を喜ばせた。
中には、生姜と香草が効いた粗挽きの肉餡がぎっしりと詰まっている。朝の「背脂スープ」の暴力的なまでの脂っこさとは対極にある、洗練された緻密な旨味だ。
蓮根の皮が肉汁を一切逃さず、かつサッパリとした後味を演出している。
「おいしーっ! 外側はパリパリなのに、中はシャキッとしてて……いくらでも食べられそう!」
ハフハフと幸せそうに頬張るリィルを見届けてから、俺はテーブルの下で端末を起動した。
「食事中にすまんが、仕事の時間だ。先ほど集めた点群データを結合し、この街のマナの三次元モデルを出力する」
画面上で緑色のデータが渦を巻き、やがて帝都の立体的なホログラム・マップが浮かび上がった。
一見すると、地表には先ほど歩いた美しい街並みと、中央にそびえる管理塔が描かれているだけだ。
「なんだ、ただの地図じゃない。何か変なところがあるの?」
「『表層の地図』と『龍脈の構造図』を重ね合わせるんだ」
俺がレイヤーを切り替えると、リィルが小声で「あっ」と息を呑んだ。
マナの起伏を表す等高線が、中央の管理塔の直下で、不自然なほど急激に「陥没」していたのだ。
まるで、巨大な蟻地獄のように。街全体の魔力が、見えない奈落の底へ向かって滝のように流れ落ちている。
「表向きの都市計画図では、塔の地下はただの強固な岩盤ということになっている。だが、マナの観測結果は嘘をつかない」
俺は陥没の中心点を指先でタップした。
「塔の地下深くには、公の記録には存在しない『巨大な空洞』がある。街中のリソースを底無しに吸い上げている、本当のメインフレーム――帝都の心臓部だ」
リィルが残りの包み焼きをゴクリと飲み込み、真剣な表情で俺を見た。
「つまり、その地下に潜り込めば、教団のシステムを止められるってこと?」
「ああ。だが、正面から塔に侵入するのは不可能だ。セキュリティの壁が厚すぎる」
俺は端末を閉じ、冷めた目で街の中央にそびえる塔を見据えた。
「俺たちが探すべきは、あの巨大な地下空間へ繋がる『物理的なバックドア(裏口)』だ。これだけの規模の施設だ、必ずどこかに排熱やメンテナンス用の隠しルートが存在するはずだからな」
「バックドア探し……また、偽装デートで街中を歩き回るの?」
「当然だ。次は下層区画の配管周りの魔力溜まりを解析する。覚悟しておけよ、アシスタント」
「うぇぇ……。今夜は絶対、足が棒になるわね……」
リィルがため息をつきながらも、最後の包み焼きを力強く口に放り込む。
強固なシステムに隠された致命的なバグ。俺たちはついに、この狂った世界の「核心への座標」を掴みかけていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は「観光を楽しむ新婚夫婦」というカモフラージュでの探索回でした。
作中に登場した『蓮根皮の魔導包み焼き』ですが、実はこれ、私が個人的にも大好きな「餃子」のバリエーションとして考案したものです。小麦ではなく蓮根を使うことで生まれる、パリッ・もちっ・シャキッという重層的な食感……。朝の暴力的な背脂スープとはまた違う、緻密な旨味の構成を目指して描写しました。
そして、街の解析によって浮かび上がった地下の巨大空洞。
次回(第21話)は、いよいよその深部、帝都の心臓部である「機巧鍛冶区画」へと潜入します。物語が大きく加速しますので、ぜひブックマークや「★」評価で応援していただけると嬉しいです!




