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第19話 :定期スキャン(パージ)の朝と、背脂風・魔導エマルジョンスープ

前回、監視下での息の詰まる夜を乗り越えた二人。

しかし、帝都の朝は無機質な電子音による「定期スキャン(パージ)」によって告げられます 。


教団のシステムにとって完全な異物であるリィルを守るため、主人公がとったギリギリの偽装マスキングとは 。

そして、極限の緊張で魔力がゼロになった彼女を救う、とんでもなく野蛮で暴力的な「朝食」が登場します !ぜひお腹を空かせて(?)お読みください。

 帝都の朝は、太陽の光ではなく、無機質な電子音によって告げられる。


 『――現在時刻、帝都標準時マルロクマルマル。これより、居住区全域の定期セキュリティ・スキャン(パージ)を開始します』


 天井の環境監視ノードから鳴り響くアナウンスと共に、部屋の照明が強制的に青白い光へと切り替わった。

 直後、大気を震わせるほどの重圧――強烈なマナの波が、部屋の外から壁を透過して押し寄せてきた。


 「……っ!? な、なにこれ……体が、すごく重い……っ」


 俺の隣で丸くなっていたリィルが目を覚まし、苦痛に顔を歪めた。

 彼女の背中にある折れた翼が、不可視の圧力に耐えかねたように小刻みに震えている。


 「アクティブ・スキャン……いや、これは強引な『レジストリ掃除パージ』か」


 俺は即座に状況を分析スキャンした。

 帝都のメインフレームは毎朝、街中のマナを強制的に洗い流し、教団の規格外の魔力を帯びた存在――未登録のバグを物理的に炙り出しているのだ。天界の因子を持つリィルの翼は、このシステムにとって完全な「異物」として検知されてしまう。


 「ぐっ……監督、息が……羽の根元が、焼けるみたい……っ」


 リィルの体温が急上昇し、額に冷や汗が浮かぶ。天井の監視ノードが、彼女のバイタル異常を検知して不気味な赤い点滅を始めた。


 『警告。対象B(妻)の魔力波形に異常なスパイクを検知。詳細スキャンに移行します』


 「まずいな。このままじゃ『未登録ノード』として処理デリートされる」


 俺はためらうことなくリィルに覆い被さり、厚手のシーツごと彼女の身体をすっぽりと包み込んだ。

 そして、彼女の翼の付け根――魔力結節点に両手を添え、俺自身のマナを強引に流し込む。


 「動くな、リィル。俺の魔力ダミーデータでお前の波形を完全に覆い隠す(マスキング)。少し息苦しいが我慢しろ」


 「え……っ、ちょっと、監督!? 近い、近すぎるってば……っ!」


 至近距離で目が合い、リィルがパニックを起こして身をよじった。

 シーツの下の密閉空間。俺の腕の中にすっぽりと閉じ込められた彼女の体温と、急速に流れ込む俺のマナの熱が混ざり合い、息が詰まるほどの熱気を生み出していく。


 「暴れるな。監視ノードに見られているんだぞ」


 「だ、だって……っ! 監督の手、熱いし……心臓の音、丸聞こえじゃない……っ!」


 真っ赤になったリィルが、抗議するように俺の胸板を小さな両手で押し返そうとする。

 だが、その焦りと羞恥による心拍数の上昇が、結果として彼女の「天界の因子」から発せられる異常な 魔力波形を見事に掻き消していた。


 『……バイタル推移を再計算。要因を「起床時の突発的な情動変化(密着状態)」と確認。エラーを破棄します。スキャン、完了』

 監視ノードの赤い光が緑色に変わり、部屋を覆っていた重圧マナがふっと消え去った。


 「……フェーズ完了。切り抜けたな」


 俺が身を離してシーツをめくると、リィルは茹でダコのように顔を赤くしたまま、ぜぇぜぇと荒い息を繰り返していた。


 「はぁっ……はぁっ……。あんた、ほんと、無茶苦茶……。朝から寿命が縮んだわ……」


 「すまん。だが、密着によるバイタル変化でシステムを欺くのが、一番確実な偽装だった」


 俺が淡々と事実だけを告げると、彼女は力なく俺を睨み、「このド天然エンジニア……」と恨めしそうに呟いた。


 ともあれ、朝のパージによる魔力抵抗と極度の緊張で、リィルのエネルギー残量は文字通りゼロになっていた。これではベッドから起き上がることもできない。


 「少し待ってろ。消耗したシステムを再起動リブートするための、強力な回復パッチを作成する」


 俺はベッドから起き上がり、昨夜使用した即席ヒーターと、宿場町で買った猪肉の余り(脂身の部分)、そして部屋の湯沸かしボイラーをケーブルで直結した。

 ボイラーの圧力を限界まで高め、細かく刻んだ猪の脂身と香草を、高温高圧の湯で一気に攪拌ミキシングする。


 数分後、部屋の中に動物性の脂が極限まで煮出された、暴力的なまでに濃厚な香りが漂い始めた。


 「……できたぞ。起きられるか?」


 俺は手製のマグカップを、ベッドに座り込んだリィルの口元へ運んだ。

 中に入っているのは、白濁した熱々のスープ。その表面には、細かく砕かれた純白の脂(猪の背脂)が、まるで雪のようにたっぷりと浮かんでいる。


 「な、なにこれ……。すっごいギトギトしてるけど……」


 「ただの脂じゃない。高温と魔力で成分を完全に乳化エマルジョンさせ、マナを背脂状に再構成した**『超高濃度・魔導背脂スープ』**だ。冷え切った身体のコア温度を一気に引き上げる。飲め」


 リィルは渋々といった様子でマグカップを受け取り、スープを一口すすった。

 ――その瞬間、彼女の背筋がピンと伸びた。


 「っ……!? なにこれ、すっごく……ガツンと来る……!」


 見た目の凶悪さに反して、乳化したスープは驚くほど滑らかだった。

 口に含んだ途端、ぷかぷかと浮かぶ純白の背脂が舌の上でフワリと溶け、猪の強烈な旨味と甘みが口いっぱいに広がる。香草の風味が脂の重さを絶妙に切り裂き、後味は驚くほどクリアだ。

 それは、洗練されすぎた帝都の無機質な味とは対極にある、生命力に溢れた「野蛮で極上の旨味」だった。


 「美味しい……! 体の芯から、一気に熱くなっていくみたい……!」


 リィルは夢中になってマグカップを両手で包み込み、ふーふーと息を吹きかけながら、濃厚な背脂スープをごくごくと飲み干していった。

 空っぽだった彼女の魔力回路に極上のエネルギーが染み渡り、青白かった顔色にみるみるうちに血色が戻っていく。


 「見事な熱効率だ。これでエラーの修復は完了だな」


 「ぷはぁっ……! すっごく美味しかったけど、朝からこんな重たいデータ、監督じゃなきゃ絶対処理できないわよ……」


 口の周りを少しテカらせながら、リィルは満足げに笑った。先ほどの過酷なトラブルの疲労は、すっかり吹き飛んだようだ。


 俺は空になったマグカップを受け取りながら、窓の外――帝都の中心部へと視線を向けた。

 あそこには、この街の狂ったシステムを統括する巨大なメインフレームがそびえ立っている。


 「さあ、朝食パッチの適用は終わった。準備をしろ、リィル」


 俺は愛用の長コートを羽織り、端末タブレットを起動した。


 「今日から、この帝都に巣食う『巨大なバグ』のソースコードを特定するための、本格的なフィールドワークを開始する」

最後までお読みいただき、ありがとうございます!


朝から絶体絶命のパージのピンチからの、ボイラーと猪の脂身を使った力技の調理でした 。

作中に登場した『超高濃度・魔導背脂スープ』ですが、表面に雪のようにたっぷりと浮かぶ純白の背脂や、ガツンと来る強烈な旨味の描写は、私の地元・新潟が誇る「燕三条背脂ラーメン」をイメージして執筆しています 。冷え切った身体の芯から熱くしてくれるあの濃厚なエネルギーチャージ感を、少しでもテキストから感じていただけたら嬉しいです。


次回は、ついに帝都のバグを暴くためのフィールドワーク(偽装街歩き)へ出発します。引き続き楽しんでいただけるよう執筆を進めますので、下部の「★」評価やブックマーク登録で応援していただけると大きな励みになります!

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